アネモネ
ハッピーエンドではないと思うので、ハッピーエンド主義の方の閲覧はお断りいたします。
読んだ後で気分を害されても、作者は一切責任を負えませんのでご了承くださいませ。
「今日も先生に怒られたんだ」
俺は半泣きで愚痴を零していた。
こいつに愚痴を聞かせるのは俺の日課となっていた。
「お前怒られてばっかりだな。何したの?」
「先生の顔写真で指名手配のポスター作って学校中に貼った」
「馬鹿……」
空は橙色に染まっていた。
ビルや住宅街や、電柱の影が、黒く変わる。
それを薄暗いこいつの部屋から、二人で眺めていた。
窓際に置かれたアネモネの造花の赤も、染まっていく。
「アネモネ、っていうんだっけ、あの花」
「ふうん」
「ふうんじゃないでしょうが」
「だって花の名前なんか知らない。あれ造花だし」
「造花なの?」
明かりのない部屋で、あいつは静かに頷いた。
長い睫毛が小刻みに揺れ動くのを、俺はただ見つめていた。
くだらない話をしながら、再び空を見た。
いつの間にか橙色が濃くなって、空は紫色を帯びていた。
なんとも言えない甘ったるい空気が、辺りに広がった。
「……ふふ」
「何? 気持ち悪い」
「あのときの旅、思い出した」
「あれかぁ。旅という名の家出」
「いや、駆け落ち」
――あの日も、こんな色の空だった。
俺はお前を連れて、手持ちの金が尽きるまで電車で旅をした。
金の尽きた駅で降りて、そこで二人で暮らしていこうって、甘すぎる考えも、あった。
「お前とならどこまでも行けるって、本気で思ってた」
「連れ戻されなければ、どこまでも行けたよ」
「…………ごめん」
「なんで謝るの」
冷たい手が俺の頬の痣に触れた。
こいつの親に殴られた痣が、まだ生々しい。
空は既に暗くなり、濃い紫色が遥か遠くに見えた。
ちらちらと、小さな星が踊るように輝き始める。
「うわっ! 流れ星だ! 見たか?」
「お前が邪魔で見えなかったよ。願い事した?」
「あんな一瞬じゃ無理。今しよう」
「遅いって」
「お前と一緒にいたいです!」
「三回言え」
「しんどい」
「うおい」
「ていうか、もう叶ってる」
指をさして微笑むと、指をさすなと怒られた。
*
――バン!
「あ」
「もう来た」
俺たちの雰囲気を壊すように、バンバンと部屋の扉が叩かれた。
部屋の外からはこいつの親や、警察の罵声が聞こえる。
ふと窓の外を見ると、パトカーが一台停まっていた。
「鍵壊されるのも時間の問題だなー」
「ていうかお前の親うっせ!」
「うるさいね」
苦笑して、思った。
二人を取り巻く環境だけが、乗り越えられない壁だった。
たった一枚の壁なのに、それが何より高すぎて、悔しかった。
「アネモネの花言葉、知ってる?」
「知らない」
「俺も知らない」
「なんだそれ」
「でも、なんかいいよな、アネモネ」
繋がったままの手。
あいつのぬくもり。
もう、なにも、いらない。
「次は二人で、貧乏生活満喫したい」
「毎月赤字とか、節約とか、楽しそう」
「お前が女? で、俺が男」
「反対が良いよ」
「やだ。俺が養う」
「はいはい」
「……まあ、また男同士でも、いっか」
机の上の錠剤を手に取り、強く抱きしめて、キスをした。
「あの時言えなかったから、今言わせて」
「ん?」
「……俺と結婚してください」
最初で最後のプロポーズを聞いたあいつは、ぼろぼろと涙を零して、頷いた。
ああ、窓際のアネモネだけが、きっと俺達を祝福してくれるんだろう。
-END-
アネモネの花言葉は、「はかない恋」です。




