NO,2 「装備の確認」
「……」
冷鷲は今、とてつもない悩みを抱えている。
……イーグル・パーキー……
はっきり言って恥ずかしいことこの上ない。それを言ってしまえば、パーフェクトコレクターなど恥ずかしすぎるが、それは言わぬが花だろう。言ってしまえばたちまち冷鷲が散ってしまいかねない。
日本語で鷲という意味のイーグル。冷たいと言う意味のパーキー。……そのままだ。そのまますぎる。
前にも言ったが、彼がこのゲームを始めたのは小学5年生のころ。はっきり言って何でも英語にすれば格好良いのだと本気で思っていたのだ。だからと言って、これは…ない。だいたい自分の名前である冷鷲を英語に置き換えただけだ。今となっては何故こんな名前が格好良いと思えたのかが、分からない。
「……はあ……」
大きく、重苦しいため息を吐き出す。今までは、ゲームの中と割り切っていたのでこの名前でも全く問題なかった。
しかしこれからは違う。これからの人生を彼はこの名と共に歩まなければならないのだ。……たぶん。
「とりあえず、ステータス…を? …おお?」
驚きは唐突にやってくるものだ。
彼がステータスと発した瞬間目の前に真っ黒な板が音もなく出現した。
そこには、白い文字でさまざまなことが書かれている。
名前 イーグル・パーキー
真名 霧下 冷鷲
種族 神人
性別 男性
……可笑しい。いや、嬉しい?そんな、なんともいえない感情が彼の中を巡る。
確かにここは、ゲームの中なのだろう。しかし、今ここに立っているのはどうやら本物の自分らしい。
だって、真名ってやつに自分の名前が書いてあるんだもの。……まずは自分の顔を確認せねばならないだろうか。
「よし。とりあえず工房へ行くかな」
そう言って歩き出す冷鷲であった。
* * *
しばらくの間冷鷲は森の中を歩いて回ることにした。
今彼がいる場所は森。MSの中では、忘れ去られし太古の森《ガルセスベーデ大森林》と呼ばれていた場所である。
名前からも分かるようにこの森はとても広い。そして敵モンスターもとても強い。すなわち。
「……俺。戦えんのかな?」
そんな不安が彼の心を揺さぶってくる。工房を探すには、森の中を歩き回らなければならない。
しかしそれは同時に、敵と戦わなければならないことを意味している。
彼は一般の高校生。当然本物の武器など振るったこともないし、動物をその手に架けたことすらない。
……そんな彼が、この無限にも思えるほどの広さを有する森を探索し、一人で目的の場所までたどり着く事ができるのだろうか。
「……まずは武器とかのチェックを優先するか」
さっきまで名前のことで悩み、ステータスを確認してほっとしていた自分を思い出し、なんだかとても恥ずかしくなり無意識のうちに周囲を伺ってしまう冷鷲であった。
「まずは……ステータス」
もう一度あの黒い板を表示させて今度はじっくりと見てみる。
名前 イーグル・パーキー
真名 霧下 冷鷲
種族 神人
性別 男性
装備
上半身 絹のインナー、硬革のロングジャケット
下半身 硬革のズボン、硬革のブーツ
装飾品 守護の腕輪、魔吸の腕輪
武器 紅月、無影、オーバーキラー、インバイター
まず服についてだが、特に何か追加効果があるわけでもないただの服だ。
綿密に言えばこの服は防具にはならない。MSと言うゲームは本当に変わっていた。
『服を着てないのに防具を着けるとか……。18禁になっちゃうよ』
と、いうのがMSの運営一同の考えだそうな。
確かにそうではあると思う。……思うのだが、このシステムのおかげで装備を一揃えするだけでも結構な費用がかかる。
しかしそれだけではない。
MSというゲームはとことんまでリアルを再現したかったらしく、他にもいろいろと面倒なシステムを有している。
食事や睡眠は勿論のこと、入浴や衣服の洗濯などまでもあるのだ。
前の二つは直接ステータスの減少などがあるので皆注意をしがちだが、問題なのが後の二つである。
入浴をしなければNPCに話しかけたときに露骨にいやな顔をされるし、もっと酷い場合には話をしてくれない、向うから離れていく、「汚い!!」と罵声をあびせられるなど精神に並々ならぬダメージを負わせてくる。
洗濯を怠るとさらに酷い。今度は見た目がみすぼらしいので店で買い物もさせてもらえなかったり、自警団員のNPCから職務質問的なことをされたりと、踏んだり蹴ったりなのである。
まあ、大幅に話がそれたがMSの服とはそんな存在なわけだ。
次に装飾品だが、これはただ単にキャラクターを着飾る物と、何かしらの効果がある物とが存在する。
冷鷲が装備している《守護の腕輪》と《魔吸の腕輪》はどちらとも効果のついた物だ。《守護の腕輪》は文字通り防御力を挙げるものである。
偏に防御力と言っても武器などの攻撃に対するのが物理防御力、魔法などに対するのが魔法防御力という。そしてこの《守護の腕輪》は冷鷲が丹精込めて作り上げた一品。パーフェクトコレクターの称号は伊達ではない。
当然物を作るスキルも取得済みだ。いまさらだが、冷鷲が装備しているものはすべて彼の作品である。どちらかといえば物を作ることが好きな彼は自分の作品を装備することがほとんどで、あとは気分次第で決めている。
もちろん、収拾癖のある彼は自分以外のプレイヤーの作品やダンジョンなどで手に入るレアアイテムまで数多くを持っているのだが、やはり自分の作品を持ち歩きたいようである。
……そういえば所持アイテムなどはどうやって取り出すのだろう?
「……いやいや。今はそれどころじゃないだろ」
またもやそれ始めた考えを無理やり引き戻し、彼は自分の装備について思いをはせる。
《魔吸の腕輪》。これも字のとおりで相手の魔法攻撃を受けたさいに相手がその魔法に使ったMPの60%を吸収し、自分の物にできると言う一品だ。
しかし、この腕輪自体には防御力がなく、魔力を吸収できるとはいえ他の装備を整えなければ本領を発揮できない。そのため、彼は守護の腕輪と共に装備をしている。
最後に武器だ。彼は装備している武器の数がとても多い。
まずは刀。名は《紅月》。第一条件に頑丈さを目的として作ったため、少し重い。
普通、日本刀は1kg前後であるが、この刀は2kgを超える。その代り頑丈さは眼を見張るものがあり、日本刀の弱点となりうる重い武器を使った刀身の腹への一撃を容易く受け止めて見せるほどだ。
そしてこの《紅月》という名の由来だが、単純に刀身の頑丈さの高上を目指して玉鋼の他に使用した金属である赤金の色がでたためこう名付けられた。
次に《無影》だがこれは短刀自体に速度上昇の刻印を施したものだ。名の由来だが、短刀の振られた影すら視界に捉えることができない。かららしい。
これは冷鷲が作ったものだが、名をつけたのは彼のネット上の友人である。彼曰く、『そういう設定とかを考えるのも楽しみ方の一つ』なのだとか。
と言うことで、その友人の影響もあり、冷鷲の作ったいくつかの武器にはそれにちなんだ物語や設定などが存在する。
お次はオーバーキラー。彼の背中に鎮座する存在感のとてつもない大剣だ。
その名が示すとおり、『全てを必要以上に破壊する』というコンセプトで作られた一振りだ。
切れ味はそう高くないがその重量と頑丈さを生かし、敵を押し潰すか、砕き去るかのどちらかで殆どの敵を沈黙させることができると言う凶悪な剣なのである。
最後にインバイター。英語で誘うという意味のインバイトから名付けた。
この槍は貫通精度が高く、中級程度の敵であれば急所を一突きで結構なダメージを負わせられる。たとえ防御力の高いモンスターだったとしても。
MSではおなじみ無駄にリアルなゲームシステムの一つに〈クリティカルキルシステム〉という物がある。
これは、MS内の命ある者には全てに例外なく急所が一つもしくは複数定められており、そこを的確に攻撃することができればたとえボスモンスターだったとしても一撃死か瀕死の状態に持って行けるというとんでもないシステムなのであるが。当然難しい。
それに前述の通り『MS内の命ある者には全てに例外なく』ということで、敵モンスターだけでなくNPCや家畜にまで全て急所があった。
すなわち、手順を踏めばNPCをキルすることもできるようになるという、本当にぶっとんだシステムなのである。
* * *
「よし」
ある程度の確認が終わりいよいよ彼は最初の一歩を踏み出す。
「それじゃあ。目指せ俺の城!!」
そう言って、彼は歩みだす。新たな世界へと。