NO,1 「こんにちは異世界!」
「……ここは……。」
突如として現れた光に飲み込まれ、文字通り飲み込まれた冷鷲は、やっと自分の体の感覚を取り戻しつつあった。
「……森?」
そう。森である。なんとも立派なもので、周囲を見渡しても木しか見えない。それほどに深い森に彼は今一人で立っている。
「……よいショット。」
はっきり言ってわけが分からないのだが、とりあえず今後のことについて考えてみることにしようか。
そう思い、その場に座ろうとして彼は、自身の格好がついさっきまで着ていた服とは違うことに気づく。……気付かされた。
「うん?」
確認できる範囲で自分の姿を見てみたが、上下共に黒を基調とした服を着ており、
真っ黒なズボン、黒に銀の刺繍が施されているインナー。それから、これまた真っ黒なジャケット。ジャケットは裾が長く膝の上辺りまであった。それに、長袖ではなく半そでだと言うことに彼は内心で納得しながらも、その反面で混乱していた。
腰には丈夫なこれまた黒く光沢のあるベルトを巻いており、左には刀を、右には、短刀を下げている。
背中には巨大な存在感を振りまく大剣を背負い、鞘に取付けられた金具で細身の槍が大剣に対してクロスするようにして固定してある。
靴も丈夫そうな革製のブーツで、当然の事ながら色は黒だ。
右手の手首には銀製で細かな意匠が凝らされた腕輪を着け、左手の手首にはそれと対照的な漆黒の腕輪を着けている。漆黒の腕輪にもなにやら、細かな飾りがされているようだ。
「……これは」
茫然としている冷鷲。顔は俯き、その表情を窺い知ることはできない。
「これは……」
ガバリと顔を上げ叫ぶ冷鷲。
「リアル異世界トリップきたあああああ!!」
彼の顔に浮かべられているのは、状況が今一掴めない不安でもなく、近くに誰もいない。孤独であることを悲しむのでもなく、ただただ。嬉しそうで、ほっとした。穏やかな表情をしていた。
「これで、誰に命令されるでもなく、監視されるでもなく。……期待されるでもなく。俺は……」
そこで一呼吸おき声を上げる。腹の底から発声された声はどこまでも凛としており、
「俺は……。自由だああああああ!!」
深い森の中へと吸い込まれていった。
* * *
先ほど彼は自分の格好を見るなり、「異世界トリップだ」と高らかに叫んだが、何故そう思ったのだろう。
……理由は至極簡単。
「俺……自分の作品に囲まれてる……。夢のようだ」
この言葉からも分かるように、彼が今身に着けている武器や服などは、彼自身がオンラインゲーム〈My Story〉の中で作ったものなのである。
〈My Story〉とは、その名のとおり「自分自身で、自分の物語を作り上げる。」と言うコンセプトで作り上げられ、長年にわたって、多くの熱狂的なファンを抱え、その殆どを飽きさせずに、寧ろより一層夢中にさせている、大人気のmmorpgなのである。
当然冷鷲自身も夢中になった。虜になったと言うほうが相応しいかもしれない。
彼がこの〈My Story〉、略してMS。ーー決して18mを超えるあれではないーーMSを始めたのが小学5年のころだ。始めたとおじは、何がなんだか分からなかったが、少しずつ彼はMSの世界へと順応していき、その後彼の生活サイクルにMSのための時間が毎日とられるようになっていった。
そして今。彼は17歳。凡そゲームを始めてから6年になる。当然、6年もやっていればキャラクターは着実に強くなる。
冷鷲のアバターであるイーグル・パーキーもまた、強くなっていった。
……腎上ではない速さで。
彼は、一度のめりこんでしまえばそれをとことんまで突き詰めるタイプだった。
そのため、MSも全スキル、全魔法、全アイテムを揃えようと、凄まじい勢いで攻略とレベルアップを繰り返した。
このゲームにはキャラのレベルと言うものが存在しない。同時に職業もだ。
その代わりに、各スキル・魔法に個別に存在する熟練度を上げていく必要がある。また、職業はないものの、称号というシステムがありそれを付け替えることで特定のステータスが強化されたり、スキルや魔法の取得条件になっていたりと、半ば以上職業の代わりをしていた。
各スキル・魔法に設定されているレベルの限界は100。極稀にだが、隠しクエストとしてレベルの限界突破を報酬とする〈マスタークエスト〉と言うものがあるにはあるが、スキルや魔法の熟練度を最大まで育てている者は多くないため、あまり知られていないし数も少ない。それ以上に知る者が少ない〈ユニーククエスト〉というものもありはするが、ここでは説明は省かせてもらいたい。
そんな中彼は戦闘スキルや生産スキル、各種魔法をどんどんと育ててゆき、ゲームを始めて5年にして、念願の全スキル、全魔法、全アイテム、全称号のコンプリートに成功したのであった。
最後の1年は辛かった。何のためのスキルなのか、よく分からない【日向ぼっこ】や、{引き篭もり}などという運営の悪ふざけのようなスキルや称号が目白押しだったからだ。
特にこの二つは酷く、日向ぼっこは日向で2時間。引き篭もりは建物の中で2時間じっとし続けるということを、それぞれ1週間の間毎日行わなければならなく、其のせいで彼は無為な1週間を過ごすことになってしまった。
そんなことがあったため、オールコンプリートを達成したさいには、言葉などでは到底表すことのできない、達成感と、少しの寂しさを感じたのであった。
それから彼は多くのプレイヤーから『パーフェクトコレクター』と呼ばれ、一目置かれる存在となった。
『パーフェクトコレクター』の名は伊達ではなく、彼が、そう呼ばれるようになるや否や、多くのギルドからの加入依頼や、多くのプレイヤーからのアイテムの生産以来などが多発し、もともと静かに、のんびりと過ごすことをこのむ冷鷲は、すぐさま嫌気が差し、忽然と姿を消すのであった。
そして人里離れた大きな森の中に自分だけの工房を立て、そこで自由気ままにとすごすようになったのだった。
* * *
つまり。
「……ここは」
周囲をもう一度見渡し、彼は呟く。
「ここは、俺の森…か」