SCOUT4 勇者、未知と遭遇する
突然だが、宇宙人と聞いたら何をイメージするだろうか。
少し昔に流行ったタコのように無数の足を持つ火星人か。あるいは映画や特撮に出てくる人間に友好的な物。もしくはモンスターパニック的な要素を含んだ、人間に襲い掛かってくる悪意ある生命体かもしれない。
そんな地球の創作物を真っ向から否定するようにソイツは本の中で無機質な表情を作っていた。総一郎はこのタイプの宇宙人の名称を知っている。通称、『グレイ』。銀色の肌に巨大な頭。足が短く、手が長いことで有名な宇宙人である。最近の宇宙人ドキュメンタリーなんかでは、前述のタコの宇宙人に代わってお茶の間に姿を現すようになっていた。
「えー……でも、マジでこれスカウトするの?」
総一郎とザン太がどこか非難するかのような目でヒルデガーンを見る。彼女は首を傾げるだけだった。
「何か問題があるんですか?」
「問題っていうか、なんていうか……」
ヒルデガーンはサルのザン太すら平気な顔でスカウトする勇者(悪魔の使い)である。最後の候補者は最悪、無性生殖でもするんじゃないかと危惧していたが全く予想外な人選だった。というか、いたんだ宇宙人って。
様々な思考が交差するが、ここで問題となるのがいかにしてヒルデガーンに『宇宙人』を知ってもらうかである。この反応を見る限り、この異世界からやって来たスカウトウーマンはこのグレイを国籍が違う人間程度にしか思っていない。そもそも、宇宙の意味すら理解しているのか怪しかった。ファンタジーとSFが交差する時、大学生とニホンザルは溜息をつくのである。
「よし!」
しかし総一郎。開き直るのは大の得意である。ここは彼女に宇宙人と言う存在を手っ取り早く知ってもらう為、映像資料を見せる事にしようではないか。そして思いっきりグロく、えぐい宇宙人映画を見せてやる。そうすれば流石に諦めるだろう。冷徹で攻撃的、もしくは他の星の人間を下等生物と同等に扱う宇宙人を目の当たりにして、そいつをスカウトしたいと思う物好きは居ない筈だ。少なくとも総一郎はそう思った。
「ヒルデガーン、尖兵227号さんについて詳しく知りたいと思わない?」
「はい、知りたいです!」
鼻息を荒げ、ヒルデガーンが身体を前に出す。
「その為には、宇宙人を知らなきゃいけない。君はザン他をスカウトした時もそうだったけど、この世界に生きている人種が全部人間だと思っている節がある。この世界に生きているのは人間だけじゃないんだ。だからこそ、意思疎通は難しい。まずはそこを改めよう」
「でも、総一郎さんはザン太さんとコミュニケーションを取れていますよね?」
不思議そうな顔で首を傾げる勇者、ヒルデガーン。彼女はそこから恐るべき天然の力で切り返していく。
「なら、この方ともやっていけます!」
「いや、流石に宇宙人の相手は無理! ていうか、実物みたことないんですけど!?」
「大丈夫です、総一郎さん。人間最初は初心者です。そう、どんな凄い人も最初は未経験なんですよ!」
「ウッキィ」
拳を握りしめ、明後日の方向に向かって叫ぶヒルデガーン。それを見て拍手するザン太。全部押し付けられそうになっている総一郎は汗まみれになりながらも、勇者に切り返す。これは戦いなのだ。魔王退治という名のオリンピックを制する為に戦う勇者と、己の命を守る為に奮闘する大学生による仁義なき決戦なのである。この時、総一郎。不思議な事に、ヒルデガーンとの間に火花を散らしながら現れる巨大な『VS』マークが見えた。
「待ちな、ヒルデガーン。確かに俺は宇宙初心者だ」
というか、現代人はその殆どが未経験である。
「しかし、ただでさえザン太の面倒を見ることで手一杯な俺に、更に宇宙人までおしつけるのはいささか自分勝手じゃないか?」
「そんなことありませんよ」
あっさり返された。思いもよらない反撃に会い、総一郎はずっこける。
「だって、実際の戦いになったら一番傷がつかないポジションは総一郎さんですから」
「ぐぬ!?」
痛い点を突かれた。総一郎は真っ先にスカウトされた物の、それは『近いから』という理由に過ぎない。しかもヒルデガーンのプランでは、総一郎はあくまで道具係である。実際に戦うのは彼女とザン太、そして宇宙人が中心になる予定なのだ。
「それなら、今の内に苦労しておくべきだと思います」
「あ、いや……その」
至極全うな台詞だった。平等は日本人の美徳である。他の仲間が後で苦労するなら、今は自分が苦労するというのは古来から伝わる助け合いの精神だった。
「それに、確かに肌の色は悪いですがこの方だって私たちの仲間です。仲間は信じてあげましょうよ!」
本を持ち上げ、尖兵227号のページを開くヒルデガーン。なぜか彼女の中では宇宙人の仲間入りは確定事項だった。
「でも、地球侵略を企む宇宙人なんだろ?」
そう、最大の懸念点はそこなのだ。トッポリ動物園の人間二人を拉致した呪いの本によれば、この候補者は地球侵略の為に都内某所にて会社員として潜伏しているらしい。それはつまり、地球人に対して敵意があるという事ではないのか。
「だと言って、必ずしも悪い方とは限りません。私たちの世界でも、戦いを望んでいるのはあくまで指導者だけで兵士は平和を願っていました」
今日のヒルデガーンはやたら説得力がある。隣にいるザン太に至っては無言で何度も頷いていた。こいつ人間なんじゃないだろうか。
「いずれにせよ、どういう方なのかは会ってみないとわからないです! と、いうわけでいざ。宇宙人さんの家へ!」
ヒルデガーンが拳を太陽に向け、叫ぶ。夕方のトッポリ動物園でカラスの鳴き声だけが虚しく鳴り響いた。この時、総一郎。自分の意見をなんやかんやではぐらかされたことにまだ気付けないでいた。
諸星・慶介の朝は早い。
早朝6時にけたたましい目覚まし時計が鳴り響き、彼の脳を刺激する。もぞもぞ、と布団の塊が蠢く。毛布の間から銀色の細長い手が伸び、目覚まし時計を乱暴に叩いた。目覚まし時計が静止する。ややあってから、布団の塊の中から銀色の塊が這い出てきた。
彼は異様に吊り上っている黒い目を擦った後、洗面所へ向かう。そこで顔洗いを終えた後、彼の最初の任務が始まる。1日2回の定期連絡だった。尖兵の朝は木造アパートの洗面所から始まるのだ。
慶介は洗面所の鏡に向かい、手を差し伸べる。すると、鏡の中に映る自分の姿が波に揺れるようにしてブレ始める。徐々に自分の姿が消えていき、次の瞬間には似たような姿のグレイが出現する。慶介の母星における上官だった。
『定時連絡をしろ、尖兵227号』
「了解」
慶介こと尖兵227号が上司の45号に今日の予定を報告する。今日は潜伏先の会社で取引相手を招き、今進めているプロジェクトの進捗報告を行うことになっていた。
45号はこの報告を聞き、思う。
こいつ立派に社会人やってるな、と。経歴上、慶介は大学を卒業してからリーマンショックの煽りを受けて就職失敗し、数年のアルバイトを経て今の企業に就職したと言うことになっている。今では成り上がりとは思えない程の戦力として会社に貢献し、先日は給料アップを果たした。慶介はその給料を使い、人気アイドルグループのDVDを買うつもりだと報告している。
『尖兵227号。地球人と戯れるのはいいが、あまり情を入れ込むなよ。いずれ我々と地球人は戦う運命にあるのだ』
「了解、45号。ところで、」
鏡にCDを見せ、慶介は続けた。
「先週発売されたOJT48の新作アルバムです」
『おお……』
45号が驚愕する。
OJT48。
長く続く不況の中から立派な正社員を輩出する為、日夜新人社員の元に突撃してはスキルアップの為に様々な講習と勉強を行うアイドルグループだった。慶介もその節はお世話になっている。彼はその時からOJT48のファンだった。45号は更にそれ以前、地球にいる他の部下からグッズを取り寄せるくらいのファンだった。
「45号、このアルバムには総選挙券が1枚、付属しています」
『なんと』
エコーをかけて45号が驚く。ちょっと椅子から腰を引いている辺り、芸が細かかった。
『ならば命じよう227号。あったんに票を入れるのだ』
贔屓にしているメンバーに票を入れるよう命じる45号。ただの職権乱用だった。
「45号。残念ですがその命令を聞くわけにはまいりません」
『なぜだ』
慶介はCDを下げ、45号と向き合う。彼がCDを上司に見せたのは、48人ものアイドルたちの中からセンターポジションを決める選挙権があることを知らせる為ではない。
「45号、落ち着いて聞いてください。あったんこと前原アリスはこの総選挙を辞退しました。簡潔に言えば、引退です」
引退です。
引退です。
引退です。
45号の大きな頭にその言葉が響き渡る。彼は無言で椅子から崩れ落ち、気絶した。
「45号!?」
モニター越しでそれを見た慶介こと尖兵227号は困惑した。彼は必死になって上司に呼びかける。ややってから、45号はゆっくりと起き上がった。彼の黒い瞳からは涙が流れていた。宇宙人だって悲しい時は泣くのである。
『そうか。あったんが……残念だ。非常に残念だ』
ハンカチを手に取り、目元を拭う。慶介に向かわせたOJT48のライブコンサート限定グッズだった。人類の宇宙進出よりも先に、アイドルグループの限定グッズが宇宙進出を果たしていたと知ったらNASAはどんな顔をするだろうな、と慶介は思う。
『227号、念の為聞きたい。あったんは何故引退するのだ?』
「好きな人ができたから、普通の女の子に戻るって言ってました」
『あったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!』
夢もなにもあったもんじゃなかった。現実は冷酷なのだ。どんなに貢いでも、顔も分からない相手に女の子は振り向きはしない。ましてや、それが外宇宙からライブ状況を見守っている宇宙人であるなら尚更だ。
「45号、お気の毒に」
正直に言えば、45号に対して真実を言うべきか非常に迷った。しかし、例え今嘘をついたとしても、45号には慶介以外の部下がいる。遅かれ早かれ、真実を知った事だろう。彼は泣き崩れ、銀色の小さな体が今にも爆発してしまいそうなほど震えている上司の心情を悟った。
と、そんな時である。
玄関のインターフォンが鳴った。時刻はまだ朝の7時にもなっていない。新聞はとっていない筈だから、配達の兄ちゃんと言う可能性は無いだろう。
だとすると、勧誘だろうか。こんな朝っぱらから?
慶介は擬態スーツを素早く着込み、泣き崩れた上司に一言いれて通信を切る。そして扉を開く前に玄関前に置いてある鏡を見た。若手の会社員、諸星・慶介の姿がそこにはあった。完璧だ。誰が見ても地球人だ。まさかこの肌色のスーツのすぐ下に、銀色の肌を持つ宇宙人が潜んでいるとは誰も思うまい。
そんなことを考えながら、慶介は扉を開ける。
「こんにちわ、尖兵227号さんですね?」
一発で正体がばれた。名前の時点ですでにアウトだった。扉が開いた瞬間、遠慮なくずけずけと部屋の中に入り込んできた女性は慶介の顔を覗きこむ。困惑する本人を余所に、その行動は迅速だった。
「総一郎さん、ザン太さん。この方が宇宙人で間違いないんでしょうか?」
「知らねぇよ! なんで朝っぱらから突撃営業かけてるんだよ!」
「ウキッ!」
やや遅れてから青年とサルが慶介の部屋に上り込んでくる。青年は部屋に入る前、サルの手足をしっかりとタオルで拭っていた。衛生面に気を遣う、思いやりの精神ができた男である。
「すみません、彼女が朝早くから」
素早く上がり込み、頭を下げる総一郎。しかし慶介はソレに反応せず、じっ、とヒルデガーンを見つめていた。
「……前原アリスだ」
「え?」
ヒルデガーンが間抜けな声を出す。彼女と前原アリスはそっくりだった。少なくとも慶介の目から見て、であるが。彼女の顔を見て血相を変えた慶介こと227号は洗面所にダッシュで戻り、上司に通信を入れる。45号は大分落ち着きを取り戻したらしく、あったんの写真がプリントされているポスターを眺めていた。
「45号、大変です!」
『おお、227号。なにがあった、そんな血相を変えて』
「あったんが男とサルを連れて、ここに来ました」
『ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』
45号が卒倒した。