第一節 氷山 ―氷室隆夫―
第一節 氷山 ―氷室隆夫―
怖い話、と言えばややインパクトに欠けると思いますが一つ、僕が体験した話をお話します。
僕は生まれつきのアルピニストだ、などとよく親戚などが一同に会した時などに小さい頃から言われていました。
それは、登山界では少し名の知れた父親の原因もあったのでしょうが、それ以上に、苦境をはね除けていつも山から帰ってくる父が格好良く見えた事が原因だと僕の中では思っています。そして、いつか父のような登山家になりたいとも密やかながら夢でした。
僕がますます登山にのめり込みだしたのは大学生の時からでした。
しかし、それは恐らく皆さんが考えている登山ではなく、フリークライミングなどが主でした。
それは、心の何処かで、父を越すと目標が無くなるのが怖かったからなのかもしれません。
そんなある日、山岳部の友人のSから雪山の登山をしないか、と誘いがきました。
父を越すことが怖いのに、それ以上に登りたい、そんな気持ちでそれを承諾しました。
登山当日、僕を含めて四人の人間が麓のバス停に集いました。
今から登ろうとする山は、K山と言い、地元で一番難易度が高いとされる山です。
しかし、それは地元に限った話なので、皆、余裕の表情でした。
登り始めて三時間ほど経った所でしょうか、突如吹雪はじめてきたんです。
さっきまでは嫌なぐらいの静けさだったのに。
Sがその時の天候を見て、登山中止を打診しました。
皆もそれに賛成し、元来たルートを辿り、下山しようとしたんです。
突然でした。
より、一層強い吹雪が僕たちを襲い、ホワイトアウトして自分たちがどこの辺りに居るのか分からなくなってしまい、遭難してしまったんです。
幸いな事は、皆、近くにいて、Sが取り出したザイルに身を括り付けて、離ればなれになることを防げた事と、Sがここで引き返そうと言った所は、幸いにも山小屋の近くだったということです。
からくも山小屋に着いた僕たちがまず最初にとった行動は麓に連絡を入れて、助けを呼ぶ事でした。
幸いにも携帯が通じ、連絡がとれたものの、救助には吹雪が異常に強いため、助けに行けない。行けたとしても、ここに到着するまでに相当な時間を要するということでした。
つぎに問題になったのは温度で、万全の対策で来ているとはいえ、外と同じ温度、山小屋には暖房設備が誰も使っていなかったせいで何もなく、雪だけをやり過ごすためにあるような物でした。
そして、取りあえず、眠ることだけは避けるために、四隅に散らばって、順番に起こしあう方法をとることにしました。
この方法では、四人目が居なくなることは明白だったのでその時は、もう一つの隅まで行く方法を考えました。
そして、その方法をとって、八時間ぐらいやり過ごしました。
次に気が付いたのは病院のベッドの上でした。
救助に当たった人の話によれば、あの山小屋に居たのは僕一人だけで、他の皆は、僕が忽然と消えたことに気付いて急いで下山し、捜索願いを出したのだそうです。
僕の話はこれだけです。つまらない話にお付き合い頂き、ありがとうございました。
誤字、脱字ありましたらご報告下さい。次回もおつきあい頂ければ光栄です。ありがとうございました。