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SCOUT2 勇者、現代を堪能する

 総一郎はこの時、内に潜む喜びの感情を抑える事ができずにほくそ笑んでいた。その原因となっているのは、彼の目の前で呑気にスカートを手に取って広げている『役職:勇者』の少女にある。


「おぉ……手触りがミール国の服とは全然違います! 総一郎さん、これ買ってもいいですか!?」

「予算以内なら何でもいいよ」

「ありがとうございます!」


 アパレルショップで服を選び、そのお洒落具合にいちいち感動する勇者の少女。その名をヒルデガーンと言った。彼女は総一郎のお金で服を買う為にわざわざ街までやってきたのである。


 しかし、勇者オリンピックに参加する為に仲間を集める筈なのに何故こんなことをしているのだろう。

 話は総一郎が彼女と契約を結んだ直後にさかのぼる。

 

 彼女によって強制契約を結ばされた総一郎は、常にその半径50m以内にいなければならないという規約を守らなければならなかった。もしも離れたら、その瞬間ヒルデガーンが持つ本の力によってすぐさま彼女の隣にテレポートさせられてしまう。何度か逃げようと思ってこっそり移動したが、全て引き戻されてしまう始末だった。プライベートも何もあったものではない。人権は無いのか、とヒルデガーンに文句を言ってみたが、その時彼女はこう答えた。


「何か不都合があるんですか? 私たち、仲間じゃないですか!」


 あまりに無垢な表情でこう言ったのである。まるで一緒に行動することが当然であると言わんばかりの即答ぶりだったのは流石に衝撃的だった。男子トイレの中にまでついて行こうとしたほどである。


 しかし、そこまで徹底されたら総一郎も開き直るしかなかった。さっさとこの勇者オリンピックを終わらせて、元の世界に戻って自由なキャンパスライフを再び堪能するのだ。それこそが彼の願いだった。幸いにも単位は余分に取っているから、大学は多少休んでも問題は無い。その間に何とかしてオリンピックを終わようと考えている。

 問題があるとすれば、彼女が今後誰を仲間にする気なのか全くわからないことだった。総一郎のスキル目当てで彼を真っ先にスカウトしに来たほどである。最悪、それ以上何も考えていない可能性が高い。

 本人に聞けばいいだけの話ではあるのだが、その張本人は見たこともない現代社会に刺激を受け、自由奔放に走り回っている始末である。総一郎が何か質問するタイミングで、必ず何かしら別の物に目を向けているのだ。


 そこで総一郎。もう一度開き直った。

 この際、彼女にこの現代社会を心ゆくままに堪能してもらおう、と。そして可能であれば、そのまま現代社会に溶け込んで、その間に勇者オリンピックが終わってほしいと思った。彼とて人間なのだ。流石に最弱のモンスターに触れただけで骨まで溶けるのは勘弁願いたかったのである。


 こうして総一郎は勇者を街へと連れてきた。

 先ず彼が勇者に差し向けたのはアパレルショップである。例え『役職:勇者』の名刺を持っていても中身は女の子だ。おしゃれに気を遣ってもおかしくないし、興味を持ってくれても不思議ではない。その目論見は、見事に的中する。

 

 聞いたところによると、彼女の世界ではカラフルな服は無いとのことだった。生地は統一され、色も目立つ事のない黒かグレー一色だという。大体その上に鎧を着るわけだから、確かにあまりデザインは関係なのかもしれない。


 さて、話を戻そう。

 気に入った服を一通り選び終えた後、会計を済ませた勇者と総一郎は着替えを済ませて街に出ていた。尚、高校時代に稼いだバイト代の半分近くを消費してしまったが、命には代えられないと言い聞かせて自分を無理やり納得させた。今の彼には目の前にいる自称、勇者が死神に見えているのである。死神のご機嫌を取る為には、お金が必要なのだ。


「鎧なんて脱いだのは久しぶりです」


 ヒルデガーンがスキップしながら言う。物々しい兜やマントも取り外しており、故郷から彼女が持ってきているのはあの忌々しい本くらいだろう。これで職務質問される危険性は多分無い。


「何というか、こう……空も飛べる気持ちになりそうです」

「へぇ、そいつはよかった。でもあまりはしゃぐと下品だからジャンプはやめようね」


 跳ねるたびにスカートが捲れるので、厳重に注意してあげた。ちょっと残念そうだった。


「ところで、総一郎さん」


 名前を呼ばれた瞬間、彼は心臓が鷲掴みにされた気持ちになる。何故なら、ヒルデガーンがあの分厚い本を取り出してページをめくり始めたからだ。その表紙を視界に映すと同時、総一郎はドス黒い感情に支配されていく。あの本さえなければ。あの本さえ読めなければ!


「そろそろ次の方のスカウトに行こうと思うんです」


 憎しみで本が燃やせたらどれだけ幸せだろう。全国の読書愛好家の方々には申し訳ないが、この世から本という概念そのものを消してしまいたい気持ちになった。死刑宣告にも似た発言を受け、総一郎は肩を落とす。


「総一郎さん?」

「ああ、うん。わかってたんだ。何時までもこのままなわけじゃないって……畜生、俺のバイト代」

「凄いですね、総一郎さん! もうわかっているんですか! それなら話は早いです」


 どこかずれている会話をして、ヒルデガーンはうきうき気分で移動を開始した。その歩みは常にスキップだったという。総一郎が現実世界に意識を戻した時、彼女は既に覚えた『電車の乗り方』スキルを活用して、目的地に降りたばかりの頃だった。

 総一郎は本の呪いにより、彼女の隣に強制的に連れてこられた。


 ヒルデガーンが電車から降りて約10分。

 目的地が見え、総一郎は目を丸くした。看板にはこう書かれている。


「トッポリ動物園……?」


 動物園。近くに置いてあったパンフレットを手に取り、園内の案内を見て確認する。間違いなく動物園だった。しかし、トッポリってなんだろう。


「ここに目的の人がいるの?」

「何を言ってるんですか、総一郎さん。早く迎えにいきますよ」


 既にスカウトは確定事項のようだった。彼女の脳は拒否されるという事を知らないのではないだろうか。

 チケットを購入できず、オドオドしているヒルデガーンを余所に総一郎はそんな事を考えていた。そして同時に、この広大な動物園の中にいる誰がこの死神に目をつけられるのか。見知らぬ誰かの不幸を思うと、とても不憫な気持ちになった。








 結局、総一郎が二人分の入園料を支払い、パンフレットの地図と呪いの本(総一郎命名)を頼りに移動すること15分。遂に目的の場所に二人は辿り着いた。


「あ、いました! あの方ですよ、総一郎さん!」


 ヒルデガーンが指をさす。その方向へ視線をやると、そこには総一郎の想像を超えた人材がいた。サルである。英語でいえばモンキーである。他に飼育員もしなければ、来客も居ない。ヒルデガーンが目をつけた人材は、サルだった。


「……えぇぇぇぇ」


 全く予想外だった人材の登場に、総一郎は頭を痛めた。確かに人類の祖先はサルだったと歴史の授業か何かで聞いた気はするが、それにしたってこれはないだろう。


「えーっと、お名前は『ザン太』さんですね! こんにちわ、ザン太さんで大丈夫ですか?」


 ガラス越しで目的のサル(ザン太)を勧誘し始める勇者、ヒルデガーン。心なしか、ガラス越しでこちらを見てくるザン太の視線が不審人物を見る物に変わった気がした。


「総一郎さん、見てください! ザン太さんがこちらを見ましたよ!」

「喜んでるのは良いけど、どうやって連れて行くつもりだよ」

「それはもう、本を読んでいただいて……」

「止めろ! それだけは絶対にやめるんだ! あのサルにだって家族がいるだろう!?」


 総一郎がヒルデガーンから分厚い本を取り上げる。彼は自分と同じ犠牲者を生み出したくない一心で動いていた。因みに、ザン太の解説プレートには『独身』と書かれている。


「では、どうすればいいんですか? ザン太さんはステータス的に見ればかなりの逸材ですよ」

「え、そうなの?」


 ここで驚愕の事実を知る。というか、この本には人間以外のスカウト候補者たちのリストまであるというのか。


「本当ですよ。しおりをはさんでおいたので、見てみてください」

「えーっと……あった」


 以前、総一郎が部屋で見せつけられた適正リストと同じ代物がそこにはあった。尚、候補者ザン太のステータスは以下のようになっている。




 力――――バナナ。

 速――――バナナ。

 防――――バナナ。

 賢――――バナナ。

 食欲――――バナナバナナバナナ。

 野生度――――高め。

 芸術性――――バナナ。

 発揮スキル――――バナナパワーレベルMAX




「なにこれ」

「ザン太さんのステータスです! 凄いでしょう!」

「いや、なにこれ」


 凄いでしょう、と言われてもコメントに困る。一覧に書かれているのは9割がバナナではないか。食欲に関して言えば『バナナバナナバナナ』と3回連呼している始末である。


「私も長い間勇者になる為の教育を受けてきましたが、これほどまでに高い能力を持った戦士は始めてみます。祖国が誇る最強の戦士、マッスルブロッコリーさん以上の筋力と敏捷性は是非とも我がミール国に!」

「凄い名前の戦士さんがいるんだね」

 

 総一郎はバナナに対してブロッコリーか、と勝手に納得し始めた。もう無理やり理解しないと頭が破裂しそうだったのだ。人間は己の理解を超える出来事に遭遇すると、常に拒絶したがるのである。


「ザン太さん、早速ですが私たちと一緒に魔王退治しに行きませんかー!?」

「ウキっ?」


 ザン太が首を傾げる。そしてその発言を偶然耳にした親子が『ママ、あのお姉ちゃんー』『しっ、見ちゃだめよ!』と言って速足で去って行った。総一郎は恥ずかしさのあまり、泣きそうになってしまう。しかし彼は挫けなかった。男の子だもん。


「ウッキぃー! ウキキ!」

「総一郎さん。ザン太さんは何といっているのでしょう」

「わかんねーよ」


 むしろ、何故理解できると思ったのか。ガラス越しでこちらを観察し始めるザン太に目配りしながらも、総一郎は頭を痛める。今の彼はザン太と同じ解説プレートが立てられている錯覚さえ覚えていた。どう見ても珍客である。


「うぅん、会話ができないのは手痛いポイントですね」

「もっと早く気付いてほしかったけどね」

「仕方がないじゃないですか。私、ニホンザルという動物を見るのは初めてだったんです」


 そういえば彼女は異世界の出身だった。そんな彼女に自分の常識がそのまま通用すると思ったら大間違いだったのである。総一郎は自分の認識を改めると同時、目の前にいる少女を死神の操り人形から『宇宙人』へと認識を変えた。


「キエテ、コシ、キレキレテ」

「腰が切れたんですか?」

「僕と君は友達って表現だよ。伝わったかな?」

「どうでしょうか、ザン太さん」


 ザン太じゃなくてヒルデガーンに言ったつもりだったが、当然のようにスルーされた。総一郎が子供の頃にみた宇宙人との対話方法は、異世界の人間に通用しなかったようである。何か致命的な間違いがある気がするが、この時の総一郎はそれに気付けなかった。


「ウッキィィィィィィ! ウキキ! ウキッ!」

「総一郎さん、ザン太さんが凄い喜んでいます!」


 伝わったのこっちだったかー。

 内心そう思いつつ、どうやってこの状況を打破すればいいのかわからない総一郎はため息をついた。女の子の好感度ならともかく(異世界や宇宙人除き)、サルの好感度が上がっても全然嬉しくない。むしろどの辺がお気に召したのか聞いてみたいところだ。


 と、そんな時だった。

 ヒルデガーンと総一郎の背後から男性が現れた。彼はニコニコと営業スマイルを前面に押し出した上で、ヒルデガーンたちに挨拶をする。


「こんにちわ」

「?」


 ザン太に夢中だった彼等は、男の存在に今気づいたらしく、きょとんとしている。


「どちらさまでしょうか。私たちはザン太さんに大切なお願いがあってきたんですけど」

「あ、俺も一緒にされてるんだ」

「私、ザン太の飼育員を担当している者です」


 よくみれば、男の胸には名札がついていた。可愛らしいサルの姿がプリントされており、その隣には『小野 将司』と書かれている。

 

「あ! つまり、ザン太さんの保護者さんですか!?」

「そういうことになりますね」


 小野さんはニコニコ顔を押し出したまま、ヒルデガーンの質問に対応する。


「では、えーっと……総一郎さん、この方のお名前は何というのでしょうか」

「小野さんだよ」


 字読めないんだ。

 総一郎はその事実を知った時、勧誘の時点で幾らでもごまかしようがあったことに気付いた。少し後悔した。


「では小野さん! 改めまして、ザン太さんを魔王退治の為にお借りしてもよろしいでしょうか!?」

「いいですよ」

「いいのおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 あまりにも呆気なく魔王退治を承諾した小野さんの言葉に、総一郎は驚愕する。彼の叫びは動物園中に響き渡り、『バードゾーン』ではびっくりした鳥たちが一斉に檻の中で羽ばたき始めたという。

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