地の国
「逃しただと?」
荒々しい声が豪奢な贅を尽くした部屋に響き渡った。
声の主は、赤銅色に日焼けした野生的な風貌を持つ一人の若武者だった。
その声は、腹の底が震えるような類の迫力を持つものだったが、向けられた相手は顔色ひとつかえず対峙していた。
「ジーザ王子、申し訳ござりませぬ。あと少しのところで、ジュンサイに邪魔をされました」
サルサは黒いフードを目深にかぶったまま答えた。
ここは、『地の国』の王宮。
『地の国』は、広大に広がるアルタイル平原の中心に位置する巨大なオアシス都市で、強力な軍事力を背景に領地を広げることによって富と繁栄を得てきた国家だ。
武を美徳とする国柄を反映し、壁に描かれた絵画には筋肉美を誇る勇敢な戦士の姿が描かれている等、力強さを際立たせたその部屋は、国を動かす中心である国王の執務室だった。
サルサは、ケインたちを取り逃した顛末を直接国王に報告に来ていた。
「なんと・・」
「ほう、『天の国』が誇るあの白魔導師ジュンサイまでが出てきたか」
王子を制して言葉を発したのは、黒光りした肌に刻まれた深い皺が人間の厚みを感じさせる現在の国王、ガーゼル王だった。地の国の特長そのままに、特に武術に優れた優秀な戦士でもあったことから獅子帝とも呼ばれていた。
「はい。ジュンサイは『天の国』王室の飛竜に乗って、現れましてございます」
「ふむ。場所は確かジアス付近と言ったな」
「はい。国境の町ジアスよりかなり手前の荒地でございます」
「なるほど。。『天の国』の王室の飛竜というのはどうだ?やはり立派なものか。お主の自慢の斑竜と比べてみてどうか」
国王の質問に真意を測りかねたサルサは一瞬言葉に詰まったが、あることに気が付くと薄笑いを浮かべて答えた。
「・・・はい。私の飛竜よりも一回り大きく、青く輝く巨体に金色の鎧を着けており、一目で『天の国』の王室飛竜と判ります。それはもう見事なものでございます」
「そうか。わが国の飛竜は濃い色のものしかおらん。一度見てみたいものじゃな」
「左様でございますな」
父王と魔導師の会話を聞いていたジーザ王子は、ケインたちを逃した話がなぜ飛竜の話になったのか意味がわからずキョトンとしていた。
すると、王は王子に向き直って言った。
「ジーザよ。例のアルテ洞窟の底で見つかった戦鉄牛と例の『砦』はどうなっておるか」
「は、はい。発掘できた戦鉄牛は30体、そのうち使えるのは約20体で、すでに第87歩兵大隊に繰り込まれており、いつでも出撃できるようになっております。同時に見つかった『砦』は考古学者たちが懸命に調査しております。なんでも戦鉄牛と同じように『記録の部屋』に説明書物があったようで、あと少しで使えるようになるでしょう」
「うむ。既存の戦鉄牛を加えると約80体。まさに無敵の部隊じゃな。『砦』もあと少しか。よし。全軍挙げて出撃の準備じゃ。目指すは『天の国』の王宮ぞ」
『地の国』の王ガーゼルは、目を爛々と輝かせながら王子に命令した。
「えぇ?しかし、父上。ケインを取り逃がしたままでよいのですか」
「800年前の天神の力など迷信に過ぎん。それよりも『天の国』の王家の飛竜が我が領土を侵したのだぞ。これを侵略といわずなんというか。今こそ天下に正当な理由で進撃できる好機じゃ」
王子は、二人の会話がケインの話から飛竜の話になっていたことにやっと合点し、父王以上に眼を輝かせ頷いた。
「はい、わかりました。遂に念願の『天の国』への出陣の時ですね。早速将軍たちを集めて準備に取りかかります」
ジーザ王子は、父王に深々と礼をすると、高揚した面持ちで大股に部屋を出ていった。
廊下に出るなり大声で小姓を呼び、将軍たちを集める命令を下しているのが聞こえた。
ガーゼル王は目を細めながらつぶやいた。
「ふふ、、ジーザもなかなか良い『地の国』の武者になってきたのう。あとは、もっと経験を積んで思慮深さを身に付けねければならんな」




