第三話 旅立ち01
第三話 旅立ち
「健闘を祈る!」
九時前、ある程度の演説の後、バックスはそうまとめた。街に残る八人を含めた二十八人がそろって、広場にいた。今日はみんな武具の装備をしている。
いよいよだ。
本当は、もっとずっと前に、俺はこうして旅立たなきゃいけなかった。
どうして今更、という気持ちが、ないわけじゃない。ずっと逃げていたくせに、どうして今になって。帰ってもいい、と昨日、バックスは云った。動くことはリスクだ。逃げて、街で待っていれば、多分、いや、まず間違いなく、俺は死なない。今まではそうしてきた。なのに。
けれど。
ずっと思っていた。
生きていたい。それは、死にたくない、とは違う。と思う。
そうだ。俺は死なないために生きているわけじゃない。誰かに頼りっきりで死なずにいて、それが何になるのか。最前線にはいられないかも知れない。俺の力はちっぽけだ。想いだけではどうにもならない現実は、ある。今まで散々突きつけられてきた。ここに来る前も、ここに閉じ込められてからも。
それでも。
「じゃ、おれたちもいくか」
ルークに声をかけられて、俺たちは頷いた。西へ。
街を出ると広がっているのは土を固めて作ってある道と、草原。一般的な街近くの風景だ。ただ、ここは大きな街なので、道も大きくしっかりとしている。この状態なら突然のエンカウントはないだろう。もっとも、街へ続く道で大群でもないモンスターとあって逃げる選択肢をとるか、という話だが。
「強くはなったが、著しく増えたわけではなさそうだな」
ルークは昨日までとかわらないフィールドを見回して呟いた。
「ああ。昨日の一戦が特殊だっただけで、モンスターが常に攻めてくるわけでもなさそうだ」
存外、そんなにきつい旅にもならないのかも知れない。もちろんそんなものは希望的観測だが。
「それにしても」
と、暫く無言で歩いたあと、沈黙を破るようにルークが口を開く。リッカは粛々と歩いているし、シェリルはもうすこし気安そうではあるものの、特に話すこともないらしい。俺も、これといって誰かと口をきく話題もない。
それは状況なのか……いや、そもそもこんな状況でもなきゃパーティーを組まなそうだ。少なくとも俺とリッカは。
口を開けたものの、ルークは言葉に詰まる。うん、このパーティーで何を話せばいいか、俺にはわからない。幸い、というべきか。道なりの遠くにモンスターが見えた。こちらか見えるのだから、向こうもこちらに気づく。相手は六体。まあ、無難な数だろう。タイプは斧や剣を装備したオーソドックスなゴブリン系。本来よりは強いのだろうが、おそらくたいした敵じゃない。
「お、モンスターか」
「とりあえず最初だし、戦い方把握のために一人ずついってみる?」
「おっけー。じゃ、あたし最初に行くよー」
気楽にシェリルが云って、背負っていた大剣を抜きはなつ。互いに見えたまま近づきあい、距離が縮まると、シェリルが走り出す。
「とうっ!」
ブン、と音がして、飛び込んだ彼女の剣が振り下ろされる。警戒していた相手は斧を当てて躱す、とシェリルは大剣をコマのように回してなぎ払う。四体を巻き込んだ攻撃。三体は武器でやり過ごしたが、一体を切り裂く。致命傷ではないようだが、敵は驚き一瞬反応が遅れる。
「えいっ!」
地面に当てた剣を切り上げて、一度弾いた方の一体を仕留めると、シェリルは下がる。
「こんな感じかな、こーたいっ」
「じゃ、俺が」
彼女と入れ替わるように俺が前へ出る。抜き去った双剣で、一番手前のゴブリンへ。左手の剣で相手の得物と打ち合い、お互いに弾きモーション。俺は左手の剣を捨ててキャンセル、右手の剣ですれ違いざまに切りつける。そのまま次の相手へ。その頃には左手にもう剣を握っている。次も左手を打ち付ける。わかっていても弾くしかない。空いた胴体に右手の剣を突き刺して、ひねり、斜め上に引き抜く。致命傷のエフェクトをまき散らしながらゴブリンが散る。こんなもんだろう。
「下がるぞ」
二本の剣を回収しながら俺は後へ。
前に出たルークは弓を横にして、三本の矢つがえている。そして放つ。本来ならあんな打ち方でまともに矢が飛ぶはずないが、そこはシステムのアシスト。しっかりと三体に一本ずつ矢がむかう。
「ま、定石じゃないがせっかくだしな」
そのまま敵の方へつっこむと、飛び込んでゴブリンの頭上を抜ける。空中で頭が下になった状態から矢を放ち、ゴブリンのうなじを打ち抜くと致命エフェクトが散る。着地めがけて振るわれたゴブリンの剣を弓を打ち付けて、自分が横に弾かれる形で躱す。そのまま地面を転がって起き上がりざまに一射。ダメージを与えて下がる。
「私は地味で申し訳ないですが」
リッカが盾を前にして前衛に立つ。ゴブリンの剣を盾でうけて弾くと、剣を刺し抜く。ゴブリンが散る。相手の出方を待つタイプなのか、盾を前に次のゴブリンに詰め寄る。間合いを詰められたゴブリンは斧を振り下ろすが、当然のように盾に弾かれて、崩れたところを一突き。残ったゴブリンが逡巡し、逃げようと背を向けて走りだした。俺は武器を弓に持ち替え、シューター技術で後から射る。このくらいシンプルな状況なら外さない。最後の一体もそれで散った。
「俺もせっかくだから」
「レイ、射撃も出来るのか」
「一応、レベルだけどね」
切り札になるようなものでもないし、隠しておく意味も特にない。どうせなら余るほどある剣を打ち出して爆破でも出来ればいい武器にもなったろうが、さすがにそれはシステム的に不可能だ。いや、アルケミスト技術と組み合わせれば演出はそれっぽいが、威力は爆破アイテム分だけなので剣である意味はない。矢に付与して範囲攻撃にするくらいだ。そう見ればそれなりに使える。範囲攻撃だから多少無茶な状態から放ってレベル3のシューター技術では捉えきれなくても爆破ダメージをいれられる。ただ幻想のような『使い潰す』スキルは存在しない。
「大枠、これで互いの戦闘スタイルは把握できたな。もちろん、細かい場所や連携はまだまだ難しいだろうけど」
「まあ、それは慣れでしょうね」
と、ルークの言葉をリッカが受ける。
「盾もある騎士の私がタンクでしょう。……ただ派手さがないのであまりヘイトが稼げないのは問題です。主に一対一戦闘に特化したスキル構成なので……」
「俺もどちらかと言えば一対一かな。手数は多いけど火力があまりない」
「んー、あたしは対多だけど、攻撃特化だから長時間の引きつけは難しいかなぁ。雑魚散らしは得意だけど」
「おれは、うん、いうまでもないな。アクロバットがあるから一体引くくらいはできるが……」
どうも、あまりパーティーに向いていないというか、役割分担がしにくい編成だ。協力して戦うというよりも、一人ずつ各個撃破がいいのだろうか。
しかしパーティーを組んだ側だって、このメンツが共闘にむかないのはわかっただろうに。レベル的に仕方なかったのだろうか。あるいは。俺は一つの可能性を考える。俺たちの目的。第三の大地との連携。それは『一人いれば事足りる』。そしてこのパーティーは共闘がしにくい反面、『一人一人での生存力は高い』。全滅する可能性が一番高いと思ったが、もしかすると。誰か一人でも任務に支障ないように組まれているのではないだろうか。
「…………」
だとしたら、なんだというのだろう。
ネオ・アルカディアの空は今日も青い。雨の降らないこの世界の空は、いつだって嘘みたいに青い。




