SCOUT3 勇者、前衛を加える
小野さんに連れられ、総一郎とヒルデガーンは動物園の事務室へと通される。その奥にある小さなテーブルを挟んで、彼らは勇者オリンピックとザン太の扱いについて話し合うことにした。会議室は今、アルバイトの研修で使用されているらしい。
「実を言うと、ザン太をスカウトしに来た勇者はこれで3人目なんですよ」
小野さんが変わらないスマイルを前面に出して言う。お面でもつけてるんじゃないかと思う程に彼の表情に変化は無かった。
「ザン太さんは優秀な戦士ですからね。スカウトに動く勇者がいるのは当然でしょう」
「……でも、なんで諦めたんだ?」
一応ザン太はこの動物園で暮らすニホンザルなのだが、何故か扱いが破格だった。ステータスを本で確認してもイマイチその強さが理解できなかったが、ヒルデガーンが言うのであればきっと凄いのだろう。総一郎はもう自分で理解できない事を深く考えないことにしていた。
「理由の一つとしては、ザン太と言葉が交わせないことですね」
小野さんが比較的まともな意見を寄せてきた。彼は自身が淹れたお茶を啜りつつも、どこか遠い目で天井を見上げる。
「まず、1人目のイケメン糞野郎はザン太とコミュニケーションを取ろうとして本を読ませようとしたところ、誤って前の飼育員である今井さんと強制契約してしまいました」
「今井さあああああああああああああああああああああああん!?」
「ついでにいえば、それで糞野郎は3人揃ったので今井さんごと自分の国に戻りました」
「拉致だよそれ!」
総一郎がテーブルに倒れ、呪いの本の犠牲者となった今井さんの不幸を嘆く。あの本さえなければ。あんな呪いの本さえなければ今井さんはこの動物園で平和に暮らせたのに!
尚、小野さんの私怨入りまくりの暴言は無視された。
「恐らく、ラーム国の勇者であるライズヘルドですね。彼の性格ならザン太さんをスカウトしてもおかしくはありません」
「よくそんな高物件を俺の後にスカウトしようと思ったね」
「近かったので」
現実的な回答である。総一郎はちょっと泣けてきた。
「その件で一応ではありますが、当動物園も今回の件についてはある程度知る事ができました」
「なるほど。しかし、2番目の勇者はどうしてザン太さんを諦めたのですか?」
ヒルデガーンが尋ねると、小野さんはまたしても天井をどこか遠い目で見つめる。今井さんの件やイケメン勇者への暴言を吐いている最中でも一切変化が無かった表情が、この時だけ崩れていた。
「2番目の勇者……彼女は中々常識を弁えていました」
「へぇ」
その言葉に総一郎は感心する。勇者オリンピックに参加している勇者は全員が強制契約や拉致をするイメージだったのだが、そこで常識を弁えている者がいるとは驚きだった。今のところ、勝手に契約させられた人の話しか聞けていない。
「ザン太に目を付けた彼女は、まず最初に当動物園の最高責任者である園長に自分たちの説明をしにいきました」
「ほぅ。ちゃんと順序を考えてるんだな」
「それから十数分後、今度は園長が強制契約されました」
「えんちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
総一郎が再びテーブルに崩れ、園長の犠牲を嘆いた。あんな呪いの本さえなければ! あれさえなければ、園長はこの動物園でたくさんの動物に囲まれながら生活し続けていられたというのに!
「恐らく、ゴーズ国のリリーですね。彼女はこの世界についての知識をある程度勉強していた筈ですから」
「君はもっと勉強して来てほしかったね」
「大丈夫です! その分、鍛錬は積んでいますから!」
皮肉を込めて言ってみたが、ヒルデガーンはえへん、と胸を張って鼻を鳴らした。何がそこまで彼女に自信をつけているのかが、イマイチよくわからない。
「まあ、そんな理由でこの動物園は2人もの人材を無くしてしまい、今後も徐々に神隠しに会うくらいならザン太を思う存分暴れさせてやろうと思ったんです」
「アンタ飼育員なんだよね」
「そうですけど?」
小野さんが不思議そうに首を傾げる。飼育員にしては結構投げやりな発言に戸惑うが、一応ヒルデガーンの立場から考えれば好都合ではあるので迂闊な発言はできなかった。呪いの本はまだ彼女の手に握られている。
「しかし、総一郎さんはともかく、私がザン太さんとコミュニケーション取れないのは中々厳しいですね」
ところが意外な事に、ヒルデガーンはここでザン太のスカウトに若干ではあるが不安を覚えていた。もっと早くに覚えていてほしかったが、誰か拉致する前に気付けただけでも前の勇者二人に比べて進歩していると言える。
この時は既に自身が拉致されていたわけだが、総一郎はそこまで気付いてはいなかった。
「やはりこう、戦略的には私とザン太さんが前線に出て戦う予定ですので」
「サルと組んで戦う気だったんだ、君」
隣に座る総一郎が勇者を訝しげな目で見る。その視線に気づいたヒルデガーンはやや頬を膨らませ、彼に抗議した。
「何を言ってるんですか総一郎さん。私とザン太さんがやられちゃったら、すぐ後ろにいるあなたが的になるんですよ?」
「う……」
それを言われると非常に弱い。ここにきて始めてまともな意見を発言した勇者に、総一郎は頭を下げた。しかし、だからこそここでハッキリさせておきたいことがある。
「……で、結局ザン太ってどの程度戦えるんだ?」
ヒルデガーンが凄い凄いと褒め称え、他の国から勇者がスカウトしに来たほどだ。あのニホンザルがかなり優秀な候補者なのは紛れもない事実なのだろう。だがいかんせん、その凄さが伝わってこない。勇者たちは呪いの本でその凄さがわかるらしいが、総一郎にはさっぱりわからなかった。バナナで埋め尽くされているステータスで何を理解しろというのだろう。
因みに比較対象として、ほぼスキル以外戦力にならないと判断された総一郎は、最弱の魔物であるスライムに触れただけで骨まで溶けて死亡することが約束されている。
「そうですね。まず腕力ですが、斧くらいなら持ち上げられるでしょう」
「マジか」
木に登って『ウッキッキー』と鳴いているザン太の姿を思い出す。恐らくは総一郎の半分の太さも無いであろう腕で、そんな物を持ち上げられるというのか。
「更に言えば、俊敏は最速の魔物であるガルーダを捕まえられます。パワーでは魔物の中でも特に重量級と言われるゴールデンパンプキンと張り合えるという情報がありますね」
「それ本当に書いてるんだろうな」
呪いの本に書かれている『候補者、ザン太』のページと睨めっこしながら言うヒルデガーンに恐る恐る尋ねる。確かあれには殆ど『バナナ』としかコメントされていなかった筈だが、どこにそんな大層な内容が書かれていたというのか。
「後、体力ですがドラゴンの炎で焼かれても無傷です」
「……それってスライムに触るのと、どっちが危険なの?」
「勿論ドラゴンですよ! 当たり前じゃないですか!」
当たり前なんだ。骨まで溶けちゃうのに。自然と潮っぽい液体が目から流れているのを察し、拭いながら総一郎は思った。サルってずるい。
「話を戻しますが」
先程から蚊帳の外だった小野さんが再び二人に話しかける。見れば、来客の為に出された動物園のお菓子が空になっていた。小野さんの口の周りにはビスケットの残骸が付着している。
「ザン太なら、多分大丈夫ですよ」
「なんでですか?」
「アイツ、頭いいんです。私のビスケットを平然と横取りするくらいにはね」
あっはっは、と笑いながら小野さんはクッションに空手チョップを叩きつけた。ちょっと堅そうな皮のカバーが破けていた。
「それに、君に懐いていましたよ」
「俺?」
視線を向けられ、総一郎が戸惑う。確かに何か反応されていた気がするが、あくまでヒルデガーンと交流を深めようと思っただけのことだ。
それだけで何故そこまで判断できるのかがわからない。
「ザン太の義兄弟の舞がありましたからね。これで君とザン太は兄弟の契りを交わしたことになるのです」
「なにそれ」
三国志とかに出ててきそうな踊りを、こんなところでいきなりカミングアウトされても困る。しかも相手はサルだ。ニホンザルだ。そんな習性があるなんて聞いたことが無いし、そもそもそれで大丈夫と言われても何が大丈夫なのかわからない。
だが、彼の横で座るヒルデガーンは納得した表情で立ち上がる。
「なるほど、確かに安心ですね!」
「そうでしょう」
「いや、だからなんで」
総一郎が何か言う前にヒルデガーンと小野さんが固い握手を交わした。二人とも凄い笑顔だった。総一郎は思わず頭を抱えた。
こうしてパーティーにサルのザン太を加えた二人は、最後のメンバーを迎える為に動物園を後にした。総一郎の持ち物にはザン太用の荷物が加わっており、勝手に遠くに行かない為の手綱と、彼の大好物であるバナナが納められている。よくもまあ、サルを一緒に連れて行くことを許可したもんだ。
呪いの本と同じくらい適当な対応だった小野さんの笑顔を思い出し、総一郎は天に浮かびながら手を振ってくる彼の幻影に蹴りを繰り出した。当然ながら届くはずが無い。
「くそぅ……何が悲しくてサルのお守りをせにゃならんのだ」
「ウッキィ」
その場にへたり込み、泣き言を漏らす総一郎の肩にザン太が手を置く。これから共に戦い、同じ世界から代表として戦うことになった兄弟への優しさだった。この時総一郎。このサルが仮面ライダーの主役を張れるくらいのイケメンに見えた。
「ザン太、ありがとう。一緒に頑張ろうな」
「ウキッ!」
ザン太が親指を立てた。ソレに釣られ、総一郎も笑顔で親指を立てる。
なんだ、思ったよりもいい奴じゃないか。
サルと自然とコミュニケーションを取っているとは知らず、総一郎はそんなことを考えていた。
「早速仲良くなっていますね! 流石、総一郎さんとザン太さんです!」
その光景を見て、何故か得意げな表情を浮かべるヒルデガーン。彼女は呪いの本を捲り、最後の候補者がいる場所を調べ始めていた。
「ところでさ」
「ウッキッキ」
マイペースに本と睨めっこしている勇者にパーティーメンバー(大学生とサル)が尋ねる。彼らは彼女の理想のパーティーメンバーについて殆ど知らないうえに、最後の候補者がどんな奴なのかすら知らないのだ。
特に総一郎は先程仲間にしたザン太で度肝を抜かしている。今の内に何が来るのか聞いておいた方が後々心臓に優しい気がした。
「俺はさっきある程度聞いたけど、最後のパーティーメンバーに何をさせる気なんだ?」
「そうですねー。ザン太さんには説明してませんし、ここでおさらいしましょうか」
するとヒルデガーンは適当なベンチに座り、指を4本見せる。
「まず、この魔王退治のパーティーメンバーは勇者を含めて4人までと決まっています。それ以下は認められますが、それ以上は認められません」
今のヒルデガーン一行は既に3人の枠が埋まっている。後残る枠は一つだ。気乗りしない総一郎ではあるが、逃げる事が許されない上にザン太が意外とやる気を出している以上、後戻りはできない。開き直るのは彼の得意分野なのだ。
「そして今のパーティーの役割ですが、大雑把にこう考えています」
ヒルデガーン曰く、前衛に立って戦う戦士が二人。
そして彼らを援護する後衛を二人用意するつもりらしい。
意外な事に、結構バランスよく考えていた。
「ウッキィー!」
「この前衛には私とザン太さんが入ります」
えっへん、と胸を張って自己主張するヒルデガーンとザン太。意外とすぐに会話できそうな気がした。
「総一郎さんは私たちの後ろに構えていただき、アイテムを量産してもらいます。回復アイテム、武器、あるいは逃走用具。何でも構いません」
そして最後に必要となるのが、
「必要な方は、後ろから私たちと総一郎さんを守ってくれる、後方で戦える人材です」
「後方で戦う方法って、具体的には何があるんだ?」
「基本的には弓です。もしくは自然エネルギーを媒体にした魔法が私たちの世界では一般的ですね。総一郎さんが作ろうと思えば、そういった物も作れますよ」
ああ、魔法とかあるんだ。
きょとん、としているザン太をよそに総一郎はぼんやりとそんな事を考えていた。本音を言えば、今の説明で魔法という言葉は全然理解できなかったのだが、今に始まったことではないので深くは問わないことにする。
「で、最後に誰をスカウトするつもり?」
「この方です」
今度は鳥が来るか。それとも昆虫か、もしくは大穴でカジキマグロでも出てくるか。アメーバとかだったら嫌だなぁ。
あらゆる予想を総一郎とザン太が行う中、ヒルデガーンが候補者のページを見せる。そこには『尖兵227号』と記述されていた。一応、総一郎にも理解できる日本語ではあるが、聞いたことが無い名前だ。少なくとも一般的に普及している名前ではない。
「……どなた?」
「ウキキ?」
揃って首を傾げる総一郎とザン太。まるで仲のいい兄弟みたいだな、と微笑みながらヒルデガーンは補足をつける。
「もっとよく見てください。顔写真や出身地、現在の職業なんかも見えるんですから」
「それ、プライバシーの侵害だからね」
得意げに話すヒルデガーンにどうにもならない注意をして、再び本の内容に集中する。よく見れば、先程まで読めなかった空白の部分に文字と顔写真が徐々に浮かび上がってきていた。やがて数秒もしないうちに、顔写真は完全に浮かび上がる。無機質な表情。銀色の肌。毛らしい毛は一切生えておらず、極端に吊り上った目つきと真っ黒な目玉がやけに恐ろしく映っている。
「…………」
「……ウキぃ」
横にいるザン太が、何か言いたげに総一郎に向かって呟く。
ああ、分かっている。お前の言いたいことはよーくわかるぞ兄弟。
頭を抱えながらそう思う。やや心を落ち着かせてから、彼はヒルデガーンに尋ねた。
「ヒルデガーン。この尖兵227号さんって、何してる人?」
「私も詳しく知らないんですが、この本によると」
明らかに想定以上の候補者の姿が映る写真の真下に、彼の出身地と職業が浮かび上がる。そこにはこう書かれていた。
出身地:宇宙
職業:地球侵略軍の尖兵。現在は都内某所にて会社員として潜伏中
地球で彼を呼ぶ際の種族名:宇宙人
「と、いうことらしいので次にスカウトする方は宇宙人です!」
「うそだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ウッキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
トッポリ動物園、休憩所。
ここで最後の仲間を前に意気込む勇者をよそに、完全に現実逃避を始めた総一郎とザン太であった。
「あ、因みに後衛候補者なので、もしスカウトできたら総一郎さんがパートナーですよ! 仲良くしてあげてくださいね。肌色悪い方ですし」
「また俺かよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」