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第8話 友の魂を胸に

 Aクラス魔獣ワイバーンの“単独討伐”──


 それは、“一流の冒険者”として名を馳せる者、あるいは“真なる勇者”として語られる者が成し遂げる偉業の一つだ。

 キリアにとっても、それはいつか必ず辿り着きたいと願っていた悲願の一つだった。


 だが、その亡骸は静かに、しかし確かに、今そこに伏している。

 キリアとリックの手によって──


 その事実は、キリアの胸を重く掴んでいた負い目から、静かに解き放ってくれた。

 そして、胸の奥には微かな光が──

 勇者としての誇りが、確かに灯っていた。


 「……僕らが……やったんだよね……。」


 キリアは、まだ信じられないといった表情を浮かべ、目の前の巨影を見つめていた。

 その瞳には実感の薄さと、じわじわと込み上げてくる喜びが混ざり合っている。


 一方リックは、ワイバーンの亡骸を見つめながら、胸をゆっくり握られるような、複雑な感情に包まれていた。


 クラウの命を奪った相手。

 それを、キリアのおかげで討ち取った。


 これは復讐でもあり、救いでもあり、そして──別れの区切りでもあった。

 本当の別れが、今やっと実感としてその身体にゆっくり染み込んでいくのを感じた。


 しかし、同時に一つの疑問が残る。


 キリアとリックに、身体の底から湧き出した異様な力。

 あれは、間違いなく“獣化共鳴”だ。


 だが、勇者特性と操魔のギフトは互いを嫌悪するように反発し合う。

 例え、強力な魔獣と共鳴したとしても、下手をすればキリアの力を弱め、あれほどの力が出るはずがない。

 操魔士としての興味と思案が、リックの頭の中を埋め尽くしていた。


 そんな時だった。


 「……っ!

  ──リック……その姿……。」


 キリアがこちらを見つめ、ただでさえ大きな瞳をさらに大きく見開いていた。

 驚きと喜びが入り混じった、不思議な表情。


 リックは首を傾げ、ふと視線を落とす。

 視界に映る自身の前足を見て、一瞬身体を震わせた。


 「……っ!?」


 紫紺の毛並みから覗く爪が、以前より太く、長く、鋭利になっている。

 前足だけではない。

 身体の感覚が一回り大きくなり、筋肉の張りが増しているのが伝わってきた。


 驚きのあまり、リックは右へ左へと首を捻り、自分の身体を見回した。

 身体は確かに重いのに、心地いい軽さを感じる。


 この世界で生きるものは全て、倒した相手の魂から魔力を取り込んだり、捕食したりすることで成長する。

 強い者はより強く、弱い者は地道に力を積み重ねていく。

 そうして魔力は世界を循環し、命と密接に関わっているのだ。


 ワイバーンはAクラス魔獣。

 かの個体は特に、その内包する魔力が膨大で、リックの身体はその影響を強く受けたのだろう。


 キリアが、勇者特性の一つである解析スキルでリックを確認する。

 その瞳の周囲に魔法陣が展開され、リックの状態が脳裏に流れ込む。


 「……リック!

  ──お前……“亜生体”になってる……!」

 キリアが驚きと喜びを滲ませ声を上げた。


 “亜生体”。

 魔獣が成長の過程で辿る、幼体と成体の中間段階。

 そこに至るには相応の魔力と経験が必要で、個体差はあるが、ここまで早いのは異例だ。


 それを、リックはたった一度の戦いで成し遂げたのだ。


 ワイバーンを倒したことで得た魔力──

 そして、クラウの魂の一部が自分に宿った。


 自分の成長と、友がそばにいてくれる感覚が、リックの胸を熱く弾ませた。

 一度は失った友が、自分の中で生き続けている証のようで、その喜びは流れる血のように身体中を駆け巡った。


 「カッコよくなったな、リック!」


 キリアが笑顔で言った。

 その声は優しく、温かく、そして誇らしげだった。


 彼女はリックの身体にそっと手を伸ばし、毛並みを撫でる。

 ひと回り大きくなった身体を確かめるように、ゆっくりと抱きしめた。


 「すごいな!

  腕が回りきらないぞ。ふふっ。」


 その言葉に、リックは喉を鳴らした。

 嬉しさと照れくささに頬が淡い熱を持った。

 そして、キリアと共に戦えた誇りが胸に満ちていく。


 キリアは涙の跡が残る頬を軽く拭い、マジックバッグを開いた。

 ワイバーンの亡骸を亜空間へと収めると、リックの頭を優しく撫でる。


 「帰ろう、リック。

  ギルドに報告だ!みんな驚くぞ!」


 キリアが満面の笑みを浮かべる。

 その笑顔は、戦いの前よりもずっと強く、明るく、そして朝日のように輝いていた。


 「ガルっ!」


 リックは短く鳴き、キリアの隣へ並び立つ。

 二人は肩を並べ、ゆっくりと街へ向かって歩き出した。


 友の魂と、勇者の誇りを、それぞれの胸に抱きながら──。



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