エピローグ
「おかあさま!」
小さく息を弾ませながら、大聖女は走り出す。
馬車から降り立つ女帝に駆け寄り、二人はしっかりと抱き合った。
女帝の袖口からのぞく手首には、愛娘から贈られた赤い花のブレスレットが輝いている。
(よかった。本当に、よかった……)
その場にいる誰もが、温かな眼差しでその光景を見守っていた。
「わたくし、ほんとうに……ほんとうに、おかあさまといっしょにくらせますの?」
「ああ。アルージュが猊下に話してくれたおかげだ」
大聖女が振り返ると、大司教は穏やかに頷く。
「聖女が見る啓示は、神獣の夢。これからは神獣に尋ねればよいのです」
「アルージュさま、ありがとうございます!」
大聖女の心からの笑顔が、そこにある。
秘めていた願いが今、確かに叶ったのだ。
私の隣にいるエトワールが、パチパチと瞬きをする。
そして、少し寂しそうに大聖女を見つめる。
「これから……レオしゃまと、あそべない……?」
その小さな声に大聖女が女帝を見上げ、不安そうに口を開いた。
「おかあさま、エトはわたくしの、たいせつなおともだちですの」
「良い友は宝だ。今日も、そしてこれからも、皇城へ招こう」
「よかった……! エト、いきましょう!」
「あいっ!」
こうして私たちは、そろって馬車へと乗り込んだ。
大聖堂の尖塔が、少しずつ遠ざかっていく。
窓際で景色を見つめる大聖女は、別れを告げるようにそっと手を振る。
「でも……たのしいおもいでが、たくさんありますわ」
こうして、大聖女レオノールは、皇女へと戻った。
それは喪失ではない。
神獣の啓示が帝国を照らし始めた証だった。
◇
皇城の門をくぐると、そこには広大な庭園が広がっていた。
「あれは……いったい、なんですの!?」
レオノールの視線の先、庭園の中央には巨大なメリーゴーランド。
陽の光を受け、きらきらと輝いていた。
「レオしゃまに、プレゼントでしゅ!」
それは先日、エトワールがレオノールの好きなおもちゃについて話している最中に、召喚したものだった。
(エトの召喚、ますますレベル上がってるわ……!)
女帝に相談したところ、「ちょうど、マナの実の駆除任務がなくなった魔術師たちがいる」と笑って――彼らが動力調整を請け負い、ついにお披露目となったのだ。
私たちはそれぞれ、親子で乗り込む。
軽やかな音楽が流れ、メリーゴーランドがゆっくりと回り始めた。
「あっ、おかぁしゃま。これ、くるくるってしゅるのね! ね、レオしゃま!」
「ええ! とってもたのしいですわ!」
明るい音楽に合わせ、みんなで手を振り合う。
気づけば私も、子どもに戻ったみたいに笑っていた。
弾む声が重なり、高い青空に溶けていく。
「みてください、おかあさま! ぜんぶ、ぜんぶキラキラしてますわ!」
「ふふ……レオノールの帰りを祝福しているのだろう」
回転するメリーゴーランドとともに、止まっていた母と娘の時間が、ようやく動き出していくようだった。
◇ ◇ ◇
「それで……どうして神獣様が、公爵邸にいらっしゃるのですか?」
「夢で見た」
(ってことは、それ。聖女が見る啓示の断片じゃなくて、純度百パーセントの啓示!?)
いったい、どれほど重大なお告げがあってここにいるのだろう。
思わず身構える。
神獣は厳かな面持ちで、重々しく口を開いた。
「主のそばにいれば、甘味の試作を一番に食すことができる」
(……啓示じゃなくてもわかるわ!)
一気に脱力した私とは対照的に、神獣はやけに堂々としている。
ちなみに、そのサイズはチワワ級。小犬化した今はエトワールの遊び部屋で、悠然と寝そべっている。
こうしてすっかり公爵邸での暮らしを満喫中――どう見ても目的は「食」だけど。
とはいえ、マナの実の駆除を引き受けてくれるおかげで、公爵の負担が減って助かってるのも事実だ。
「して、次の甘味の試作はいつだ?」
「甘味ではありませんけど。お昼に新作のコロッケがありますよ」
「なにっ!? その『ころっけ』とやら、いますぐ供せ!」
「いぬしゃん、『まて』なのよ。おいちぃは、おさんぽのあと!」
「む……仕方があるまい。では、それまで『おさんぽ』を許可する」
口調はいかめしいのに、所望するのはコロッケ。
神獣は尻尾をぱたぱたと揺らしながら、エトワールにハーネスを誇らしげに着けてもらっている。
ちなみにこのハーネス、エトワールの召喚品だ。
これで神獣を散歩させるようになってから、犬を飼っている貴族の間で評判になっているらしい。
「おかぁしゃま、あいっ!」
明るい声とともに、私に差し出された小さな手。
それは驚くほどしっかりと、私の手を取った。
その仕草がかわいくて頼もしくて、少しくすぐったい。
こんな成長は、きっと彼の影響もある。
エトワールと繋いでいない方の私の手を、そばにいた公爵がそっと包み込む。
「エト、リュノール様の真似をするようになりましたね」
「俺と同じだ。大切なものを守りたいんだろう」
その言葉が、胸の奥へ静かに染みていく。
(……私が書きたいのは、この物語の続き)
私は家族と手を繋ぎ、晴れ渡る街を歩き出した。
すれ違う人々が、次々と笑顔で手を振ってくる。
赤い髪が風に揺れても、もう誰もその色を恐れない。
神獣が変わったくしゃみをして、みんなで和やかに笑う。
「おさんぽ、おもちろい!」
エトワールがにっこりして、私の手をぎゅっと握った。
「エトね、おかぁしゃま、だいしゅき!」
「お母様も、エトが大好きよ!」
「俺を忘れるな」
公爵が私の額にそっと唇を寄せてきて、私は小さく頷く。
かつて、物語の悪妻だったアルージュ。
私はこれから、まだ描かれていない今を歩んでいく。
その事実だけで、世界は鮮やかな光に満ちて見えた。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
さらにブックマークや評価、リアクションまで!
とても嬉しく、何度も励まされました。心から感謝しています。
もしよろしければ、下にあるポイント応援をお願いします!




