第6話 望まぬ邂逅
キリアの暮らす森のすぐそばに、カルシオーネという街がある。
その日も彼女は、いつものように街の冒険者ギルドへ向かっていた。
森の外れにある小屋から街までは少し距離があるが、彼女は毎日のように足を運んでいる。
理由は単純だ。
──誰もやりたがらない依頼をこなすため。
掲示板の端に追いやられた“残り物”。
危険度の割に報酬が安い。
冒険者が手に負えず放置されたまま。
そんな“残り物”ばかりを、キリアは自ら進んで引き受けていた。
「経験も積めて、人助けにもなる!
一石二鳥でお得だろ?ふふっ。」
笑顔でそう言って、ボロボロになりながらも依頼をこなす彼女の姿は、リックにとっては誰よりも“勇者”だった。
最弱と呼ばれ、嘲笑され、本来の力を発揮できない勇者。
それでも前を向き、誰かのために動けるキリア。
リックは、そんな彼女を心から誇りに思い、その姿を一番近くで見られる事が嬉しかった。
その日も、キリアは街外れの農地で害魔獣駆除の依頼をこなしていた。
リックは彼女の足元を歩きながら、周囲の気配を探る。
「よし、これで最後だ。
帰ったらリックにご飯をあげなきゃね!」
キリアの笑顔に気を緩めるリック。
その瞬間──
周囲の音を呑み込む程に空気を揺らし、けたたましい翼の音が近づいてくる。
「……っ!?」
リックの毛が逆立つ。
記憶に残るその音は、彼の胸を締めつける。
キリアも異変を察し、周囲を見渡した。
次の瞬間、空から巨影が落ちてきた。
「──ワイバーン!?」
キリアの声が震える。
リックの心臓が跳ね上がった。
忘れるはずもない。
あの鎧のような灰銀の鱗。
巨大な翼──そして、槍の如く鋭い尾の棘。
違う身体になっても、あの日の痛みが全身を駆け抜ける。
「なんで……こんな場所に……!?」
キリアは後ずさる。
視界は揺らぎ、息が浅く早くなる。
勇者と言っても、彼女が単独で狩れるのはせいぜいBクラス。
Aクラスのワイバーンなど、敵うはずがない。
だが──キリアは逃げなかった。
「僕が逃げたら……街が危ない……!」
震える足に拳を叩きつけ、踏み締め、キリアは前に踏み出した。
「……っ!!」
リックは叫びたかった。“逃げろ”と。
何も考えず、ただ逃げてほしかった。
だが、彼女の瞳は揺るがない。
ワイバーンが咆哮を上げ、尾を振り下ろす。
キリアは紙一重で避け、剣を構えた。
「くっ……!」
風圧だけで身体が吹き飛びそうになる。
それでも、キリアは必死に応戦した。
その姿に、リックは“あの日”の自分を重ねてしまう。
クラウを失い、自分も死んだ“あの日”──
そして、リックはある事に気づいた。
ワイバーンの翼に刻まれた、深い裂傷。
それは紛れもなく、リックとクラウがつけた傷だった。
彼らが、その命を賭して遺した証。
胸の奥が煮え滾るように熱くなる。
怒りが、憎しみが、悲しみが、渦を巻いてリックの心を呑み込んだ。
その瞬間、不思議な力がリックの全身を駆け巡るのを感じた。
彼の中で、渦巻く魔力の奔流が躍動し始めた。
「……なっ!?」
キリアが驚きの声を上げる。
彼女もまた、全身を駆け巡る不思議な力の躍動を感じていた。
そして、胸の中心から魔力が溢れ形を成し、彼女の全身を包み込んでいく。
「な、なんだ……これ……?」
身体が異様に軽くなる。
世界の視え方が変わる。
普段の彼女ではあり得ないほどの気迫を放っていた。
魔力が跳ね上がり、空気が震える。
全身に──指の先まで力が漲るのを感じた。
同時に、リックの身体にも力が満ちていく。
幼体とは思えないほどの力が溢れ出す。
その異様な力に、危険を察知したのかワイバーンが本能で後ずさる。
Aクラスの魔獣が、たった二人──
いや、一人と一匹が放つ逞気に気圧されている。
キリアとリックは顔を見合わせた。
「リック……この力は、お前なのか……?」
リックも戸惑っていた。
だが、今は考えている暇はない。
「……ナァ!」
「……そうだな!行くぞ、リック!」
キリアが剣を構え、リックは低く唸る。
ワイバーンは咆哮を放ち、空気が震える。
不思議と恐怖はなかった。
二人ならやれる──
先程までの絶望は、気づけば希望に変わっていた。
牙を剥き出しにし、尾の棘を構えるワイバーン。
瞬間──二人の息が重なる。
キリアとリックは地を蹴り抜き、希望と共に飛びかかった。




