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「うおおおおおッ!」

「…………」

 



 今まで一言も、ひとッことも、そりゃもう、「おはよう」の一言も会話を交わしたことの無い男が、なんとも無礼、無礼極まりないなことに人差し指を俺に突き付けて絶叫している。

突然降ってかかってきた未だかつて経験したことの無い事態に、俺はただ体を仰け反らせることしかできないでいる。何か反応を示すべきなのかどうなのか。

 俺はどうすればいい?

相手の男はというと、銀髪、ピアス、女連れ。うへえ。

まず間違いなく、今までなんとか生き抜いてきた十七年間関わったことのない人種だ。

俺は、頭の中に一秒間で思い浮かべられる限りの選択肢を並び立てる。

その一 「は?」と怪訝な顔をして睨む。

その二 「何?」と平静を装って応答。

その三 「うるさいよ」とあくまで落ち着いた調子でたしなめる。

その四 「は? 何? うるせえよ」と落ち着いた様子を装って以下略。

「ああああああああッ!」

「…………」

 銀髪男が五秒と間隔を置かずにまた叫んできた。連れの女は後ろで笑っている。何笑ってるんだ、早くこの銀髪男を止めてくれ。

俺はただ、有意義とは言えない放課後を、この倉庫とほとんど変わらない図書室で、私物の漫画を熟読するために使っていただけなんだ!

この男は俺にどんな反応を期待しているんだろう。さっぱりだ。

その一 「静かに!」

その二 「きゃーっ! 誰かーっ!」

その三 「ここ図書室なのわっかんねえのかよ!」

その四  無言で様子見。

「…………」

 頭に浮かんだ選択肢の中から、俺は無難に四番目を選択。戸惑いを隠せないままおし黙ると、銀髪男も急に真面目な顔になって口を閉じた。

唐突に訪れた沈黙。

急に黙られたそれはそれで不安になる。あ、いや、図書室では静かにするのが当たり前なのだけれど。とにもかくにも、銀髪男が黙っている間に、たいしてしわの無い脳みそをフル回転させてみせようじゃないか。俺は次いつくるか分からない爆撃に備えて、断固として視線をそらそうとしない銀髪男と俺との共通点を思い出そうと頭を抱える。

銀髪男は立った状態だから、椅子に座っている状態の俺はいつもより低い視点の位置から見上げなければならず、このままにらみ合いが続くと首がつりそうだ。それに、銀髪男はかなりの長身のようだ。ざっと百八〇センチは越してるんじゃないだろうか。

座っている状態の、しかも百六十二センチしか身長が無い俺からしてみれば、奴はまさにスカイツリー。          

なんとかして早くこの男達が自分にどう関わりがあるのかを思い出さなければ。

 

……おい。思い出すなんてもんじゃないぞ。


あーっやっべーなんだこの銀髪男誰なんだーっホストか何かかーっどうでもいいけど眉毛まで銀色だーっ……。

なんて悩むまでもなくホイホイ浮かんできやがる。

 まず第一に、ここは全国に二つと存在しない私立梅ヶ丘高校唯一の図書室だ。更に、銀髪男ならびに背後に隠れている女は梅ヶ丘高校の制服を着用している。そう、俺と同じデザインのものを。だいぶ着崩しているが、かろうじて男女共通デザインのネクタイで判別がつく。それらのことから、彼等が梅ヶ丘高校の生徒だと考えてまず間違いないだろう。

 そして、何より俺は以前から彼らの顔を知っていた。

 ……と言うか、同じクラスだった。

名前だって勿論のこと覚えている。

――彼らが俺の名前を憶えているとは思えないが。

 派手な銀色に染め上げられた髪がその容姿に見栄えする長身男が、渡瀬涼耶(わたせすずや)

色素が抜けたベリーショートヘアの日焼けした少女は、菊池(きくち)()(そら)

 二人とも俺が所属する二年三組の生徒――いや、彼らのクラスに俺が所属していると言ったほうが適切か。同じことだと思うか。全然違う、全然。

 渡瀬涼耶のつりあがったネコ目から視線が逸らせないまま、何分が経っただろう。

おそらく三分くらい。なげえ。

とりあえず、また何か叫ばれる前に退散しよう。会話するなんて選択肢は端から無い。無理だ。もともと俺には、会話するなんて選択肢が用意されていようが、それを選択することはできないのだから。

精々、「あわわ不良に声かけられちゃった怖いよう発汗だよお」とチキンっぷりを見せつけて逃走しよう。俺にできる最善の対処法は情けなくもこれだけだ。

 読みかけの漫画本を閉じ……リュックサックに突っ込み……席を立ち……三メートルほ

ど先の出入り口へ駈け込む……。しかし、この一連の動作を十秒以内に完遂してやろうと

いう俺のもくろみは、読みかけの漫画本を閉じるという段階の更に手前、表紙に手をかけ

た段階で阻止されてしまった。渡瀬涼耶の大きな手が俺の細い手首を掴んだのだ。

「!?」

 予想外の行動に俺の思考は完全に停止。俺の細腕は、彼のたいして力も籠められていないであろう掌の中から抜け出せない。

 そして渡瀬涼耶は、せめてもの抗議であった「痛い!」という俺の悲痛な叫びなんぞには耳もくれずに、鼻からずり落ちそうになる黒縁メガネの奥で小刻みに揺れる俺の瞳を覗き込んでまた、叫んだ。

「なあああああああッ!」

 本日三回目。さすがに心配になる。何がってそりゃ、頭が。

 一層増した声量に驚きながらも、俺はもっと別のことを危惧していた。

だいぶまずい状況だ。ここで騒ぐのはまずいんだよ、ね? 落ち着いて、ひっひっふー。と声をかけたいところだがうまく喋れない。ぱくぱくと酸素を欲する魚のように顎を動かしてみても、喉の奥からはかすれた音と二酸化炭素が漏れるばかり。

その原因たるは……。ああ、今はそんなことよりも渡瀬涼耶を黙らせることが先決か

早く黙らせないとあの……。

 あわあわと視線を泳がせていると、瞳がカウンターの奥にゆらめく人影をとらえた。

 やっぱり、来てしまったようだ。そうと分かればやるべきことはただ一つ、退避だ。

 背後でガタアンッという、おそらく椅子が派手にひっくり返ったであろう音。次い(つ)で、ダアンッと鼓膜を震わす力強い(ふみ)(こみ)の音。剣道部がこの場にいたら歓喜乱舞して即スカウトしそうな程の見事な踏込で、粗末なカウンターの上に一足で飛び乗った人の影は隕石の落下を思わせる爆音と共に着地した。

長い黒髪をかきあげながら、小柄な女子生徒が近づいてくる。何で上履きからあんな音がでるのか不思議でならない。絶対にゴムが焼けてるはずだ。オーラがチンピラのソレと完全一致である。

近づいてくる彼女の歩行スピードに比例して、俺は敏捷(びんしょう)な動きで後ずさった。我ながらゴキブリ然とした気持ち悪い動きだと思う。が、そんな事を言ってる場合じゃない。現状において緊急避難が何より優先されるべきことなんだ。

 銀髪男の叫び声によって、本を愛するおしとやかな図書委員長から般若へ覚醒した彼女は、その白い眉間に深いシワを刻み込み、彼女よりずいぶんと高い位置にある渡瀬涼耶の胸倉を掴んで引き寄せると……そのまま、思い切り頭突きをくらわせた。

「くぉらあ!」

「はっぐ!」

 意表を突かれ渡瀬涼耶が額を抑えてその場に座り込む。ついでに俺もへなへなと座り込んだ。まさか頭突きするとは思っていなくて……その、びびった。

「さっきからうるさいのよ! ここをどこだと思ってるの!? 図書室よ図書室! それとね、さっきから手前(てめえ)のふざけた頭に反射した太陽光が私の三万したメガネのレンズにチラッチラ映ってんのよ! 三万した! メガネに!」

「えっ」

「それと、無駄にでかいのよ! 伏せなさい!」

「あっ」

「まだ高い! 伏せも分からないの!? 腹を床につけるのよ! そう。そのまま床の掃除でもしてなさい!」

「あのっ」

「何してるの。舌で掃除しろって言ってるのよ!」

「あ……えっ、えっと、えっ!?」

 ……。この場から逃げ出す計画は結局、失敗も失敗、大失敗に終わった。

それどころか、図書室で騒がれたことが相当癪に障ったらしい図書委員長の(さか)(もり)さんがそのまま渡瀬涼耶の頭を踏みつけんばかりの勢いで怒りだしてしまったせいで、俺は抜け出すタイミングを完全に失ってしまった。

「あっひゃひゃー、涼耶かっこわるーい」

 カシャコッ、と携帯のカメラ機能で床にうつ伏せる渡瀬涼耶を撮影する菊池深空。

「本当、うるさいバカは困るわ。うるさい奴ほどバカなのよね。そして何故かしら。バカな奴ってどうして例外なくうるさいのかしら。どうせ太宰治の著作は『走れメロス』だけだと思い込んでるタイプのバカなんでしょう? ええ、そうに決まってるわ。どうせここにも紫式部の偉人漫画に『紫式部()ス』みたいな低脳な落書きしに来たんでしょ。生シラスみたいな頭して。神聖な図書室にその生臭い頭で入らないでくれる?」

 三万するらしいお洒落なメガネが威光を放つ坂森さん。

「床うめえ」

「……」

 そして、全く状況に対応できていない、俺。

 


 見ての通りのこの状況。俺はどうすればいいんだろう?

 もはや選択肢すら浮かんでこない。せめて俺たち四人の他に誰かいたらな……と思ってあたりを見回したが、図書室内に俺達以外の生徒の姿は見られない。分かりきっていたことだ。放課後にわざわざ校舎を一つ隣に移ってまで、この極端に蔵書数の少ない図書室に足を運ぶ生徒など、俺と坂森さん以外いるはずがなかったのだ。

「…………えっと、坂森さん」



 思えば、俺の本当の意味での高校生活はこの時――

奇人三人に囲まれた、放課後の図書室から始まったと言っても過言ではなかったのかもしれない。


……いいや、きっとそうだったんだ。


 ここから始まった。

やっと始まった、俺の高校生活だ。





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