27 断絶の門前
◆ ◆ ◆
外の光が、やたらとまぶしい。
俺は思わず手で顔を覆った。
(ようやく……ようやく出られた)
凍える石牢、薄汚れた藁布団、干からびたパン。
あんな場所、二度とごめんだ。
(俺は何も悪くない。悪いのは、周りの理解のなさだ)
それに俺はロンブル侯爵家の男。
教会がどう裁こうと、俺には血と名誉がある。
本来は暖炉の前で肉を食い、羽根布団で眠る。
高貴な身分の俺には、それがふさわしい。
「おい、開けろ。俺だ! ラウルドが帰ったぞ!」
帰宅を告げると、侯爵家の堅牢な門前に執事長が現れた。
いつものように恭しく一礼する。
ただなぜか……その眼差しも声も、不気味なほど温度を感じない。
「お戻りでしたか、ラウルド様。お通ししなさい」
重々しい音とともに、門が開く。
(ほらな。ロンブル侯爵家が俺を見捨てるわけがない)
胸を張って敷地に足を踏み入れる。
だが通されたのは、薄暗い使用人控え室だった。
火も落ちて冷え切った中、案内した使用人が去り一人にされた。
(なぜ俺が、こんな場所に?)
席も勧められない。
水一杯すら出されない。
やがて遠くで、時計台の鐘が鳴った。
「いつまで待たせる気だ! 俺は下民じゃない、侯爵家の者だぞ!」
怒鳴りつけた瞬間、返事の代わりのように扉が開いた。
複数の護衛を従えて現れたのは姉、エリーズ。
今の侯爵家当主の妻、そして女主人として、邸を切り盛りしている。
「姉上、どういうつもりですか! なぜ実家に戻った俺が、こんな扱いを受けねばならない!?」
「黙りなさい」
静かな一言が室内を震わせる。
胸の奥がざわりと逆なでられた。
そばの机に封書が置かれる。蝋は見慣れた家紋、ロンブル侯爵家の印だ。
姉は毅然とした顔で俺に視線を向けた。
「当主の決定です。ロンブル侯爵家は今後、あなたとの縁を断ちます。姓の使用を禁じ、邸への立ち入り資格も、本日をもって失いました」
「なっ……!?」
「執行の証人として、執事長が立ち会います。返納目録は――侯爵家の印章、援助金、部屋、衣服、馬。すべて返還なさい。未返納品は不正持ち出しとして、侯爵領騎士団へ通達します」
恐怖で全身の毛が逆立った。
「なぜだ!? 俺は聖騎士! 兄のような、帝国に歯向かう外道じゃない!」
「いいえ。あなたの不正は立証され、聖騎士の身分を剥奪されました。自らの欲望のため、罪を犯し続けた……兄と同じです」
「うるさいっ!!」
兄は禁忌のマナの聖水を飲み、異形の姿に変貌した。
その副作用で危険な魔力暴走を起こし、婚約者を巻き込み犠牲にした。
侯爵家の名に泥を塗り、排斥された愚かな男。
(あんな奴と一緒にされてたまるか!)
だが姉は一歩も引かず、冷たい視線を真正面から向けてくる。
「兄は魔術の才に溺れ、スミレのように可憐なヴィオレッタ嬢を傷つけ、それを周囲のせいにして認めなかった。あなたも同じ。アルージュにしてきた仕打ちを認めず、悔い改めようとしない」
「な、なぜ俺が悪喰なんかに……!」
「アルージュは私たちの恩人です。兄が侯爵家を逆恨みし、命を奪おうと古代魔術をかけたとき……彼女は悪喰になってまで救ってくれた。それなのにあなたは、その恩を仇で返し、妻を裏切り、侮辱し続けた」
姉は苦しげに瞳を伏せた。
「……私はね、あなたが彼女を貶めるたび、何度も頭を下げたの。この邸でも、卒業舞踏会でも、結婚のときも。家族として、女として……どれほど恥を噛み締めたか」
「違う! 俺は悪くない! アルージュが悪喰だから、俺は――」
「それでも彼女は、私たちを責めなかった。終わらせるのは、アルージュがあなたを離縁した今」
封書を叩く姉の指先が、乾いた音を立てた。
「ロンブル侯爵家は二度と、兄と同じく……あなたとも関わりません」
姉は背を向ける。
最後に見えた横顔は、もはや身内に向けるものではなかった。
「姉上! 待て、話はまだ――」
駆け寄った俺の前に、複数の護衛が立ちはだかる。
「当主通達に基づく退去執行だ。抵抗は騎士団への違反記録となる」
「ふざけるな! こんな侮辱、認められるか!!」
首を絞められたように息が苦しい。
感情のまま吠えたが返事はない。
(なぜ俺が被害者に……!? 俺以外の全員が間違っている!!)
歯を食いしばり、唇が切れて鉄の味が滲む。
怒りで視界が赤く染まる。
「全部、アルージュのせいだ……!」
「まだ彼女のせいにして……恥を知りなさい」
閉まりかけた扉の向こうから、かすかな声だけが落ちた。
護衛に腕をねじ上げられ、俺は邸の外へ引きずり出される。
誰一人、俺と目を合わせない。
誰も俺を引き止めない。
押し付けられた土の感触が、牢よりも冷たい。
執事長が顎をわずかに上げ、閉門の合図をする。
――ギィィィ……ガシャン
金属音の余韻は、俺が失ったすべての証明のように耳に残る。
(なぜこんな目に俺が遭うんだ! 誰か!!)
すがりつきたいほどの激情が突き上げる。
そのとき脳裏によぎったのは――いつもそばにあったはずの、あの柔らかな微笑み。
「……アルージュ」
俺は門に背を向け、おぼつかない足取りでその場を去る。
行き先はひとつしかなかった。




