第4話 新たな目覚め
──暗い。
どこまでも深く、底の見えない闇が広がっていた。
冷たいわけでも、温かいわけでもない。
只々静かで、何もない。
意識だけが仄暗い世界を漂うような、不思議な感覚。
身体の重さも、痛みも、息苦しさもない。
それなのに、胸の奥に残る“何か”だけが、微かに鈍く疼いていた。
クラウ──
その名を思い浮かべた瞬間、胸が締め付けられた。
あの最後の光景。
自分を庇って飛び込んだクラウの姿。
温もり、そして笑顔。
自分は死んだ──そう理解した途端、闇の奥から微かな“声”が聞こえた。
何かを必死に伝えたいような、そんな声だった。
『ゆ……ゃを……じょをま……て……さい』
遥か遠く。
水底から響くような、淡く染み渡る微かな声。
知らないようで、どこか懐かしい響き。
問いかけようとした瞬間、闇が揺れた。
そして──眩い光が、リックの世界を満たした。
「……っ!」
光に包まれ、意識が引き上げられるような感覚。
重力が戻り、その感覚が身体がある事を告げてくれる。
リックは、ゆっくりと目を開ける。
そこには──見慣れぬ木造の天井があった。
「……?」
リックは瞬きを繰り返した。
質素だが温かみのある木の壁。
乾いた薬草の香り。
小さな暖炉の火が、部屋を柔らかく照らしていた。
ここはどこなのか──
理解が追いつかず、思考が空回りする。
身体を起こそうとした──その瞬間。
「よかった……!目を覚ましたんだな!」
視界に、見知らぬ少女が飛び込んできた。
銀糸の髪を後ろで結び、優しい淡紅の瞳がこちらを覗き込んでいる。
少女は迷いなく手を伸ばし、リックの頭をそっと撫でた。
「……っ!?」
リックは驚き、反射的に後ずさった。
だが──そのとき気づいた。
視線を落とすと、そこには“猫のような前足”があった。
柔らかい肉球と小さな爪、それを覆う短く黒い毛。
それは──なぜか自分の意思で動く。
「…………???」
混乱するリックをよそに、少女は微笑んだ。
「大丈夫だ。怖がらなくていい。
お前は……本当に頑張ったんだな。」
その声は驚くほど優しく、温かかった。
敵意など微塵もない。
「お前は森で倒れていたんだ。
──ひどい怪我で……もう駄目かと思っていた。
でも、なんとか助かってよかった。」
少女は、死にかけだったサーベルキャット亜種の幼体を連れ帰り、手当てし、夜通し看病していたのだった。
よく見れば目は赤みを帯び、何度も擦ったような跡がある。
しかし、彼女の献身も虚しく、魔獣の魂は転生神の御元へ旅立っていた。
どうやらその魔獣の身体に、リックの魂が宿ったらしい。
リックは胸が痛んだ。
この身体の“本来の魂”は、もういない。
その魂が助かる機会を奪ったのは、自分なのではないか──
そんなリックの罪悪感を包み込むように、少女は優しく微笑んだ。
「今日から……お前の名前は“リック”だ。」
「……!」
偶然か、運命か。
その名は、かつての自分の名──胸の奥が熱くなり、涙が滲んだ。
死にかけ、助からなかった魔獣。
そこにクラウの影を重ねる。
──今も瞼の裏に残るあの笑顔。
そして、自分の愚かさが招いた悲劇、守れなかった悔しさ。
リックは小さく鳴き、涙をこぼす。
少女は驚き、そっと抱きしめた。
「大丈夫だよ。
──僕が守るから。」
その言葉を聞いた瞬間、目覚める間際に聞こえた“あの声”が蘇る。
『勇者を、彼女を守ってください。』
リックは少女を見上げる。
優しく、温かく、どこか儚い瞳。
理由は分からない。
けれど、胸の奥で確信が芽生えた。
自分はこの少女を守るために転生した、と。
魔獣であっても構わない、弱くてもいい。
もう二度と、大切な存在を失いたくない。
静かで、しかし揺らぐことのない想いがリックの胸に熱を生んでいた。
リックは小さく鳴き、少女の側にそっと寄り添った。
「旅立った魂に代わって、僕がこの子を守る」
密かに、しかし確固たる誓いを立てるリック。
こうして──少年の第二の生は静かに幕を開けた。




