SCOUT6 勇者、現代ホラーに出会う
時刻は深夜1時。何が悲しくてこんな時間まで猿と自称勇者の少女と一緒にトラブルに巻き込まれなきゃあならんのだ、と愚痴を垂れつつも総一郎はある場所へとやってきていた。彼はこの地に足を踏み入れるのは初めてである。
「なるほど、ここがこの世界の『墓地』ですか! 変わった形の十字架ですね!」
「どう見ても十字じゃねーよ」
何処の誰かも知らない人の墓地に足を踏み込み、墓を眺める勇者ヒルデガーン。凄まじく無礼である。
「オーッホッホッホ!」
と、そんな深夜の墓地に喧しいお嬢様ボイスが響く。早朝といい、深夜といい、近所迷惑という言葉を全く考えない勇者。ジニーの登場である。
「逃げずに来たことには褒めて差し上げますわ!」
「あー、うん。こんな時間になるなら来たくなかったけどね」
「ウキッ」
さて、何故勇者ヒルデガーン一行とジニー一行がこんな夜遅くの墓地に足を踏み込んだのか。それはこの日の朝に起きた、二人のいがみ合いが発端だった。頼りなさそうな大学生とサルという二人の仲間を馬鹿にされたヒルデガーンはジニーの喧嘩を買い、そして決着をつけるべく場所と時間を設けて決戦を行う事になったのである。念の為言っておこう。総一郎とザン太の二人と、ジニーの仲間は一切口を出していない。全てこの二人の勇者の口喧嘩が原因だった。
「ジニー、あなたこそ逃げずによく来ましたね! 今日は私の仲間を馬鹿にしたことをたっぷり後悔させてあげましょう! 総一郎さんとザン太さんが」
「俺達を巻き込むなよ!」
「ウキィ!」
好き勝手に盛り上がる勇者を一瞥し、思わず叫ぶ二人。しかし彼らの主張を無視し、勇者二人は本題に入る。
「さて、雌雄を決する方法ですが……彼らの力が目覚めていない以上、平和的に争うのがいいでしょう」
ジニーはそういうと、ある墓を指差す。
「そこで用意したのが、このセメタリーフラッグですわ!」
暗い中、総一郎は目を凝らして指差された墓を見やる。するとどうだろう。問題の墓の上に、小さな旗が夜風に揺られてパタパタと靡いている。
「……ビーチフラッグ?」
「セメタリーフラッグですわ!」
聞くところによれば、このセメタリーフラッグ。ジニーの祖国、カルボナーラ国で『度胸試し』として親しまれている競技である。現代日本で言う所の肝試しだ。その内容は、墓地に用意された旗に目掛けて全員が全力で走り、いち早く旗を手に取った選手の勝利というものである。
「……いや、ビーチフラッグだよね、これ?」
一通り説明を聞いた総一郎はそんな感想を漏らす。相手は異世界からやって来た勇者の筈なのに、なぜこうも文化が入り混じっているのか。
「いいえ、セメタリーフラッグですわ!」
「ビーチでやるか墓地でやるかの違いだろうがよ!」
思わずいがみ合うジニーと総一郎。それを見たヒデルデガーンは仲間外れにされたと思い、頬を膨らませた。
「二人ともずるいです! 私も混ぜてください!」
ずけずけと二人の間に入り込み、メンチを切る勇者。思わぬ迫力を目にした二人は、びびって数歩引きさがった。
「ぐぬぬ、ヒルデガーンの癖に生意気な」
ライバルの思いもよらない反撃にあったジニーは、歯噛みをしつつ後方に振り返る。
「財問。骨河。あなた達も早く援護しなさい!」
暗闇の中から、ジニーに呼ばれた二つの影がやってくる。一人は警察官のような帽子を被りながらも、ニヒルな笑みを浮かばせながらジニーに言う。
「ふっ……ライバル相手にムキになる勇者。嫌いじゃないぜ」
「ムキになどなっていませんわ!」
思いっきりムキになってるじゃねぇか。半目でジニーを見つつ、総一郎は思う。
「ウキッ! ウッキィ」
「そうだな。大人だし、単純にビーチフラッグするならあの人が手強いぜ」
横にいるザン太が注意を促すように、この財問なる人物は要注意だ。朝方、ヒルデガーンの本を借りて彼の素性を調べたところ、恐ろしい経歴の持ち主であることが判明しているのである。
では、その詳細を本に記されている内容と共にご覧いただこう。
名前:財問・鴇緒
職業:タクシーの運転手
力――――熊と戦う。
速――――タクシーの最大速度。
防――――熊と戦って傷で済んだレベル。
賢――――高卒。
食欲――――クジラ。
男前度――――ハードボイルド。
発揮スキル――――どこでもドライバー レベルMAX
※現代におけるモンスターと戦い、撃退した経歴あり。
熊と戦った傷口に紛れて、狼男やビックフッドと戦った痣も残っている模様。
詳細ページを見て誰もが思う事だろう。こいつタクシーの運転手なんだよな、と。一応、ジニーの初登場はタクシーだ。その運転を行っていたのがこの財問なのだろう。しかし、何故タクシーの運転手が熊やUMAと戦っているのか。此処に来る前、本人に興味本位で聞いたみたところ、
『ふっ、少年andお猿さん。男は常に秘密を持っている生物なのさ』
と円形サングラスをかけながら、ニヒルな笑みを浮かべて誤魔化された。不覚にもかっこいいと思ってしまった自分が情けない。
「安心しな、お嬢ちゃん」
「誰がお嬢ちゃんですの!?」
勇者を片手で退かし、前に出る財問。体格はよく、年齢は恐らく30代のおっさんといったところだろうか。慶介とはまた違う、大人のオーラを醸し出している。
「俺は相手が誰だろうと、勝負とあれば手はぬかねぇ。あの大吹雪の晩、雪女と銃撃戦を繰り広げた時みたいにな」
「アンタ何者なの!?」
現代が誇る珍獣ハンターにしては、中々物騒な単語だ。
「骨河。お前もそうだろう?」
だが財問。総一郎のツッコミをスルーして、もう一人の仲間に話しかける。
「勿論だぜ、財問」
すると、タクシードライバーの隣から男の声が響く。かしゃん、と音を立てながらも現れたソイツは、この墓地において全く違和感のない恰好をしていると言える。何故ならば、この男――――骨河・骨久は正真正銘、骸骨だからだ。
「ぴちぴちの肉体を得るまで、俺はどいつにも負けるつもりはない!」
骸骨が指を突き付け、ヒルデガーン一行を睨む。その迫力たるや、人間のソレとは比較にならない。なんたって骨である。それこそ、本来なら墓地に埋められておくべき人材である。では、そんな骨河のステータスを財問に倣って紹介しよう。
名前:骨河・骨久
職業:骸骨
力――――カルシウム。
速――――骨抜き。
防――――堅い。
賢――――脳無し。
食欲――――胃から溢れ出る。
年齢――――763歳。
発揮スキル――――スケルトンパワー レベルMAX
さて、本に掲載されている骨河氏の詳細をみたところで、恐らく読者の皆さんは思った事だろう。
こいつはありなのか、と。
実際、彼の存在を目の当たりにした総一郎は訴えた。これはモンスター枠じゃねぇのか、と。傍から見ればただのアンデットだ。気のせいでなければ、その白い肌(お世辞)から怪しげなオーラが見える。テレビで見た『鬼火』という奴だろうか。びびりまくる総一郎に対しヒルデガーンはこう答えた。
『問題ないですよ。過去にも幽霊が参加した事例がありますし』
そう、既にニホンザルと宇宙人が参加可能な時点で気付くべきだったのだ。野生とSFがオーケーなら、ホラーだって参加できない筈がないのである。実在したホラーに対する常識は、既に慶介の件で殴り捨てているので比較的すんなりと受け入れられたのだが。
「総一郎君、ザン太君。馬鹿らしく見えるかもしれないけど、お互い全力で行こうぜ。俺は中身のない戦いなんかしたくないからな」
そしてこの骸骨、意外と気さくである。少なくとも『ふっ』と笑みを浮かべてばかりいるタクシードライバーや、お嬢様笑いが止まらない勇者に比べれば凄く普通に話せる。
「よろしくな」
「お、おう。よろしく」
手を差し出されたので、握手に応じる総一郎。それに続き、骨河と握手するザン太。スポーツマンシップ溢れる、爽やかな態度である。果たして現代の日本でここまで爽やかな骸骨がどれだけいるのだろうか。尚、猿人類と骸骨による握手と言う、前代未聞な光景が繰り広げられたことについては誰もツッコまなかった。
「お互いに挨拶はお済みになって?」
その様子を見届けたジニーが高圧的な上から目線で言う。事実、彼女は墓の上に立って見下していた。罰当たりである。良い子の皆さんは真似しないでいただきたい。
「では、これよりセメタリーフラッグを始めましょう。ルールは説明した通りの一本勝負。この世界に倣い、よーい、どんの合図でスタートしますわ!」
直後、ヒルデガーンが全力疾走を開始した。慌てて止める総一郎。どうやら先程の『よーい、どん』でもう競技が始まったと思ったらしい。勢いよく発射されたヒルデガーンは、不満げな表情でジニーを見る。
「ずるいです! フライングだなんて、恥を知りなさい!」
「アンタが勝手に走りだしたんでしょうが!」
流石のジニーもですわ口調を忘れて、きつめな口調でヒルデガーンを責める。
「おほん。では皆さん、位置につきまして?」
その言葉に従い、財問と骨河がスタートラインでダッシュの体勢に入る。総一郎とザン太も大きく足を広げて走り出す体勢を取った。ヒルデガーンはなぜか四つん這いになって、『私はジャッカルです。風になるのです』と意味の分からないことを呟いていた。最後にジニーが墓から降りて、スタートラインに構える。ライバルのヒルデガーンに対抗意識を持ったのだろう。彼女の隣で四つん這いになり始め『わたくしはジャガー。風になるのですわ』と己に言い聞かせる。
案外仲が良いのかもしれないな、と総一郎は思った。
「よーい」
自己暗示が終わった後、ジニーが目標を定める。その掛け声に合わせて、他の参加者たちも一斉に旗を視界に入れた。
「どん!」
ジニーが叫ぶ。その言葉が放たれた瞬間、参加者たちは一斉に走り始めた。ヒルデガーンとジニーは一歩前に踏み出したと同時、手首を挫いてその場に倒れ込んだ。