33 月色の贈り物
◇
私室でお茶を味わっていると、公爵が姿を現した。
涼やかな美貌を曇らせ、内心の不安がだだ漏れになっている。
「陛下から“私的なお茶の席”に招かれたというのは本当か」
「はい。もうお返事しました」
形のよい眉が懸念を宿して、わずかに寄せられる。
皇族からの私的な誘い――それは「友人として認められた証」でもある。
ただ、公爵は女帝の目的が友好ではないことを察しているようだ。
「陛下の私的な招待は建前だ。『公爵夫人が大聖女に急接近している』という噂が広まっている。彼女は大聖女の啓示が悪用されることを警戒し、アルージュを呼び出したのだろう」
「はい。そうなるようにと、私が猊下にお願いして噂を広めてもらいました」
「……なに?」
「“別派閥の者が大聖女に近づいている”と聞けば、陛下は見過ごせないでしょう?」
「危険すぎる。俺が護衛する」
言うと思った。
でも、女帝もそこは織り込み済みなのだろう。
「陛下の温室に入れるのは、女性だけです」
「……」
短く息をついた公爵の視線が、私の手元へ落ちた。
エトワールのブレスレットと、大司教からいただいたハンカチに気づき、目を細める。
「なら、せめて明日は俺と過ごせ」
◇
翌日。
私は公爵にエスコートされ、公爵領の中心街にある宝飾店を訪れた。
扉が開かれると、数多の宝石があちこちで煌めいている。
「陛下のもとへ同行できない以上、せめてアルージュにふさわしい装飾品は俺が整えよう」
帝国では、私的なお茶会で“家族の絆を示す品”を身につけるのが習わしだ。
(私は形式上、三大派閥の公爵の妻だしね)
別派閥の頂点、女帝に会うとなれば、公爵も警戒するのだろう。
私たちは店の奥へと進む。
希少な宝石が散りばめられた髪飾り、さらに金糸の編まれたドレスと、公爵は迷いなく選んでいく。
店員は目を輝かせ、侍女は増え続ける品に右往左往している。
「今日は、黄系の色が多いですね」
「ああ。俺の色で飾られたお前が見たい」
公爵は完璧な美貌でさらりと言う。
店員と侍女がそろって固まり、頬を赤らめた。
(女帝とのお茶も社交のひとつとはいえ、仕事人間の公爵がここまで熱心だなんて……驚かれるのも無理ないわ)
その後も煌めく品々が次々と積まれていく。
(こういう状況、いまだに慣れないわ)
前の結婚では贈り物とは無縁で、むしろラウルドには、父の遺産を勝手に使い込まれる始末だった。
(でも、今の結婚なら……お父様、どう思うのかしら?)
そっと顔を上げると、鏡の中の自分が目に入り、ハッとした。
(こんなに飾られて、女帝の前に出るの!?)
「あ、あの旦那様。もう十分では?」
「俺は足りない。お前に贈る理由を毎日探している」
(毎日!?)
どんなモチベーションで動いているのか、さっぱりわからないんだけど。
「でも、以前からも、たくさんいただいていますし」
「エトワールからはブレスレットを。猊下からはハンカチを贈られていただろう」
「はい」
「俺以外の者の贈り物を大事にしている」
「そうですけど」
「……妬かせるな」
拗ねたような言い方に、思わず口をあんぐりと開ける。
(なんでそうなるの!? 息子と祖父の贈り物よ。普通に嬉しいでしょ!)
◇
帰り道、馬車の中で公爵と並んで座る。
彼は贈り物だけでなく、私が女帝とのお茶会へ向かうための護衛や馬車の手配まで、すべて整えてくれていた。
正直、かなり負担が軽くなった。
「旦那様、ありがとうございました。本当に助かりました」
「ああ。お前のためだから」
当然のように言いながら、公爵は首にかけていた銀の鎖を取り出した。
公爵家の家紋が刻まれた、月色のペンダントだ。
服の下に隠れていて気づかなかったけれど、ずっと身に着けていたのだろう。
「必ず着けて行け」
公爵は私の首元へ手を伸ばし、留め金を掛ける。
ひやりとした石が胸元に触れた。
「でも、旦那様がずっと着けていた品では?」
「だから渡す。エトワールの瞳もいいが、この色も好きになれ」
ペンダントと同じ色の眼差しに見つめられ、私は頷いた。
「はい。私、嫌いな色はありませんから。好きですよ」
何気なく答えた瞬間、公爵が不意を突かれたように目を見開いた。
(え?)
「……大丈夫ですか? 顔が赤――」
言い終わる前に、ぐいっと強く抱き寄せられる。
(ちょ、息っ! 息ができない!!)
横を向いて必死に息を吸う。
耳に当たる彼の胸から、早鐘のような鼓動が伝わってくる。
(これって、もしかして……)
その意味を考えてしまうと、私まで胸の奥がドキドキしてきて、思わず聞いた。
「犬化しそう?」
「違う」
それ以上は言わず、公爵は馬車が邸に着くまで、私を離そうとしなかった。
◇
女帝から私的なお茶の席に招かれた、当日。
跳ね橋が上がる低い音が、皇城の壁に重く響き渡った。
私の乗る馬車は皇城奥の離れ、女帝の待つ温室へと向かう。
(深呼吸よアルージュ。昨夜イメトレを三十回したんだから。準備は万全!)
温室の扉が閉まると、鳥のさえずりも途切れた。
湿った温気が肌を包み、土と花の甘やかな香りが一気に押し寄せる。
「よく来た、アルージュ夫人」
女帝は深い緑のドレスをまとい、金の髪をきっちりと結い上げていた。
(彼女が、大聖女様の母……)
黒い瞳は凛としたつり目で、大聖女と同じ色素と気品が漂っている。
しかしそこに宿る威厳は、まさに国を背負う者の眼差しだった。
「ソレーヌ女帝陛下、本日は――」
「堅苦しい挨拶は抜きだ。私はあなたに興味がある。だから友として招いたが……」
言葉が、ふっと途切れた。
女帝の視線が私の胸元に落ち、かすかに目を見開く。
そこには公爵から贈られた品――月色に輝くペンダントがある。




