オアシスの町シアーク
三人がシアークにたどり着いたのは、陽の出の少し前だった。
まだ街は目覚めていなかったが、パン屋や早出客が多い宿屋等、朝が早い商売家の煙突からはすでに白い煙が上がっていた。道路には人影は見えず静まり返っている。
ヤーコンは、町にはまだ入らず、ケインとシャインを町を一望できる小高い岩山に導いた。
町の周りは人の背丈の倍ほどある壁でぐるりと囲んである。この辺りの町に多い造りで、野生動物や野党を防ぐためのものだ。入り口は東西南北に一箇所ずつ、門が設置されており、夜間は閉じられているが、日の出が近い今は開いたばかりだった。
「ケイン様、この町シアークでは、サルサから連絡を受けた『地の国』の兵士たちが私たちを待ち受けているでしょう。たぶん、あの門の辺りだと思います。サルサの力を持ってすれば、我々が今どこにいるか判っているはずです。ですので、ここで覇道を使います。兵士たちの目を少しだけ欺いて町にさえ入ってしまえば何とかなるでしょう」
そう言うと、ヤーコンは呪文を唱え、杖の輪を一回打ち鳴らした。
すると、三人の体から薄皮がはがれるように透き通った人型が離れていき、影の薄い三人がもう一組出来上がった。ヤーコンはもう一回杖を鳴らした。その音と同時に、影が薄かった新しい三人組の姿が徐々にはっきりしていき、その分本物の三人は影が薄くなっていった。
「こんなものかな」
ヤーコンが杖を横に振ると、まるで本物の人間のようになった影三人組みは、音もなくするすると動き出した。
「あれは、覇道39番で作り出した影法師です。よーく見ると判りますが、普通に見ただけでは人間そのものです。サルサが遠方から探っても我々本体の気配を薄くしたので、だまされるはずです」
ヤーコンはそう言うと、杖を左右に少し傾けた。影三人組は杖の動きに応じて左右に蛇行する。
「よし、いいだろう」ヤーコンは、杖を大きめに傾けた。
影の三人組はまるで歩くように(足は動いていないが)移動していき、門の中に進みこんだ。
と、その時、一番手前の建物の影から、鎧を着た数人の兵士が飛び出してきて剣の柄に手をかけたまま叫んだ。
「『天の国』のケイン殿一行とお見受けいたす。ご同行願いたい」
影三人組は一瞬立ち止まったが、そのまま音もなく兵士たちと反対側に動き出した。
兵士たちはあわてて影三人組を追いかけ始めた。しかし、影三人組の動きは尋常ではない。
音もなく、一糸乱れずすごいいきおいで滑っていく。
兵士たちは、なにかおかしいと思いながらも、目の前を逃げていく獲物を逃がしてはなるまいと本能的に追っていく。
影の薄くなったケインたち本物は、兵士のいなくないった門をすばやく通り抜けまんまと町内に入り込んだ。
シアークの町は、近隣の町の中ではかなり大きい部類に入る。オアシス自体が大きいことと、大きな街道が交差している交通の要所であることから交易の町としても栄えていた。
太陽が照らし始めた街は、伸びでもするかのように建物の影を長く地面に映し出し、徐々に目覚めていく。
三人は、ヤーコンが先頭となり足早に大きい通りの端を進んだ。通りの両側には大きな商家が並んでいる。ヤーコンは、周囲に気を配ってから、人が一人ギリギリ通れるような建物の間の路地に入り込んだ。
しばらく行くと、路地に面した建物の扉が開き中から一人の男が三人を見つめていた。ヤーコンは、その男に相槌を打つと、後に続く二人に目配せし扉の中に入っていった。
「ここからは、走鳥を使いましょう」
青茶を飲みながらヤーコンは言った。
三人の姿は、既に元通りの濃さに戻っていた。そこは、建物全体に結界が張られていて、魔導師サルサにも察知される心配はない。ヤーコンが作り出した身代わりの影たちは、必死に追っていた兵士たちの目の前で突然消え去っていた。兵士たちの驚愕し悔しがる姿が目に浮かぶようだった。
三人が逃げ込んだ建物はシアークの町の中でも比較的大きな旅籠だった。三人は、旅の汚れを落とした後、旅籠の主人の部屋に通され、朝食を食べお茶を飲みひとごこちついていた。
その旅籠とは、表向きはごく普通の旅籠だが、実はヤーコンやケインの故郷である『天の国』の隠れアジトで、主人から下男まで全て『天の国』の手の者だった。勿論、この地で旅籠の商売を地道に行ってきたので、町の人間でそのことに気づいている者は誰もいない。しかし実際には『天の国』の出先機関として、このシアークの町だけでなく周辺の地域情報を密かに母国に報告したり、今回のような秘密行動の手助けをしたり重要な役割を果たしていた。
「そうですね。それがいいでしょう。走鳥ならば、国境の街アジスまで丸1日あれば行けます。『天の国』に入ってしまえばなんとでもなります」
旅籠の主人ジニーが、青茶をシャインの茶碗に注ぎながら言った。
「走鳥?」
「走鳥は野生のギメルダチョウを飼いならして乗れるように調教した鳥です。馬よりも早く走るし、ほんの少しなら飛ぶこともできます。力は馬の方が強いのですがとにかく速いので軍の偵察隊や郵便の早便なんかに使われるんですよ」
ケインが記憶喪失のシャインのために説明した。
「今日中に用意しましょう。出発は明日の早朝、日の出とともに人目につかないうちが良いでしょう。走鳥は夜目が効かないので夜は走れませんから」
ジニーはそう言うと、自分の茶碗の青茶を飲み干し、茶碗をテーブルの上に置いた。
「さあ、みなさん、夜通し歩いてお疲れになったでしょう。明朝までゆっくり休んで十分に英気を養ってください」
「ああ、そうすることにしよう。すまんな。ジニー殿」
「なにをおっしゃるヤーコン殿。これが我らの務め。なにより、魔導師学校で大変お世話になったヤーコン先輩のためとあらばなんなりとお申し付けください。さあ、ケイン殿下、部屋を用意してあります。まずはごゆるりと疲れを取ってくだされ」
「ありがとう。ジニーさん、おことばに甘えて先に休ませてもらいます」
ケインは、疲れきった足を引きずるようにして部屋を出て行った。
「シャイン殿もお部屋がございますので、どうぞお休みください」
「いや、俺は大丈夫だ。休む必要はない」
「え、、しかし、、」
当惑ぎみのジニーにヤーコンが説明した。
「シャイン殿は我々とは違う部族の方でとてもタフな御仁だ。しかしシャイン殿、まあ、ここはジニー殿の部屋なので、とりあえず用意してもらった部屋へ行って少しは休んでみてはどうかな」
「ああ、そうか、、判った」
シャインはそう言うと席を立った。
いぶかしげにジニーはシャインを見上げたが、シャインは一向に気にとめる様子もなかった。




