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転生したら悪役継母でした  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


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2 ここにサインを

 寝室の扉が乱暴に開き、紫髪を束ねた男が飛び込んできた。


「アルージュ、あの手紙は何だ!」


 ラウルドは令嬢たちに『美形の聖騎士』ともてはやされる顔を怒りで歪め、私に詰め寄る。

 かつてはそばにいてほしいと願ったはずが、今は近づかれるのも不快だ。


「思ったより遅かったわね。自分の家だったのに、迷っていたの?」


「偉そうな口を聞くな、悪喰が! 俺はあの子を孤児院から連れてこいと命じただけだ! 余計なことをしやがって!」


 彼の震える手には、私が送りつけた売買証明書が握りしめられている。


「なぜ俺の財産をすべて売り払った!」


「すべて?」


 思わず笑いが込み上げた。


「それなら、あなたの財産はすべて私のものだったのでしょうね」


「なんだと……!」


「さぁ、離縁申請書にサインしてください」


 寝室にあるたったひとつの家財。

 テーブルの上に置かれた書類を指さすと、ラウルドの顔がひきつった。


「ふざけるな! 嫁の貰い手のないお前を、俺が世話してやっていたんだぞ!」


「世話? 街から離れた邸に閉じ込めて放置していただけでしょう。ましてや、勝手に財産を使い込んだり、聖女の極秘出産まで手伝わせるなんて」


「黙れ! 俺の名誉が――教会の信頼が失われたらどうする!」


「そんなに嫌なら、もう終わりにしましょう」


 静かに告げると、ラウルドは目を逸らした。

 結局、彼が守りたいのは己の立場だけ。


 私の人生を割引商品みたいに扱われるのは、もうごめんだ。


「……別れるつもりなどない。お前も俺のことを愛しているだろう!」


 散々ないがしろにしておいて、まだそんな勘違いができるとは。

 ため息をつきたくなるほど、都合のいい男。


 もっとも、ラウルドが離婚に抵抗するのは想定内。

 彼が惜しいのは財産だけではない。

 ラウルドは聖騎士という名誉にしがみつき、数々の不正を隠している。


「そういえば、これは売り忘れていました」


 私はテーブルに手を伸ばし、透明なバラをかたどったペンダントをつまみ上げた。


 ラウルドの瞳が揺れる。

 この品は結婚の誓いとして夫が妻に贈る定番の贈り物――クリスタルローズ。

 陣痛を和らげる作用があり、出産時に身につければ、その人の魔力を宿して光るようになる。

 

「マルゴー様はこのペンダントを、喜んで買い取ってくださるでしょうね。彼女は大司教派ですから。不審な点があれば、すぐに大司教の耳に入ります。もし、あなたの名が刻まれたクリスタルローズを、純潔であるはずの聖女が身につけて光ったら……」


「やめろ!」


 ラウルドは机を叩き、口を開いては閉じた。


「俺は……俺は騎士として……」


 言い訳を紡ごうとしても、続く言葉は出てこない。


「では、ここにサインを」


「……考え直せ」


「あら、そろそろマルゴー様が来る時間ね。こんなところを見られたら、洗いざらい事情を話すことになるわ」


「アルージュ……」


 すがるような視線を向けられても、心は動かない。

 これで七年分の愛と涙に、ようやく終止符を打てる。


「もう話はありません」


 ラウルドが震える手で署名するのを、静かに見届けた。


 彼はペンダントを取り戻せば、不正を誤魔化せると信じているのだろう。

 証拠がそれだけだと、なぜ思い込んでいるのかしら。


 すでに売り払った不動産や宝飾品は、マルゴー商会で査定中なのに。


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