6 王太子の提案
「ウィリアム王太子殿下、ご挨拶が遅れました。お招きいただき、光栄に存じます」
「ははは、そんなにかしこまらないでください。むしろ私の方こそ、予定が立て込んでいてご挨拶が遅れてしまいました」
「お忙しいご様子ですね」
「ええ。今夜も大司教猊下との会談が控えています」
大司教――ロフェシオン帝国の三大派閥の、中心人物のひとりだ。
この国では帝務の女帝派、魔術の公爵派、信仰の大司教派が、微妙な均衡を保っている。
「忙しい合間でも、アルージュ様の絵画に癒されていましたよ」
「拙いものですが……そうおっしゃっていただけるなら嬉しいです」
「謙虚ですね。あの斬新さは、今までに見たことがありません。来訪者の中には、ぜひ『アルージュ画伯』のパトロンになりたいと申し出る方もいるほどですよ」
……が、画伯?
変な汗が出るけど、パトロンの申し出はありがたい。
お金はあっても困るものじゃないし。
ただ、気になるのは大司教だ。
小説では、彼はすでに大聖女の啓示――紫髪の幼子が凶獣を呼ぶ――を知っていた。
大司教がエトワールの紫髪に目をつけたら、普通の貴族では太刀打ちできない。
「ご興味があれば、私が仲介しましょう。ただ……もしアルージュ様が望むのであれば、我が王国へお招きしたいと考えています。ルシールもきっと喜びます」
(まさか隣国の王太子殿下から、パトロンの申し込み!?)
彼の庇護があれば、大司教に対抗できる。
でも……凶獣を呼ぶほどの魔力を持つ子が、隣国に渡ったと知られたら?
大司教だけじゃない。
帝国のために人生を捧げる女帝が、国宝級の才能を黙って見過ごすとは思えない。
ルシールと王太子を、そんな争いに巻き込みたくなかった。
「お心遣い、ありがとうございます。エトワールのこともありますので、少し考えさせてください」
今のところ、『エトワールが魔力暴走を起こして凶獣を呼び、私が真っ先に死ぬ』……そんな原作展開は、起こる気配もない。
でも、その力の存在が啓示で示されている以上、警戒されるのは時間の問題だ。
しかも私の絵は注目を浴びている。
ルシールには「おもちゃの出現現象については、誰にも言わないで」とお願いしてるけど、このまま隠し通すのは無理だろう。
(……お腹すいたな)
前世の記憶を取り戻してから、あの世界の食事が恋しくなる。
肉じゃがとか、カレーとか。
塩以外の味付けで食べたの、いつだっけ……
そんなことを考えながら、遊び疲れたエトワールを寝かしつけた部屋に、ルシールが息を切らせてやってきた。
「アルージュ! あの三大派閥の……ロブロフォン公爵が、あなたに会いたいって!」
(……なんですと!?)
――リュノール・ロブロフォン。
この国の三大派閥のひとつを率いる、最強の魔術師。
小説では危険な実の駆除任務に奔走し、人前に姿を見せることは滅多にない。
そんな珍獣……いや、公爵が、なぜ私に?
やっぱり、『紫髪の子が凶獣を呼ぶ』啓示の件?
それとも、悪喰の私を処分するため?
……できれば、「絵のパトロンになります」の線であってほしい。
でも、これってチャンスでもある。
せっかく三大派閥の一角、それもレアキャラから直々に声がかかったのだ。
最強魔術師の庇護を受けられたら、これ以上の条件はない。
(よし、腹をくくった! 見せてやるわ、前世の妄想で磨いた原作改変力!)




