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FPS - ファーストパーソンスクール -

「転校してきたばかりでわからないこともあると思いますから、遠慮なく尋ねて構いませんよ」

「ありがとうございます、先生」

 職員室を出た明戸あけと史花りかは教室までの道すがら、担任の老教師に笑顔を向けた。

 校舎内はピカピカに磨かれていて、ゴミひとつない綺麗な廊下だ。窓から差す陽光も煌めいて、朝の爽やかな空気に満たされている。

「通い慣れた学校から環境を変えるというのは、戸惑いもあって大変でしょう」

 教師を長く勤めてきた彼は、史花に優しく語りかける。物腰穏やかな態度には、自然と安心感を与えてくれる独特の雰囲気があった。

 史花は教師の言葉に無言だったが、しばらく間が空いてから、ゆっくりと頷いた。

「実を言うと、やってけるかちょっと不安で」

「お友達との関係を一から作り直すというのは、それはもう不安に駆られることだと思います」

「友達……できるかな」

「大丈夫。ウチの学校できっと、明戸さんにたくさん楽しい思い出ができますよ。お友達もすぐできます」

「そう……ですかね。できるといいな……」

 史花は薄く微笑む。

 前の学校では、いろいろあった。

 でも新しい環境、新しい自分で、変われるかもしれない。変わりたいと思った。

 校長は誇らしげに語る。

「素晴らしい学校ですよ。みんな明るく社交的で、仲の良い生徒たちばかりです。穏やかで平和で、争い事なんてなんにもない――」

 そこで会話は途切れた。


 窓ガラスと壁をぶち破って、戦車が突進してきたからだった。


 砲撃で吹き飛んだ建物内へと、瓦礫と土埃を撒き散らしながら史花と教師の眼前に横入りする。砲塔ハッチから顔を覗かせる女子生徒が、銃を手に叫ぶ。

「突撃ィィッ!!」

 背後からも物音がし、史花は振り返る。廊下向こうの突きあたり角から五、六人ほどの生徒が姿を現していた。女子のみの集団の、全員の手にサブマシンガン。しかも構えてくる。射線上にこちらが入っている。

「ひっ?!」

 怯える史花。もう一度戦車側を振り返る。

 車体のハッチから複数の搭乗員の構える銃身が頭を出す。やはり射線上にこちらが入っている。

「ひぅっ?!」

 唐突に立たされた板挟み。縋るように教師を見るが、口をあんぐり開けて呆然としている。顔面蒼白で白目状態。最初に戦車が突入してきた時から硬直しているらしかった。

 戦車の生徒が無慈悲にも叫んだ。

「撃てェェェ!!」

 双方、マズルフラッシュと共に銃撃の嵐が飛んできた。

 直前に史花は左の空き教室へ向けて飛んでいた。窓ガラスを体で突き破って、教師の襟口を引っ掴みながら、室内へ飛び込む、倒れ込む。

 発砲音、弾が壁や床を抉る音、戦車の装甲に跳弾する金属音の台風のような大合奏の最中、頭を庇ってうずくまっていた史花は体を起こそうとする。

「ヒィイイィッ!」

 教師が意識を取り戻し、恐怖が一気に戻ってきたのか、頭を抱えてガクガク震えながら縮こまっている。

 史花は膝をついたまま振り向き、廊下側の銃撃戦の様子を伺う。

 どうやら連中の狙いは史花と教師ではないようで、両陣営は廊下で戦闘を続けている。戦車に乗って戦っているのも、廊下の突きあたりで戦っているのも、どちらも学生だ。史花と同じこの学校の制服を着ている。

「“FPSデュエル”……ッ!」

 史花が呟く。

 と、突きあたり側の集団から戦車側の集団に向けて何か丸い物が投げ込まれたのが見えて、

「っ!」

 再び教師を引っ掴むと中庭の見える窓際へと全力で走った。

 背後で手榴弾が爆発、破片が飛散する。咄嗟に机を倒して盾にしたので怪我をせずに済んだが、壁に大穴が空き、史花の突入で一部割れていた廊下側ガラスは全部割れた。

 全く止む気配のない激しい戦闘に、史花はどう逃れるべきか思索して、

「こっち来て!」

 声がかかる。中庭の窓から女生徒が、手を差し伸べてきていた。

「早く!」

 史花は教師を連れ、その手を掴む。生徒は賢明に引っ張り、三人は庭へと転がりこむ。そのままおぼつかない足取りでの精一杯の全速力で、とにかく戦場から離れようと足を動かした。


 発砲音が遠ざかっていく。どちらかが有利になり均衡が崩れたのか、戦線は場所を移したらしく、中庭の木陰でへたり込む三人の危険は去ったようだった。

 教師は泡を噴いている。史花は息を整えると、女生徒に礼を伝えた。

「助かったよ。ありがとう」

「いや、そんな、あんなことしかできなくてゴメンね」

「謝ることないよ。……この学校でもやってるんだね、“FPSデュエル”」

 しばらく遠くに聞こえる発砲音を耳にしながら沈黙していると、女生徒が心配そうに顔色を伺ってきていることに気付く。

「どうしたの? 具合悪い?」

「あっ、な、なんでもないよ」

「でも、なんだかとても悲しそうな顔をしてたから……。どこかケガしたの?」

 女生徒は本気で心配してくれているようだった。

「大丈夫だよ。……私、転校してきたばかりなんだ」

「そうだったんだ? なら、えっと、ごめんね、転校早々いきなりアレに巻き込まれちゃったりして……嫌な気持ちにされちゃったかな?」

 別に彼女が謝る必要はないのに、本気で申し訳なさそうにしている。ちょっと気弱そうだけど、優しい子だな、と思った。

 だから、史花は首を横に振る。

「そんなことないよ。私、この学校でうまくやってけそうな気がした」

「え、そう……?」

 史花は微笑む。

「困った時に手を差し伸べてくれる人が、いるってわかったから」

 女生徒は数秒ほど目を瞬いていたが、頭が意味を理解すると、かぁっ、と赤面した。

「ふぇぇっ、そんなっ、私そんな大層なことしたわけじゃっ」

「そんなことないよ、ホントにありがとう」

「でもそんな、私なんかっ」

「そんなことないよ」

「でもそんな!」

 そんなそんな、としばらく謎の連呼が会話の応酬で続く。

 ぴりりりっ! と鋭い音が鳴った。

「ひぃっ!!」

 女生徒が短く悲鳴を上げて飛びあがる。史花も驚いてしまった。

 携帯の着信のようで、史花に会釈してから少し離れた場所で通話を始める。

 何だか怯えているように見えた。電話相手が何か言うたびにびくっと震えるし、どんどん小さく縮こまっていく。

「はい……はい、すみませんでした、今行きますすぐ行きます……」

 通話を切ってこちらへ戻ってきた女生徒は、俯いて、どういうわけか青白い顔をしていた。

「ごめんなさい、私、どうしても外せない用事ができちゃって。もう行かなきゃいけないの」

「充分だよ。感謝してる。私は……先生の意識が回復するの待って、教室行くから」

 まだ頭の上にヒヨコがぴよぴよ飛んでる教師を横目に、苦笑いする。

「その、東の階段を使えば近道できると思うから。念のため、また巻き込まれないようにね」

「うん、気遣ってくれてありがとう」

 女生徒は一礼すると、ぱたぱたと走り去っていく。

「あ! 待って!」

 その背中に史花は声をかける。「名前! 教えてくれる?」

 女生徒が走りながら振り向いた。

羽多野はたの香乃かのっ!」

「羽多野さんっ、私、明戸史花!」

 そうしてお互いに、手を振りあった。


 あの子が実は同じクラスだった、……らいいなと思ってたけど、そう都合よくはいかないようだった。

 2年C組で、史花は無難に転校生としての振る舞いをした。最初の休み時間の質問攻め時に話した子とそのまま何となくの流れで仲良くなり、何となくの流れでその子のお友達グループに入れてもらった。

 ……どの学校にもいるのではないだろうか。6~8人くらいの人数で、昼休みに教室で机をズラリと並べあってご飯食べてるような集団。史花が入ったのは、まさにそういった女子グループだった。

 …………でも。

 正直史花は入ってみて、ちょっと後悔していた。

 このグループの子たち、テンションが異様に高いのだ。授業中以外はいつも飽きずにガヤガヤ喋ってて、とにかく何かにつけて笑う沸騰したような空気、盛り上がりは凄いのだけれど、史花にはついていけない時もあった。

 それともう一つ。グループの中心にいる子が、ちょっと苦手なのだ。

「それより聞いてよー。平根戸のやつがさぁー、あたしの好きなニコ動の歌い手ディスりやがったんだよ! まぢ酷くなーい?!」

「何それありえなーい」

 深山みやま案子あんずは端的に言えば、女王様気質の女の子だった。

 とにかく、愚痴が多い。面白い話題がない時はいつも愚痴を肴にし始める。嫌いな奴の悪口を言うのが好きで、人格否定まがいな発言も平気でしていた。

「そーだよまぢふざけてんのあの人の声にはいろんな想いとか込められてんのにさー、しょせん上っ面しか理解できない奴なんだろうね、貧しい生き方してるよ、嫌ならまぢ見んなって感じだよ」

「うんうん、アンの言う通りだよ!」

「そういう奴ってウザいよねまぢ!」

「許せないよねーまぢまぢ!」

 平根戸とやらの悪口で盛り上がる一同に、史花は温度差を感じていた。弁当の卵焼きをもぐもぐ食べながら沈黙していると、深山がこちらを見ていることに気付く。

 史花は笑顔を作る。

「……うん、そだね。私もそう思う」

「でっしょ? 当然だって!」

 皆に聞こえないよう、心の中だけで溜息をつく。

 史花は、自分が非難されているのでなくとも悪口を聞いていて良い気分はしない。本音を言うと、だいぶ居心地が悪い思いをさせられている。

 もっと居心地悪くしたのは、彼女の愚痴を周りの友人たちが肯定に終始していたことだ。それは偏見だよ、と言いたくなる感情的な発言でも、庇うようにひたすら首を縦に振るのだ。

 とゆーか、ぶっちゃけ、深山が言ってることが正しいか正しくないかなんて、周りの子にとってはどーでもいいのだ。

“深山が怒っている”。

“だから、友達だから、支持してあげる”。

 それだけなのだが、そうすることで深山は自分が肯定された気分になって、溜飲が下がるのだろうか?

(深山さんって、どうしてあんな言い方しかできないのかなぁ……)

 怒りたいのはわかる。

 だからって、同じ学校に通う生徒や育ててくれた親に、『もう一生喋るな』とか『死ねばいいのに』とかなんて、冗談でも言っていいこと?

 視野が狭いというか……主観的にしか生きれない人なんだろうなと思う。

「ホントさぁ平根戸は貧しい価値観しか持てないってか人生損してるんだよねー、可哀想な奴だよ。その哀れさをあたしが大目にみてやってるのにチョーシ乗って付け上がってまぢ何様? ってカンジー」

 彼女が日々怒りの矛先を向ける相手は主に、平根戸とか、先生とか、平根戸とか、親とか、平根戸とか、平根戸とか。

 平根戸ひらねどというその男子生徒を深山は徹底的に嫌っているらしい。そいつのやることの何もかもが気に入らない、といった体で、今日も些細なことからグチグチ激おこぷんぷん丸らしかった。

「あたしはこれでも大人だから譲歩してやってたんだけどさぁ、もういい加減我慢の限界なわけよ! だから――」

 ガタッ! と深山が席から立ち上がる。

 隣のクラスまで聞こえそうな声で、高らかに宣言した。

「教育してやるわ! “FPSデュエル”! 平根戸の奴に申し込もうと思いま――すッ!」

 史花はトマトを摘もうとした箸をぴたりと止めた。

 おおおお! と歓声を上げる生徒たち。深山の友人たちだけではない。教室にいた者たちもざわめき、全体が異様に興奮した空気に包まれる。

「まぢで?! まぢなんだねアン!」

「そうよねトーゼンよね、あのクソ平根戸はいっぺんまぢ叩きのめさなくっちゃね!」

「もちろん団体戦だよね! みんなまぢ参戦するよ! 目にもの見せてやるんだから!」

 そして深山と友達のみんなが、こちらを見ていることに気付く。

 史花は笑顔を作る。

「……さ、……参加、するよ」

「でっしょ?! 当然だって!」

 実際には引きつった笑いになった史花は、二度目の心の溜息をついた。


***


 かつて、プロイセン王国では『メンズーア』と呼ばれる“学生同士の決闘”が推奨されていた。命を賭けるほどではないが、学園生活で対立する者同士が雌雄を決する手段に、あるいは単に腕試しに、通過儀礼として盛んに行われていたという。

 そして現代。教育レベルの低下が懸念される中、国内のとある私立校が決闘制度を独自に復活させ、学生同士を自由に戦わせはじめた。野蛮であるとの批判も多数寄せられたが、堕落していた学生たちの競争意識を刺激し、また人格形成にも役立ち、その学校の生徒たちの成績は驚くほど向上した。

 これに倣った学校が決闘制度を導入したらあら不思議、みんなが意識高い系学生になったことであっという間に学力低下問題は解決され、日本は世界トップの教育指数を叩き出したのだった。

 そんなわけで現在は義務教育も含めて決闘がほとんどの学校で奨励されている。

 ……でも、

(やりたくないなぁ~……)

 放課後、校舎裏に集まる深山とその友人たちに混じる史花は、体育の授業の前の文系女子並みに憂鬱だった。

 深山はクラス外にも友達が多い。片っ端から声をかけたのだろう、20人近くも集合していた。ざわざわとお喋りする一同はなかなかに騒がしい。

 女の友情で付き合わされる羽目になった史花だが、史花には、FPSデュエルに関わりたくない理由があった。

「それじゃあこのチームで平根戸にカチコミたいと思いまーす!」

(温度差を感じる……)

 そもそも平根戸という生徒のことをよく知らない史花には、いまいち深山に付き合って彼に楯突く気持ちになれない。何を発端に諍いをしているのかもよくわからない。もしかしたら話しあいで解決する余地だってあるかもしれないし、非があるのは深山のほうかもしれない。

 でも、それを深山に問いかけてみる勇気が史花にはなかった。主観的な生き方をする深山は、自分が絶対正しいと信じている。彼女のようなタイプの人間にとっては“自分の嫌いな相手を許せない”のは当然で、大前提なので、『どうして許せないの?』と質問された時点で怒るに決まっている。『そんなわかりきったことを聞いてくるな!』と。

 あまつさえ『本当に平根戸さんが悪いの?』などと聞けば、カッとなって怒鳴られるだろう。

 主観に生きる人間とは、そういうものなのだ。そういうメンドくさい人なのだ。

 史花はわかっていた。深山は、史花に質問を望まない。“自分の味方のひとり”として、沈黙し、ただ従順に、戦力となってくれることだけを望んでいる。

 触らぬ神に祟りなし。周りに合わせて、無暗に波風立てず、平穏に生きていければそれでいい。そう考えていた。

 深山は地図を広げ、一同はしゃがみこんでその地図を眺めている。深山は各自に指示をすると、会議の終了と共に立ち上がり、声を張り上げて言った。

「みんな準備はいいね? んじゃ、行くよ」


 向かった先は裏山のゴミ捨て場だった。粗大ゴミが普通に不法投棄されており、山と積み上がっていて、その山があちこちにいくつもできている。結構な広さのある敷地のようだった。いかにも悪ガキの溜まり場になりそうな場所である。

「平根戸はこの時間、このゴミ山で屯ってるから、ここからなら奇襲をかけられるってわけよ!」

 おおー、とか、へーそうなんだ、とか、友人たちが歓声を上げる。

 全員がここにいるわけではなく、深山と史花を含めても7人だ。他は別の場所から襲撃をかける手はずになっている。

「さあ、果たし状を叩きつけるとしますか」

 そう言って携帯を取り出す深山。端末の上にホログラムのスクリーンが表示され、指で空中のスクリーンに触れて操作する。

 深山は校内ネットを通じて決闘申し込みをしている。FPSデュエルのマッチング登録はネットワークで管理されていて、開始にはサーバーを介しての相手への申請が必要なのだ。

 学園公式サーバーのトップページには、黒鷲の翼をあしらったロゴが描かれている。全日本学生決闘連盟の共通ロゴマークで、プロイセンの国旗をモチーフにしたものだ。深山は決闘相手に平根戸を選択する。

『――試合形式は団体戦、人数無制限。勝利条件は相手チームの殲滅。よろしいですか?』

 FPSデュエルのナビゲートプログラムが人工音声で訪ねてくる。深山はスクリーンをタッチして決定を選択する。

 次に参加メンバーの登録が表示される。深山はそこにいる者たちを一人一人登録していく。当然、史花も含まれている。

 画面に、相手が受けて立つか拒否するか、選択してくるまで待機するよう表示される。

「まさか拒否してきたりはしないよねえ?」

 深山が画面を見つめながら言う。

 拒否することは可能だ。

 だが、それは許されない。システム上は逃げ道があっても、プライドの問題だ。

 誇り高き決闘から逃げた臆病者は、それだけで評判が地に落ちる。誰が決闘を申し込まれ、それを拒否したという記録は全校生徒に知られることになる。今の時代、どんな学校でも、決闘を受けない弱虫に人権はない。その後学校中の生徒からいかなる扱いを受けても文句は言えない、スクールカーストの最下層になる覚悟がなくてはならない。

 問いを投げる深山に浮かぶ顔は嘲笑ではない。そんな負け犬の選択をしてきたら絶対許さない、という形相だ。

 数分が経ち、やがて、人工音声が応えた。

『申請が受諾されました』

「っしゃあ上等! まぢぶっ殺す!!」

「「オオオオオオオオオオオッ!!!」」

 深山に合わせ、一同が拳を振り上げて雄叫びをあげた。

『これより平根戸ひらねど十馬とうま率いるチーム《巨人連隊》と、深山案子率いるチーム《激おこぷんぷん小隊》の、団体決闘戦を開始します』


 アナウンスの直後、史花たちの体に変化が起こる。

 ボッ! と腰のあたりに炎が燃え上がった。蒼い炎だ。だが、熱さは感じない。炎が晴れると腰にベルトが巻きつけられていて、ポーチが下げられている。ポーチの中身を確認すると、弾薬が入っている。ピストルベルトだった。

 続いて膝に炎が燃え上がり、晴れた後にニーパッドが。次に肘に同じようにしてエルボーパッド、頭に無線連絡用のインカムが装着される。

 深山はホログラムスクリーンを操作しながら左手のひらを肩ぐらいの高さに掲げる。蒼い炎が手の上に燃え上がり、火の中で何かが形作られ、組み立てられていく。

 空中にサブマシンガンが顕現する。

 デュエルピストーレ。決闘用に使われる銃器だ。

「フライヘル級決闘戦短機関銃『クリーガー』! さすがだねアン!」

 周りが褒めそやす。決闘が開始されないとこれの使用許可が下りないので、ローディング作業は基本の初手だ。

 ドラムマガジンに木製のフォアグリップと、全体的にトンプソンを思わせる姿をしている。

 周りの生徒たちも深山と同じように、自分の銃を顕現させる。蒼い炎がそれぞれの掌に燃え上がり、さまざまなデザインの銃が形作られる。

「ほらっ、明戸さん! あんたもさっさと作る! もう決闘始まってんだよ!」

「あ、う、うんっ」

 ハッとした史花は、左手を肩の高さに掲げて、念じる。

 蒼い炎が燃え上がる。深山たちと比べると小さく弱い火で、形作られた銃は小型の拳銃だった。

「リヒター級~? 明戸さん、まぢやる気あんの?」

「ご、ごめんなさい……」

 ――ホントは『私、FPSデュエルはやりたくなくて』と言葉を続けたかったが、今それを言うと確実に睨まれるので思い留まる。

「まあまあ。アン、顕現すらうまくできない子もいるんだから、できただけでも明戸さんを褒めてあげるべきだよ」

 友人がそう言うが、深山は興ざめしたかのような顔をしていた。

「そんなショボいランクの持ちこむくらいなら、私が明戸さんの分まで二丁作ってやったほうがマシだって」

「ああ、そうしてあげなよ、アン」

 深山はもう一丁クリーガーを顕現させ始める。

 顕現する銃器のランクは決闘人の人格、感情の強さなどで変わる。ランクが高くなればなるほど、威力や使い勝手の良さは向上していく。デュエルピストーレの場合、ランクの一段階差で性能に明確な隔たりがある。

 どうやってランクの高い決闘戦銃を召喚すればいいのか、というのは、心の力、意志力によって決まると公式には説明されている。勇敢さ、闘争心が、より強い銃を形作れる。強い意志さえあれば理論上どんな銃でも顕現し、実銃の使用経験がない素人の女学生でも、自在に扱えるようになるらしい。

 ――しかし、ベテラン決闘士たちの考えはそれと少し違う。

 そうした考えで言えばフライヘル級を顕現せしめた深山は勇敢で闘争心の強い人間ということになるが、史花に言わせれば自分が絶対正しいと信じている、主観的な生き方しかできない人だ。

“主観的な人間”であるか否かが、鍵になると解釈されている。

(深山さんの、他人の考えを全く認めようとしない自分中心な所が、強いデュエルピストーレを作り出すエネルギー源になってるんだ)

 ワガママな人ほど行動力があると言う。視野が狭いゆえ、自らの思考に何の疑いも無く100%の自信を持つ所が、揺るぎない意志となっている。

 だからベテラン決闘士たちは意志力と呼ばず()()()と呼ぶ。

(主観的に生きる人ほど、この決闘は有利なんだ)

 ベテラン達の通説を史花も支持していた。深山に限った話じゃない。

 学生なんて、大体そんなものだ。みんな客観的に物事を見れない。感情でしか議論ができず、異なる考えを認められず、主観的な生き方しかできない自己中な子ばかりなのだ。

 そういう生徒たちのためにある制度なんだと思う。お互いを思いやって譲歩しあう、話しあいで解決するなどという、賢い大人な手段を使うことなく、もっと短絡的でわかりやすい方法での解決ができるのだから。

 ゆえに名付けられたのだ。

 主観視点で遊ぶゲーム、ファーストパーソンシューティングになぞらえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()愚か者達のためのシステム。

 FPSデュエル、と。

「ほらっ、足手まといにはなんないでよね」

 ローディング完了したクリーガーを投げ渡され、史花は慌てて受け取った。

 深山の友人の一人がゴミ捨て場を見渡して尋ねる。

「ここって学校から近いけど校外だよね。FPSデュエルって、学校の敷地内でしかできないんじゃないっけ? 境界線から一歩でも外に出ると、その瞬間にデュエルピストーレが消滅しちゃうはずだけど」

「学校がこの土地を買ってんのよ。だから敷地内扱い。校舎でドンパチやられるとまぢ困るから、ある程度広くて壊れても構わない場所を用意したってことでしょ」

 ……実際に転校初日、史花が巻き込まれた戦闘では思い切り校舎を破壊していた。一応、決闘で生じた損害には国から助成金が出るので問題ないが、だからってガンガン壊されていいものでもないので、学校側は建物をできるだけ破壊しないよう呼びかけている。だから皆も()()()()()破壊しないよう努めながら戦っている。

「あたしと平根戸はここ数日対立を繰り返してたから、そろそろ決闘申し込まれるんじゃないかってあっちもある程度は警戒してただろうけど、今から防衛線敷いても遅いっての!」

 当然、平根戸も一人では戦わず頭数を揃えてくるだろう。何人参加するかは自由だ。

 この期に及んでやはり一人テンションの上がらない史花だが、とりあえず負けることはないだろうと思い、安心する。

(……とにかく、後衛やって戦闘には加わらないようにしよう)

 深山に消極的な奴だと思われるだろうが、参加せずに疎まれるよりはマシだ。

「よっしゃ行くよ! 平根戸をまぢ潰してやんだから!」

 息巻く深山と盛り上がる友人たちを、史花は横目で見る。

 ……どのみち、この連帯感できちゃってる空気の中で今更水を刺すようなことは言えない。口論になれば、転校してきたばかりで繋がりが薄い以上、最悪それでおしまい、ハブられるかもしれない。

 早々にクラスで“ぼっち”になるリスクを冒す度胸は持ちあわせていない。

 それでいい。波風立てずに平穏に生きていければ、それでいいのだ。


***


《激おこぷんぷん小隊》は大きく3チームに分かれていた。1チームが正面を進み、1チームがその後方支援、残る1チームは戦線の側面に展開して突破口を作る。深山と史花の隊が受ける役割はこれに当たる。

 深山と史花のチームは途中で分散し、2・3人の単位に分かれて移動する。史花は2人の、深山の友人たちに先導されて進んでいる。

 本来は少し広いだけの平地のはずなのだが、粗大ゴミや廃材があちこちに積み上がっているので、全体を見渡すことのできない迷路のような敷地になっている。深山の友人2人は死角から敵が現れることを警戒して進んでいる。

 先頭の仲間が前に進み、両側に廃材が積み上がっていて隘路のようになっている狭い場所を通り抜ける。史花もその後に続く。

 彼女は、道の先における敵兵の有無の確認に出る。歩きながら左、右と廃材寄りに移動し、曲がり角の先を覗く。『カッティングパイ』という索敵技術だ。

 捨てられた冷蔵庫の影で背を低くし、相棒に合図。史花以外の二人は中腰で銃を構えつつ、頷き合うと、バッ! と素早く隘路から出て展開した。

「!!」

 銃弾が飛んできた。キン! と冷蔵庫の縁に火花が散る。短機関銃を持った男子生徒が撃ってきていた。『巨人連隊』とかいう平根戸の仲間に間違いない。ほぼ同時に彼女も狙いを定め引き金を引いていた。マズルファイアと共に飛び出した弾が、青色に煌めくのを史花は視界に捉える。

 双方、飛び交う射撃は曳光弾のように光を帯びている。いくつもの青い光線が発射されているかのような光景だ。デュエルピストーレの銃弾は、統一して青色光を纏う。

 銃弾が敵の男子生徒の上半身に命中する。だが、その体表面を抉ることはない。到達する寸前、バリッ! と音がして、銃撃された箇所から青い電撃のようなフラッシュが発現する。弾は消え、彼の体を傷付けることはなかったが、衝撃はあるようでバランスを崩し、倒れ込む。

 もう一人の女子も、潜んでいた敵の始末に成功する。周囲を見渡して安全を確認する。

 史花も出てきて、倒れた男子を見る。地面に叩きつけられた影響で呻いていたが、その口元を覆うように何かが顕現した。

 マスクだ。

 バツ印の描かれた、どこかのバラエティ番組で使ってそうなマスクが、彼の口に装着される。

「“言論封殺”完了っと。ふっ、いい気味ね」

「無駄口を叩いてないで、次行くよ」

 一人が嘲笑うが、もう一人がたしなめる。

「私たちだって、弾を喰らえばこうなるんだから。“封殺”されると心を折られて、相手側に刃向かうような言動が封じられちゃうんだからね」

「だから、やられる前にやっちゃって、全員黙らせちゃえばいい話っしょ?」

 デュエルピストーレに殺傷力はないが、命中判定があると『言論封殺』される。FPSデュエル独自の敗北ペナルティ制度だ。弾が命中した者には『封殺マスク』が自動的に装着される。

 言論封殺とは、撃たれた相手に反抗的な態度を取れなくさせるということだ。あの生徒は以降史花や深山たち『激おこぷんぷん小隊』全員に対し悪口を言うことができなくなった。

 声を封じるのではなく悪意を向ける“気力”を失くさせるので、悪口の代わりに仕草で侮辱したり殴りかかることもできない。そうしたことをする気力を根元から沸かなくさせてしまうのだ。鎮痛剤のような効果、と考えればいい。

 誰でも一度は、同じクラスにいるムカつくアイツなんて、黙って隅っこでおとなしく生きててくれりゃいいのに、なんて願望を抱いたことがあるのではないだろうか?

『言論封殺』はまさにそれを実現する。ゆえにFPSデュエルで憎い奴をやりこめようとする深山のような輩が多発しているのである。

「ちゃっちゃと制圧しちゃおうよ。アンのためにも」

「こんだけ戦力あるのに、平根戸なんかに負けるはずないっつーの」

「逃げに入られると厄介だけどね。三日経って決着がつかないと引き分けで、喧嘩両成敗の理屈とかで私らも平根戸のほうも全員封殺マスクだしさ。それ狙ってこられるとウザいんだよ」

「ふん、そんな暇もなく全滅させりゃ済む話っしょ!」

 二人とも、史花を戦力としてアテにしていないようで、二人だけで戦っていく。史花としてもそうしてくれるのはありがたい。

 こちらが女子ばかりなのに対し、相手は男子が多いようだった。だがFPSデュエルを左右するのは“意志力”――“主観力”だ。身体的な能力差は関係ない。

『こちら案子。敵集団とまぢ交戦中。来れる奴いる?』

 インカムから無線で深山が語りかけ、現在位置を教えてくる。史花と同じグループの女子はすぐに応答した。

『こっからならすぐいけるわ。今からそっちへ向かうから!』

 激しい銃撃戦が行われているようで、マシンガンの発砲音が連続して聞こえてくる。迷路のような平地を進み、前線で仲間と共に、遮蔽物を背にしゃがんでいる深山に合流する。

 深山の表情は真剣そのものだった。封殺マスクは規定で、一週間経つと自動で外れ効果も消滅することになっている。とはいえ深山のような日常的にぎゃーぎゃー騒がしい女子にとって、嫌いな平根戸の悪口を一週間言えないというのは耐え難い苦痛だろう。負けまいと必死になるのも頷ける。

 深山はクルーガーを抱えながら、無線で指示を伝える。

『あたしらが連中拘束してるから、あんたらは右から回りこんでまぢ叩き潰して!』

 史花たちは言われた通り、右の複数のトタンが立てかけられ壁となっている地点を通り過ぎ、戦線の右方に向かおうとした。

 が。

 そのトタンの影に、弁当箱程度の大きさの物体があることに史花は気付き、

「ッ! 下がって――!」

 言い終わらないうちに起爆した。

 爆風が目前の視界を覆い尽くした。史花だけが2人の後方にいたため巻き込まれずに済んでいた。2人とも地面に倒れ込み、共に封殺マスクが口元に強制装着させられている。

「げほッ、……『ファルシオン』ッ?! こっ、こちら明戸です、『ファルシオン』に巻き込まれてやられました、私以外みんな……!」

『何ですってぇ?! 平根戸のやつ地雷まで用意してたの?!』

“ファルシオン”は、かの有名なM18クレイモアに似た、ツインポッドに長方形の箱を立てかけたかのような形の指向性地雷で、一応顕現できる武器の一つなのだが、史花たちが包囲を敷くためあそこを通るようまんまと誘導されたということになる。

 読まれていたのだ。

 史花は倒れた二人を見る。内部から爆散した球は、銃弾同様殺傷力がないため大した怪我は負っていない。そこで無線から切羽詰まった声が聞こえた。

『背後から奇襲! 挟まれたッ!』

『くそっ、舐めんな!』

 深山の側が襲撃されているらしく、無線越しに銃声が聞こえる。ここで孤立するのは危険だと判断した史花は、合流のために走る。

 史花だって、好んで“封殺”されたくはない。あのマスクを付けて一週間生活しなくちゃならないとなると、周りからは敗者だと一発でわかるので、恥ずかしい。

 ちなみに流れ弾は両陣営と全く関係ない一般生徒にも当たる。当たれば同様に封殺マスクを強制装着させられる。史花も転校初日に巻き込まれた決闘で、あのまま突っ立っていたら初日から早々マスクデビューになる所だったわけだ。

 深山たちを視界に捉える。分担して反撃していたが、その時深山のすぐ背後にある木材が砕けた。頭を引っ込める。

『3時の方向、狙撃手スナイパー!』

『次から次へとまぢうざなんですけどッ!』

 廃棄されたらしいバスの窓から狙撃が行われていた。敵は戦闘における有利なポジションを知り尽くしている。

 そして、史花は気付く。

 周囲の地形。このゴミ捨て場は、ただ雑然と物が置かれているわけではないということに。

「このゴミ捨て場、ゴミや廃材を効果的に配置して、……要塞化されてる……?!」

 そうしている間にも攻撃に押されていく。無線越しに入ってくる別部隊の報告も、旗色は明らかに悪くなり始めていた。

『左翼の部隊が全滅! 食いとめられないよ、ごめんねアンちゃんっ』

『こちら大変です、ファルシオンに引っかかって前衛がやられ――きゃあああっ!』

『助けて! 今すぐ増援を、増援をおおおっ!』

 無線越しに聞こえる声は、いずれも不安感を煽る。

 そして深山と史花たちの部隊も、気付けば敵にとって有利な場所へ誘導され、包囲されていた。

「ぐっ、どいつもこいつもっ! 何よこれ、何なのよこれぇっ! まぢありえないんですけどおおおおおおおおお!」

 深山は闇雲にクルーガーを撃ちながら叫んでいた。

 阿鼻叫喚だった無線の報告が、ぱったりと聞こえなくなる。それはつまり――、ここにいる者たち以外が全滅したということを意味する。障害物に隠れながら後退を試みるが、敵はゴミ捨て場内の地形を熟知している。予想もしない所から現れた敵兵に襲われ、一人また一人とやられていく。

 史花は敵の持つ機関銃を見る。大多数が同じ規格のものだ。

(『ブリッツクリーク』、グラーフ級……! フライヘル級より命中精度も連射性能も上……!)

 短銃身で伸縮性の銃床など、機関拳銃にも思える外見は、MP5に近似している。

(こんなものを所持しているなんて、この人たちの“主観力”――)

 側面からの奇襲に対し逃れようとした史花に、別の方角から現れた敵兵の銃口が向けられる。

「ひ――」

 史花は、

 踵を返し、頭を抱えてダッシュで戦線から退却を図った。

「やぁぁっ!!」

 背中を見せた史花に深山は目を剥いた。

「なッ!? 待ちなさい明戸さん―――逃げんな明戸ォ!!」

 叫んだ直後にバシュッ! とヘッドショットを喰らい、深山は倒れる。史花は一目散にゴミ捨て場から去ろうとするが、包囲網は厳重で、とても単身で突破できるものではなかった。

 携帯を取り出しホログラムスクリーンを生成する。一番下の『降伏』コマンドに触れる。

 申請中の表示になる。四方から敵が姿を現し、銃を構えながらじりじりと包囲を狭めてくる。史花は銃を捨てて両手を挙げ、戦闘の意思がないことをアピールする。

『降伏申請が受理されました』

 周りの兵が近づき、うつ伏せにされて後ろ手を縛られた所で、人工音声が告げた。

『《激おこぷんぷん小隊》、全員リタイア。《巨人連隊》の勝利です』

 拘束され、連れてかれながら、史花はなすがままにしていた。


***


 薄暗い空き倉庫の中で、ガランとした内部の真ん中に一つだけ椅子が置かれている。史花はそれに体ごと縛られている。周りでは巨人連隊の隊員たちが見張っている。

 倉庫の入口から、何人かを連れて男子生徒が現れた。

 高慢そうな顔つきだ。ネット通販で売ってそうな軍服のジャケットをシャツの上に着こんでいる。

「三年A組、平根戸だ」

 自己紹介してきた。彼がこのグループを束ね、深山と対立していたリーダー。

「深山くんとは和解の道を模索していたのだがね。このような形になってしまい残念に思うよ。総勢20人も味方につけてきたことは驚きだ。――だが、『巨人連隊』。この学園を取り仕切り、100人を越えるこの組織のリーダーが俺であることは、彼女も知っていたはずなんだがね。実力を過信するのはよくないことだ」

 うんうん、と平根戸は一人で自分の言葉に頷いていた。

「さて、捕虜くん。降伏コマンドを選択したということは、封殺から逃れたいという意思があるんだろうね。FPSデュエルの規定では降伏した敵に対し、勝利側の裁量で解放することもでき、認めない場合は君を他の者と同じ、封殺状態にさせることができる」

 平根戸はホログラムスクリーンを表示させる。そこに映る選択コマンドは、捕虜の解放を認めるか或いは、“処刑”するかの二択だ。

「俺に恩赦をはたらかせるにあたり、君はどんな申し開きをしてくれるのかな。『本当はこんなことはしたくなかった』かね?『深山に脅されてやらされていただけなんです』かね?」

「平根戸さん」部下の男子生徒が呼びかける。「こいつは戦線から背いた腑抜けです。数合わせの素人でしょう。身の程知らずが我々に刃向かうとどうなるか学内に知らしめるためにも、容赦なく殲滅するべきかと」

「ふむ。それも有り、かな。ところで……」

 平根戸は頤に手をやり、姿勢をやや前傾する。史花の顔を目を凝らして見ようとするような仕草だった。

「転校生の明戸史花くんだったね?」

「……はい」史花は小さい声で答えた。

「明戸史花。明戸史花か……はて、おかしいな。どこかで聞いたことのあるような……」

 慌ただしく走ってくる音が聞こえた。勢いよく部下が流れ込んでくる。

「ひ、平根戸さん、大変です! この女の身元を調べてたんですが、コイツ一昨年の『大鉄十字星章』を受章した奴ですぜ! 総決闘勝利回数最高記録保持者“デストロイヤー”明戸史花! 素人なんてとんでもない、歴戦の決闘士だ!!」

 倉庫内の者たちが、史花以外の全員がざわめいた。

 平根戸が呟く。

「……中学三年にしてFPSデュエルを極めに極めた伝説の決闘士。その戦い方は冷酷無比。彼女の前に立つ者は残らず灰となり、敵対者を震えあがらせた。なるほど、君がそれだったのか。しかし……」

「――その“デストロイヤー”がどうして、敵前逃亡するような臆病者に堕ちているのだ!?」

 部下が引き継いだその言葉に、しかし、縛られた史花は沈黙したままだった。

「それに、なぜ元の高校から転校してきたのかね?」

 平根戸の問いに、静寂。たっぷり5秒が経過してようやく、絞り出すような声で史花は言った。

「…………答えたく、ありません」

「貴様! そんなことが言える立場だと思っているのか!」

 くってかかる部下を諌め、平根戸はふぅむ、と腕を組む。

「君にまだ戦力としての利用価値があるのなら、仲間に引き込んでおきたい所だがな。どうかね?」

「…………、」

 史花の脳裏に深山の顔が浮かぶ。それを察したのか、平根戸が肩をすくめる。

「まだ彼女の友達のつもりでいるなら、諦めたほうがいいと思うがね」


 深山たちは校門にいた。

 追いかけてきた史花に皆が振り向く。封殺のバッテンマスクを着けた女子の群れは、冬に見られるインフルエンザ大流行かのようだった。

 冷たい視線。

 それだけでわかってしまった。あ、こりゃハブられたな、と。

 去っていくのを立ち尽くして見送っていた。

 ……いまさら会いに行ったって、お互いに嫌な思いするだけだって、わかってたのに。

 通学路を下りながら、ぼんやりと思う。

(しょうがないよね。私と深山さん、根本的に性格合わないし)

 きっと、仲直りすることもできなくはない。だが自分の考え以外は全く認めようとしない深山に頭を下げ、必死になってまで関係にしがみつこうとするほどの気力はなかった。

 普段から愚痴ばっかで、一緒にいてストレス溜まってたの事実だし。無理して付き合うことはない。

(運がなかったんだ。たまたま合わないとこに誘われちゃって)

 でも――

「……明日の体育、二人組作ってとか言われたらやだなぁ」

 見上げて呟いた声は、夕空に消えていく。

 転校して最初の友達関係で失敗したというのは、やっぱり痛手だった。

 朝、教室に行った時に突き刺さるであろう視線とか、不安要素は考えるほどに増え続け、訪れる明日が背中に重くのしかかってくるように感じられた。


***


 中学時代、史花はクラス委員長だった。

 クラスの皆を正しく導くことを矜持とした史花は、模範生として行動し、常に学級全体のためを思って活動した。

 学生として健全に勤勉に生きることを自分に課し、それを周囲にも勧める史花。そんな史花を煙たがる者も当然存在した。反発し、対立し、平行線の議論の果てに決着をつけるため選んだのがFPSデュエルという手段。

 勝ったほうが相手を封殺し、阻む者のなくなった自らの主張を押し通すという単純明快な落とし所。

 委員長としてクラスメイトを導くのは史花の当然の義務であり、絶対に譲れないと考えた史花は、デュエルピストーレを手に必死で戦った。気の遠くなるほどの数の戦場を駆け抜けた。

 ある時は、クラスでいじめられてる子を助けるために。

 ある時は、素行不良の生徒を更生させるために。

 意見をぶつけあい、それでもわかりあえない相手を負かし、潰し、封じ、勝利の結果によって自らの主張の正しさを証明してきた。

 全部、クラスのためだった。皆を正しく導きたいがための行いだった。


 しかし、高校に上がって例のごとくクラス委員長に立候補し、同じことをしようとした史花を待ち受けていたのは、クラスメイトの冷ややかな視線だった。

 ある子はこう言った。『お前にはついてけないよ』と。

 ある子はこう言った。『史花ちゃんって怖いし、メンドくさい』と。

 ある子はこう言った。

『いい加減にしろよ。お前は結局自分の言う通りに周りを動かしたいだけの人間だろ。自分を中心に世界が回ってなきゃ許せねぇんだろ。何様なんだよ。クラスのためとか結局お前のためだろオ・マ・エ・の、恩着せがましくて反吐が出んだよ。付き合い切れねえよ、意識の高さ押しつけんなよ大きなお世話なんだよ、生真面目ちゃんしたいなら一人でやってろよ』

 続けてその子は言った。

『お前さ、友達いないだろ。女子でもお前と休みの日遊びに行ったりする奴いねえらしいじゃん。わかってんだろ。たりめえだよ、お前自分以外の人間をパズルのピースとしか視てないんだもんな。自分の理想の世界のさ。そんな奴を誰が好きになるかっつんだよ。あんだよ泣くなよキメェ。マジ頭オカシイんじゃねーの』


 結局、明戸史花は、主観に生きる人間でしかなかった。

 クラスのためと言いながら、自分の思うようになってくれないと気が済まないだけの自己中。自分の正義のためなら他人の迷惑を軽んじる独善。自分が絶対正しいという思考回路から抜け出せない愚か者。

 視野の狭い、人の上に立つ資格もない独裁者だった。

 環境を変えようと両親に言われるまで、薄暗い部屋のベッドの中で、ずっとそんなことを考えていた。

 そして、決めたのだ。もう何もしないようにしようと。

 私は、何をしても世界に有害な、人間として欠陥のある存在だから、何もしてはいけないのだと。

 願わくば――

 願わくば、もう誰も傷付けないから、どうか誰か、友達になってください、と。


***


 別に平根戸の誘いを断り封殺されていた所で、寡黙で他人に迷惑をかけることをしない今の史花にはそう生活に支障があるわけでもなく大したデメリットにならない。

 巨人連隊に加入したのは、この学校で孤立するのを避けるためという、純粋なメリットを考えての判断だった。

 史花はゴミ捨て場にいた。パーツがバラバラになった自転車、座面が破けてスプリングが飛び出したソファ、錆びた廃車など、どこから集まってきたのかわからないようなものも含め様々な品物が捨てられている。ここは巨人連隊のアジトらしく、平常時の隊員たちは思い思いに屯っている。FPSデュエルの強さをウリとしているチームらしく、自己流の訓練に励んでいる者もいたが、廃バスの中で居眠りしているような奴もいて、雑多ながら賑やかな集団という印象だった。

 平根戸は史花を歓迎しているようで、ゴミ捨て場内を二人で回り、そうした隊員を紹介してくれた。

 エンジン音がするから見に行くと、転校初日に出くわしたあの戦車が敷地内を巡回していた。どうやら巨人連隊の所有物で、彼らと戦っていた勢力が深山の友達だったらしい。平根戸と深山の対立が深まり、決闘に至ったのにはそんな遠因もあるようだった。

 史花はふと道端の隊員たちに目をやって、

「……? あの人たち、今、決闘してるんですか?」

「んん?」

 疑問を抱いた史花は、平根戸に尋ねる。

 数人でだべっている生徒たちはその手にデュエルピストーレを持っていた。デュエルピストーレは、決闘の最中にしか顕現しないものだ。決着がつけば自然に消滅しているはずだ。

(……そういえば、たまにこの巨人連隊の人たち、戦闘中でもないのに銃持ってる人を見かけたような……?)

「気になるかね?」

 二人は隊員たちが『広場』と呼んでいる、円形に開けたゴミ捨て場の中心地に来ていた。平根戸はふと、その広場の隅を指差す。

「ちょうど“交代”の時間のようだ。ほら、見なさい」

「……??」

 訳がわからず、言われた通りに目を凝らした史花は、


 地面に這いつくばってうずくまり、蹴られている香乃を視界に捉えて凍りついた。


 羽多野香乃だ。転校初日、戦闘に巻き込まれた時に助けてくれた、あの子だ。

「羽多野、さん……?!」

 隊員たちは香乃を蹴っていた。

「オラ、さっさと歩け! もうすぐ時間なんだよ!」

 史花は、首をゆっくりと動かし、真横の平根戸を見る。

 穏やかな笑顔だった。

 この光景に何の問題があるのかと。

 香乃が、女の子が傷付けられている光景を、何の疑念もなく、日常の出来事として受け容れている顔だった。

「あの子と知り合いなのかね? 彼女はウチの大事な役目を任せている身なんだよ」

「役目……? どういうことですか……!?」

 眼前の光景と、平根戸の語る言葉がまるで一致せず、史花は呆然と聞き返す。

 香乃だけではなかった。他にも数人の生徒がいる。皆、蹴られたり罵倒を浴びせられたりと散々な扱いを受けているのに、文句も言わず従っている。俯いていて、瞳には光がない。

「……彼女たちは何をされてるんですか。説明してください」

「ふむ。君も、デュエルピストーレが決闘の最中だけ顕現することは知っているね? 逆に言えばこうは考えられないかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、……と」

「なっ……?!」

「そして、『デュエルピストーレの銃撃は一般人にも当たる』。ゆえに、どれだけこの決闘ルールにおいて有利なのか、また不利を防ぐのか、ベテランの君ならばわかるだろう?」

 史花にはその意味が理解できた。

 常に決闘状態ならば、あの銃を24時間保有できる。急に誰かに決闘を申し込まれても、すぐに応対できる。

 それだけではなく、“一般人に偶然弾が当たってしまった”ことにしてしまえば、決闘を申し込まれそうな相手に先手を撃つのも、秘密裏に狙撃するのも、何でもアリだ。

 決闘という枠内でのみ使用を許された銃器が、いつでも使えるようになる――それはもうFPSデュエルのルールの枠組を越えてしまっている。しかし、絶対に相手を封殺したい、黙らせたい、という目的のためならばこれ以上に有効な手段はない。

「しかし、安定して銃器を配備するためには問題が二つある。一つ目は、常に誰かと誰かを決闘させなければいけないこと。二つ目は、どんな決闘でも3日で終了する時間制限が設けられていること。我々が交代で決闘し合っても、どちらかが一週間も行動制限されるのでは効率が良くない。だから彼女たちが必要なのだよ」

「それ……は、どういう意味ですか」

「わからないかね? 3日間、刃向かわず、ただじっとしていて、時間が切れる時が来たら黙って負けてくれる、そんなすばらしい役目を引き受けてくれているのだよ」

 史花は香乃たちを見る。隊員たちに虐げられている有様は、とても対等の立場として扱われているように見えない。

「それを羽多野さんは……皆は受け容れてるんですか?!」

「ふむ。わからないが、逆らわないということは受け容れてるんだろう? 嫌なら嫌と言えばいいんだしね」

 頭を掻きながらそう言い放った平根戸に、しばし絶句する。

「皆で彼女をいじめて、下働きとして都合のいいようにこき使ってるんじゃないんですかッ?」

「人聞きが悪いね。何もやることがないというのは暇だろう? 適材適所という奴だよ」

 2歩。3歩。後ろへ下がる。

 何を言ってるんだこの人は、と、寒気が走った。自分の間違いが見えてない。自分を正すという頭が働かない。その思考回路に吐き気がする。

 あんな扱いを受けることを喜ぶ人間がいるはずがない。この人が、こいつらが、無理やり香乃を従わせているのだ。

 脳裏に思い浮かぶのは初日に見た香乃。突然かかってきた電話と、怯えた様子。

(あの時の電話は……この人たちから……!)

 香乃が気弱な性格なのをいいことに、いや、おそらく学内からそうした生徒ばかりを選んで、脅して、抑圧させて、従わせている。

 形だけの決闘。決闘中の3日、封殺から復帰まで7日の10日サイクルが必要なため、複数人を交代で使っているのだろう。

「もうすぐ3日のリミットなんでね。あの子が“当番”なんだよ」

「ッ!」

 見ると香乃は、隅にある木の柱の前に立たされていた。お粗末な処刑場のようだ。

 巨人連隊員の一人が拳銃を彼女に向ける。その横で武装した隊員二人に挟まれ、同じ生贄たちが立っている。香乃が銃撃されればデュエルに決着がつき、すぐにその中の一人が決闘させられるのだろう。そんなことを何度繰り返してきたのか。

「……近くに行って、見学してもいいですか」

 そんなことを言い出した史花を、平根戸はじっと見たが、

「構わないよ」

 史花はゆっくりと歩き、処刑を執行する生徒の隣に立つ。じろりと、生贄を監視する二人に睨まれる。

「ヘタな真似はするなよ、新入り。OK?」

 生徒が、引き金を引こうとする。

 史花は何かを諦めたかのように項垂れて、呟いた。

「OKです」

 直後、史花の肘打ちが決まり、生贄を監視していた者の一人がよろめいた。空いた手元を蹴り上げ、拳銃が宙に浮く。それを奪う。

 史花は振り向きざま処刑員を撃つ。彼の体に電撃のようなフラッシュが閃き、一発で倒れて封殺される。

 香乃が、ようやく顔を上げた。史花に気付き、瞳に光が戻る。

「明戸、さんッ……?!」

 残る一人が銃口を向けてくるが、踵を返した史花は突撃する。体を振って弾を避け、カウンターの射撃で封殺する。

「動くなッ!」

 ぴた、と史花が動きを止める。

 広場にいた隊員たちが一斉に銃を向けていた。八方から廃材影から廃バスの窓から、三次元空間のあらゆる地点から射線に射ぬかれている。

 しかし。

 誰も発砲しない。

 いつでも彼女を撃てる状況でありながら、誰も撃つことができなかった。

「…………、」

 平根戸は、自分の前に出現したホログラムスクリーンを見つめていた。

 そこには、明戸史花からの決闘を受けるか否か、といった旨の文章が記されている。

 決闘の申請だった。史花は右手で銃を撃ちながら、左手で素早く携帯を操作、サーバーにアクセスしてマッチング登録を行ったのだ。

「拒否すれば」平根戸は静かに言う。「この場で君をハチの巣にできるね」

「でも、拒否すれば」史花は笑みを浮かべた。「この学園を仕切る天下の『巨人連隊』が、たかが女の子一人との決闘から逃げたことが広まっちゃうんじゃない?」

「…………ふむ」

 こんなことをしてまでデュエルピストーレを所持しようとするほど地位にしがみつく平根戸にとって、それは耐え難い失態だ。一度決闘を申しこまれたら受けて立つ以外の選択肢はない。それが決闘士の鉄の掟だ。

 だから平根戸は受けるしかない。

「まあいいだろう。このような形になってしまい残念に思うよ。俺の主観力が生み出した封殺弾は強力で、どんな勇ましい人間でも一発で心が折れる。我々に対し何も逆らえなくなるくらいにね。君を落ち着かせた後に、一週間かけてゆっくり再教育を施してあげるとしよう」

 平根戸がスクリーンのコマンドを押す。

『申請が受諾されました』

 人工音声が語る。

 次に読み上げられるはお互いのリーダー名とチーム名。史花の登録したチーム名は、かつて中学で使っていた名称。

『これより平根戸十馬率いるチーム《巨人連隊》と、明戸史花率いるチーム《ブルートアイゼン》の、団体決闘戦を開始します』


 闘いが始まった。

 お互いを認め合えない、愚か者達のための闘いが。


***


 平根戸は、史花の手元に蒼い炎が生まれるのを見る。その中から物質が顕現しはじめる。史花の手元には奪った拳銃があるが、自分の主観力に基づいた銃をローディングしているのだ。

 だが、

「――終わるのを、待ってやると思うのかね?」

 既に包囲は完了している。巨人連隊の一同は、引き金を引いた。

 史花は背を低くしてかがむような姿勢を取りつつ、後方へ飛ぶ。弾が一斉に史花へと向かってくる――が。

「!!」

 四方八方から飛んできた弾は、当たらなかった。

 史花は短い時間の中で周囲を観察し、その位置に僅かに隙があることを見抜いていた。肩と膝をギリギリ掠めたが、他の射線を見事に潜り抜ける。

 右手の拳銃で敵の一人に狙いを定め、一撃で仕留める。直後に訪れる第二波を横っ跳びでかわすと、ソファの影からこちらを狙う隊員を仕留める。前方正面で立ち塞がり銃口を向けてくる男子生徒に、上体を逸らして弾を避けると、彼の右手首を掴む。

 膝蹴りしようとしてくる彼の顔面を銃床で殴りつけ、ぐらついた所で拳銃を奪い、即座にその銃で頭部を撃つ。

 二丁の銃を手にした史花は、片足を軸にして旋回しつつ、両手の得物を同時に発砲した。その両方ともが正確に別々の隊員を貫く。

 さらに再度旋回、右手の銃から飛び出した次弾は、廃バスの窓から狙っていたスナイパーを正確に封殺する。直後に身を翻し、左の銃で背後の敵を倒す。

 舞うような流れる動きに合わせ、一瞬のうちに定めた狙いで的確に相手を倒していく。

 ふと史花が右手の拳銃を胸の高さに、左腕を伸ばして拳銃を腰の高さにそれぞれ構える、金剛力士像のような不可思議な体勢を取った。

「ガン=カタ!」

 平根戸は目を見張る。

 ガン=カタは銃での戦闘となるFPSデュエルで必然的に着目された近接格闘術である。ただし要求される技術が高すぎて誰もまともに習得できず、巨人連隊にも、成し遂げた者はいない。

「“ガン=カタ使いの明戸史花”……噂には聞いていたが、本当だったとは……!」

 平根戸は史花の背中に目線を移す。蒼い炎に包まれた銃は、未だローディング中だ。ローディング作業は放棄されていない。あれは弾帯ベルトだろうか? それを使用するタイプの銃のようで、ベルトを体に巻きつけて銃を背負っている。そうして奪った二丁拳銃で戦いながら時間を稼いでいるのだ。

「おまけに、銃を構成する最低限のパーツだけを先に顕現させ、ローディング途中でありながら背負っての移動を可能とするとはな」

「そんなこと可能なのですか?」

 隣の部下が尋ねると、平根戸は唸る。

「普通は無理だ。下手に動かせば顕現に失敗してしまう。主観力が高い、ベテランの決闘士だからこそ成せる高等技術だ」

 史花は敵に前蹴りをして後方へ飛ばすと、宙に浮いた状態の彼を続けざま射撃する。体勢を低くして走りながら撃ち続けていると、その前方、4人の敵が、左右に展開しながら史花を狙ってくる。

 ヒュッ、と、史花は両腕を交差させるように、外側から内側へ流れるように手を動かす。

 たったそれだけの動作で、4人が一瞬のうちに撃たれた。

 包囲網に穴が空き、史花は包囲の外郭に抜け出す。冷蔵庫の影に滑り込むと、追撃の弾が来る中、史花は声を張り上げる。

「あなたは何様のつもりなの?! 羽多野さんにあんな酷い扱いをして! それでどうして平気な顔をしていられるっていうの! 私はあなたを許さない、あなたのやり方を認めるわけにはいかないッ!」

 史花の言葉に、しかし、部下たちの背後にいる平根戸は鼻を鳴らす。

「随分と彼女に対して優しいのだね? 深山は見捨てたくせにね」

「ッ!」

「私のやり方のどこが君と違うのかね? 君は君の好きな人間の味方になり、嫌いな人間と敵対してきた。私は私が最も良いと思うことをやってきただけだ。その結果、誰かを傷つけているのは、君も私も同じではないかね?」

 向かってくる敵を撃とうとした史花は、弾切れに気付く。左の拳銃を捨て、右の拳銃だけで戦う。

 平根戸は首を横に振る。

「悲しいものだよ。かつては猛威を振るった決闘士が、銃口を向けられただけで逃げるような腑抜けになっているとは。君の過去に何があったのか、信念が折れ曲がるようなことがあったのかは知ったことではないが、実に悲しいことだ。半端な覚悟で、半端なことをするから、君のような人間は何も成し遂げられないのだよ!」

 ドォッ! と。

 轟音と共に廃材を蹴散らし、戦車が乗りこんできた。

 8m近い長砲身に、迷彩塗装の装甲。車体後方に戦闘室があり、前方にエンジンがある構成のため、排気口は前方側面に設置され、そこから気煙が上がっている。砲塔上面には丸い突起が至る所に付けられている。見る者に威圧感を与える巨体は、キャタピラを回しながら接近する。

「厳密には戦車でなく自走榴弾砲だがね。ソレも一応、デュエルピストーレなのだよ。砲兵科扱いだから“銃火器”の一種なのでね」

「当然、並の決闘士では逆立ちしても顕現できません。さすが平根戸さんですよ」

 部下が称賛を込めた口調で言うと、平根戸は頷く。

「名は『ポツダムギガント』。PzH2000に似ているだろう? 俺の主観力で生み出した兵器の中では、傑作と言っていいね」

 ……確かにドイツのPzH2000と似た外見だが、そのフォルムからは別の印象も想起される。

『マウス』。

 第二次大戦末期、かのポルシェ博士が開発した当時世界最大の超重戦車。

 全体的にはPzH2000に近いのだが、史花には、どことなくマウスのイメージが感じられた。

 史花が隠れた時、副砲の機銃が放たれた。砲塔ハッチからの車長の機銃、装填手の機銃、操縦手の機銃、それらが一斉に弾幕として襲いかかる。

 嵐のような掃射の前に、史花は遮蔽物から抜け出すことができず、縫い止められたように身動きができなくなる。手元の拳銃を見る。9mmの弾ではあの装甲にはびくともしないだろう。

 と、こちらに左舷を向けて機銃射撃していたのが、旋回して正面を向いてくる。

 つまりは、砲口を向けてくる。

「ッ!!」

 史花が走りだす。

 155mmの主砲が火を噴いた。

 噴射ガスが砲前方を覆う。砲口を中心として放射状に空気が切り裂かれ、風が起きる。榴弾は着弾すると爆発し、障害物を粉々に消し飛ばした上でさらに周辺を一掃した。飛び込むように倒れ込んだ史花のすれすれに、榴弾の破片が飛んだ。積み上がっていた廃材が倒れてきて、慌てて起き上がり転がるように避ける。

 息をつく間もなく、歩兵の隊員が銃を向けてきて、史花は飛び回りながら迎撃する。

 しかし、弾切れが訪れる。史花は丸腰になった。

 平根戸はさらに増援を送るよう指示する。100人近い巨人連隊の決闘士を、総力で呼び寄せ、史花一人を潰しにかかろうとする。

「――ローディング完了」

 史花が呟いたと同時、彼女の背中が燃え上がった。

 蒼炎が一際揺れ、顕現させたデュエルピストーレが姿を現にする。

 その威容に、部下たちが目を見張る。平根戸も驚愕した。


「なッ……、バカな、ケーニヒス級だとおおおおおおおおおおおおおおお!!?」


 その銃は、銃身が6本もある。弾が飛び出す機構が6も存在する。銃身たちが環状に束ねられた、ガトリング銃と呼ばれる分類に値する奇怪な異様、その右側面から給弾ベルトが伸びている。左側面に備え付けられた円筒形の物体は外部動力によるモーターである。

 ケーニヒス級決闘戦奇環(キカン)銃『バルムンク』は、存在からして伝説とされ、ベテラン決闘士の間で語り継がれていた代物だ。M134ミニガンと似た構造に見える。

 史花はその銃を背中から外し、体に巻きつけていた給弾ベルトを解放し、左手に後部のトリガーを、右手にキャリングハンドルを掴んで掲げる。平根戸が呆然と見ていると、隣の部下が叫んでいた。

「バカな! 人間に扱える重量じゃないッ!」

「い……いや、“主観力”があれば……主観力が高い者ならば、本来の腕力を越えられると聞いたことがある……しかし、あんなものを扱う奴など見たことがッ……! こいつ、どれだけ主観的に生きているというのかッ?!」

 自分で言っていて寒気が走る。少なくとも平根戸の知る限り、言い伝えでしか聞いたことのないアレの顕現に成功した者も、あまつさえそれを単身で扱える者もいない。

 そう――デストロイヤー明戸史花を除いて。

 史花の両腕には蒼のオーラが纏っていた。表情には全く苦痛が見られない。凛として、決意を秘めた瞳が、一同を射ぬく。

「ええい怯むな! 囲め!」

 不用意にも一人が前に出た。

 6本の銃身が回転し始め、甲高い唸りを上げる。

 突風が起きた。

 そうとしか表現しようがない。1秒間に100発を放つという脅威の発射速度は、曳光弾に似た蒼色に光る弾の連射を、光線へと変えてしまうほどだった。目も眩むような青の光が溢れたかと思ったら全てが吹き飛んでいた、誰もがその程度しか理解できなかった。

 銃身からは物凄い数の薬莢が排出され、史花の足元の地面に転がっていく。

 撃ち続けたまま狙いを左右に振るだけで、十何人もの隊員が封殺される。一人がタイヤの積み上がった影に隠れてやり過ごそうとした。

 しかし、バルムンクの連射はそのタイヤを一瞬にして砕き、貫通して奥に潜む生徒へ当たった。

 銃口を向けた先が一瞬にして蒼く炎上する様は、冗談かのような光景だった。

 重さだけではない。反動も、振動によるブレも、細身の体で抑えきれるものではないはずだ。しかし膨大な主観力は不可能を可能にする。銃身左側面のモーターは蒼い炎に包まれ、眩いばかりに発光している。そのモーターを動かすエネルギーは、他でもない、史花の主観力をダイレクトに取りこんでいるのである。

 史花だからこそ動かせる、史花だからこそ扱える、究極のデュエルピストーレ。

「そうだね、平根戸さん。私は結局、主観に生きる人間でしかない」

 史花が語り出す。

「自分の思う通りに世界が動いてくれないと気が済まない、視野が狭くて頑固で意地っ張りで、独善的で、最低な奴だよ。でもね、」

 きっ、とその視線を向ける。

「でも羽多野さんは! こんな私に手を差し伸べてくれたの! あの子を虐げているあなたを、私は絶対に許すわけにはいかない! 私がどんなに他人を傷つける最低な奴でも、存在するだけで世界に有害な欠陥品でも、あの時感じた優しさと、暖かな気持ちだけは裏切るわけにいかないのッ!」

 と、一人が史花の側面に周りこもうとする。史花は前方の部隊を迎撃している最中だ。

 バルムンクは重火力だが、重いゆえに機動性には欠ける。こうして引きつけていれば、左右はガラ空きだった。両手で抱えなくてはならないので(それだけでも充分凄いのだが)ガン=カタも使えない。

「あとね。この前の戦闘で、私が逃げ出したのはね」

 隊員が狙いを定める。静かに史花は続けた。

「私ね」


「銃口を向けられると、手加減できないの」


 隊員が連射に吹き飛ばされる。封殺されていた。

 バルムンクではない。左手に、グラーフ級軽機関銃『デュランダル』。似たフォルムの銃ではRPKに近いが、細部からしてどちらかというとヴァルメM78だろうか。しかし、そんなことは問題ではない。

「片手……でッ、バルムンクを持っただとおおおオオオオオオッ!?」

 平根戸とその部下たちは眼前の光景を疑った。バルムンクを右腕だけで支えている。

 あれだけの武器を、共に超級の機銃を、自由自在に扱っている。重火力と機動力、決して相容れないはずのスペックを兼ね備えているのは、膨大な“主観力”での力技だ。

 史花が左右の腕を直角になるよう伸ばし、両の機銃が火を噴く。正面と右翼に展開していた部隊がまとめて封殺された。

 続いて挟撃しようと迫る増援に、左右同時に掃射、沈黙させる。

 前線の部隊が軒並み殲滅されていた。あっという間だった。

「と、突破されました……」

「何なんだあいつは?! 元コマンドーか何かかああああ?!!」

 巨人連隊は、全勢力を投入して史花を囲もうとしてくる。手榴弾と銃撃で瓦礫が飛び、砂塵吹き荒れ、視界が覆われる。

 その煙の中で、静かに蒼い炎が揺らめいていた。

 史花の全身をオーラが包み、蒼炎をたたえている。チリチリと、心臓が絞られるような威圧感に、一同は身がすくむ。その左目が砂塵の中、蒼の眼光を発していた。

 両の手に機銃を備え、静かに、整然と、こちらへ歩いてくる。

 中学時代、彼女に盾突いた生徒が味わったであろう恐怖を、今、巨人連隊の者たちは肌で感じていた。

 こいつだけは敵に回したくない。こいつにだけは刃向かっちゃいけない。

 回さなきゃ良かった。刃向かわなきゃ良かった。そんな圧倒的な直感に押しつぶされそうになる。

 と、キャタピラを持つ装軌車のエンジンが鳴る。その走行で大地を蹂躙する。

 ポツダムギガントが史花に迫る。銃撃どころか、そのまま踏みつぶそうとする勢いだ。

 史花がバルムンクで迎撃する。前面装甲が弾を弾いていき、跳弾だけで周囲の障害物が消し飛んでいく。蒼色の火炎放射で炙られているかのような壮絶な光景だったが、それでも戦車は止まらない。

 バルムンクとポツダムギガント、史花の主観力が生み出した兵器と、平根戸の主観力が生み出した兵器。お互いの主観力がせめぎ合い、鎬を削る。巨人連隊そのものの象徴が、無限軌道を回し猛烈に前進していく。

 ――その側面、廃材の物影に、『ファルシオン』。

 指向性地雷の爆風が側面装甲に殴りかかった。左のキャタピラが地面を離れるほどに大きく傾く。そのまま倒れきらなかったのが不思議なほどバランスを崩される。

 危なげに片面宙に浮いていた車輌は、大地を揺さぶるような音と共に両装軌とも着地しなおす。再びの執念で突っ込んでくる。

「私は、私が守りたいものを、守る」

 史花が呟く。誰に向けたものでもなく、自分の信念を心に刻むために口にする。

 左手のデュランダルを前方に向け、両銃を連装砲のように構える。

 彼女の周囲には山火事のように膨れ上がった蒼炎が暴れまわり、それに呼応し、銃身がビリビリと震えている。

「私は、私のエゴのために、引き金を引く!」

 史花が両眼を見開き、その瞳が炎を反射して蒼く輝くと同時、正射した。

 二門の弾幕は壁のように前方を覆い尽くした。発砲音は連続性を失い、光の奔流となり、ポツダムギガントを呑みこみ、喰らった。

 総重量50トンを越える金属の塊は空中を5メートルほど、放物線を描きながら吹き飛んだ。




『《巨人連隊》、全員リタイア。《ブルートアイゼン》の勝利です』

 手元のバルムンクとデュランダルが分解されて霧散した。戦いを終えた史花は周りを見渡す。封殺マスクを付けられた隊員たちが膝をつき、あるいは廃材にもたれかかり、あるいは倒れている。呻き声が時たま聞こえるが、大怪我を負ったものはいない。戦車は派手に爆発したが、爆発に物理的ダメージはないので搭乗員は火傷も裂傷もそう負ってはいないようだった。

 しかし、心は折れた。史花の封殺弾は平根戸以上に強力で、どんな敵でも当てれば心を折ることができる。これで一週間はまともに活動もできないだろう。授業にはきちんと出てほしいが。

「明戸さん!」

 声が聞こえ、香乃が近づいてくる。

 歩いてきながら周囲の隊員を気にするが、つっかかってくる者は誰もいない。香乃がおずおずと近寄る。史花は、背を向けたままだった。

「……ごめんね、羽多野さん。私って、こんなだから」

 史花は項垂れていた。香乃の顔を見るのが怖かった。

「私、自分のことしか考えてないもの。ホント、周りにまで押しつけるなって感じだよね……」

 結局、史花は自分を変えられなかった。

 他人に合わせて、気遣って、共存する。そんな賢い生き方に憧れていた。その憧れのせいで深山にも、しなくていい迷惑をかけてしまったのだ。

 立派なことなど何もしていない。史花のしていることは愚にもつかない。所詮は平根戸と同レベルの人間だ。

 す、と。肩に暖かい感触。

 肩に手を置き、香乃が背中から語りかけてくる。

「そんなこと、ないよ。私を助けてくれた明戸さんの優しさは、ちゃんと伝わってるよ」

 香乃は背中から抱きしめてくる。

「ありがとう」

 じんわりと。

 暖かい感情が胸に広がっていくのを、史花は感じ取った。

 涙がこみ上げてきた。一瞬だけど、本気で泣きそうになっていた。

 ばっ! と史花は香乃に向き直る。突然振り返られ、香乃がびっくりした顔を浮かべた。

「ふぇぇっ、なに?!」

「あ、の、羽多野さんっ。私、いろいろダメだし、自己中にならないためにも傍で止めてくれる人が必要っていうか、だから、その」

 史花は勇気を出し、言葉を口に出した。

「――私と、友達になってくれる?」

 緊張で顔が火照っていた。

 香乃は照れくさそうにはにかみ、それから眩しいような笑顔に代わり、言葉を返した。

「もちろんだよ!」

 心の中で誓う。

 独善的でもいい。主観でしか生きれなくてもいい。

 でもせめて、今度こそ、大切なものを見失わない。

 この瞬間に感じた気持ちだけは……絶対に裏切らない、と。


 100人がゴミ捨て場の広場に集まるのは、実に異様な光景だった。

 多くが封殺マスクを着けている。着けていないものは、ポツダムギガントが破壊されたことで士気を喪失し、史花に降伏したものたちだ。

 厳格な教師に叱られているかのように、縮こまって座っている彼らの前の史花は、行儀よい姿勢で立ち、にっこりと笑顔を浮かべる。

「さて、私としては巨人連隊を今すぐ解散させたい所ですが、まあ逆らいたくても封殺状態の皆さんには不可能ですよね? 封殺されてない人で異議がある方は、今すぐ私にFPSデュエルを申し込んでもらって結構ですが」

 そう言っても、シンと沈黙が訪れるだけだった。あれだけの実力差を見せつけられてなお、逆らおうとする者がいるはずもない。史花は一同を見回してから続ける。

「マスクは一週間後に外れます。ですが、その後にまた決闘しては駄目というルールはありません。だから私は一週間経ち、皆さんのマスクが外れた直後に再攻撃を仕掛け、また封殺状態にさせようと思ってるわけです」

 その一言に、場は震えあがる。

 ざわざわと波のように声が広がる。普通なら抗議や不満の色を帯びていただろうが、誰もそうした感情をあらわせなかった。抗議することが封殺で出来なかったのもあるし、それ以上に怖ろしかった。

 史花に敵う者などいない。決闘を申し込まれ続ければ、無限ループで封殺されてしまうかもしれない。そんな怖ろしい想像を突きつけた史花は、そこで人差し指を上げる。

「ただし。私に対し、“反省の意を示した”人には再攻撃を仕掛けないことを約束します。もう二度と羽多野さんたちを生贄にするような真似をしない、そうした誓いを文章にして記し提出してください。誠意が見られなければ再提出です。合格しなかった者、一週間経っても未提出の者には、私が認めるまでずっと再攻撃し続けますので」

 一同は絶句していた。誰もが声を出すことすらできなかった。

 彼らは知る。“デストロイヤー”の恐怖の真髄を。

 戦闘だけに留まらないのだ。その後の相手の動きを完膚なきまでに封じ、絶対に自分の勝利目的を達成させるのだと。

「四百字詰め原稿用紙30枚以上で書いてください。別に私はあなた方がどんなくだらない理由で決闘しようと知ったこっちゃないんです。私自身が説教する資格のない人間であることも知ってます。ただ、私の友達を巻き込むようなことだけは、絶対に許しませんから」

 満面の笑顔を浮かべた。

「いいですね?」


 それから数ヶ月後、その学園ではFPSデュエルがパッタリと沈静化した。

 生徒会役員に就任した明戸史花は、傀儡の会長たちを操りながら学園を裏から仕切り、秩序と平和を実現したという……。

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