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転生したら悪役継母でした  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


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21 スパイ犬

(エトは目を覚まして私の姿が見えなかったから、探しに隣の部屋に来たんだわ)


「……いぬしゃん?」


 寝ぼけたエトワールの視線の先には、黒犬の姿になった公爵がお座りしていた。


「あっ、あのいぬしゃん!!」


 エトワールはぱたぱたと駆け寄ると、そのまま黒犬に飛びつき、ぎゅっと抱きしめた。


(「あの犬さん」ってことは……今日エトワールが話していた『窓から見た犬』って、公爵のことだったのね)


「……」

 

 抱きつかれた犬公爵は、石像みたいに固まって動かない。

 どうすればいいのか、わからないのだろう。


(この人、危険物処理と執務ばかりだし。子どもの相手は完全に初心者なんだわ)


「おとぅしゃま……」


 その一言に、黒い耳がぴくっと動いた。

 私も息を呑む。


 部屋がしんと静まり返った。


(エトが初めて、『お父様』って呼んだ……)

 

 それはエトワールが公爵を父として受け入れた証のようで、胸がじんわり温かくなる。


(公爵、嬉しくて涙ぐんでたりして)


 ちらりと様子をうかがうと、その姿は黒犬だった。


(そうだった、今の公爵はどう見ても犬! まさかエト、この黒犬が公爵だって気付いて……!?)


「いぬしゃん……おとぅしゃま、たべちゃった」


 エトワールはじっと、床に散らばった公爵の服を見ている。


「しろいいぬしゃん、おかぁしゃま、ぱくって。このいぬしゃんも……」


(あ、そういえば。エトは前に「私が大きな犬に食べられた夢」を見て、泣いていたんだった)


「エト、この犬はお父様を食べたりしないわ。強くて、優しくて、かわいい子なの。お父様は今……そう、秘密のお仕事をしてるの。だから、この犬さんが知らせに来てくれたのよ」


「……いぬしゃん、スパイ?」


 つぶらな瞳がキラッと光り、公爵に注がれる。


「わ、わふ」


 その鳴き声は、公爵の美声そのままだった。

 しかも、演技が下手すぎる。


 私は犬が公爵だと疑われないように、慌てて話を合わせた。


「そ、そうよ。スパイ犬なの!」


 エトの顔がぱっと輝いた。

 最近は、私の描いたスパイものに夢中なのだ。


「だからこの犬さんのことは、私たちだけの秘密にしましょう」


「あいっ。エトもないしょして、へいわまもるおてつだい! いぬしゃん、えらいの、なでなでっ」


 小さい手が黒犬の頭を撫で、また首元に抱きつく。

 犬公爵はフリーズしたままだ。


「おかぁしゃまも、こうちてなでなでっ、ぎゅって!」


「え、わ、私も?」


「……おかぁしゃま、いぬしゃん、こわいの?」


「そ、そんなことないわ」


 私は戸惑いつつも黒犬の肩へ手を回し、艶やかな毛並みをそっとすいた。

 ふわっとして温かい。


(このほっとする感触、どこかで触れたことがあるような……)


 くうくうと寝息が聞こえる。

 エトワールは安心したのか、黒犬に腕を回したまま眠ってしまっていた。


 私は犬姿の公爵にエトワールを背負ってもらい、寝室へ運んだ。

 安らかな寝息を確かめる。

 私と公爵は顔を見合わせ、同時にふうっと息をつく。


「俺のところに来たのは、用があったのではないか?」


(そうだった。公爵にラボラとのことを報告しに来たんだった)


「はい。今日は新しい菓子店に導入する魔道具開発の交渉で、魔道具師にお会いしてきました」


 私はラボラに依頼した魔道具、ハンドミキサーの試作と契約について説明した。


「菓子店の経営はコスト面で採算が合わず、ベテランの経営者でも断ったが……アルージュに任せたのは正解だった。それに……今日は助かった。もう休め」


「はい。旦那様も無理をせずお休みください。あと、エトと私以外の前で犬になったら、喋らないほうがいいと思います」


(犬の鳴き声が下手すぎるから)


「それに、エトは秘密を守れる子ですから安心してください。あなたの姿のこと、私も誰にも言いません」


「……別に、心配などしていない」


 背を向けて言う公爵の尻尾がブンッと揺れた。


(犬姿だと、完全にツンデレだわ)


   ◇ 


 それからの数日、公爵が犬化することはなかった。


 エトワールは以前のように公爵を警戒することはなくなった。

 目が合うたびに「へいわまもる、おてつだい……」と呟いている。


 黒犬姿を見られたときは、ヒヤッとしたけれど。

 あの夜を境に、父と子の距離は確かに変わった気がする。


   ◇ 


 そして五日後。

 私はラボラの工房に足を運んだ。


 ラボラは大切そうに縦長の箱を抱えて現れると、テーブルの上にそっと置いた。


「こちらが『ハンドミキサー』の試作品です」


「もう出来たのね。早くて驚いたわ」


「私も驚きました。気づいたら五日経っていたので」


「それ、ずっと徹夜続きってこと……!?」


「アルージュ様にご連絡を差し上げた直後に気を失い、そのまま安眠しました。ご安心を」


 安心していいのかは微妙だけど。

 ラボラは相変わらず無表情のまま、でもどことなくウキウキした雰囲気で箱を開け、丁寧に試作品を取り出した。


 手にした瞬間、胸が熱くなる。


「そう、これよ!」


 見た目は理想のハンドミキサー。

 羽根の形も付け替え可能で、速度は五段階で調整できる。


(あとは使い心地ね)


 スイッチを押すと、ウィーンと軽やかな音が響く。

 ボウルの中のクリームがあっという間に泡立ち、角の立ったホイップができあがった。


「すごく使いやすいわ!」


「さらにオーブンと冷蔵庫、たこ焼き器も順に試作中です」


(開発スピード、異次元すぎない!?)


 彼女なら、エトワールが召喚した調理家電を再現してくれるはずだ。


(この世界でも、ついに懐かしの味が気軽に楽しめるようになるわ!)


「ラボラ様、ありがとうございます。これで従業員たちも無理せず働けます。でも、ラボラ様の方が過労になるような開発は依頼できません。あなたの情熱を守るためにも、休んでくださいね」


「……っ、アルージュ様の語彙選択は効率と温情の最適解! 尊敬の臨界点を超えています! その言葉を胸に毎晩寝ます!!」


(たぶん、「毎日寝る」って約束してくれたのよね?)


 ラボラは感激したように胸の前で両手を握り、一枚の紙を差し出した。


「お待たせいたしました。こちらが予算です」


 笑顔で差し出された紙を受け取り、私は固まった。

 手にした紙がぷるぷる震える。


「……一台、金貨五枚?」


 前世換算で、五百万円。

 こんな高価な魔道具を大量導入したら、ローン必須の高級菓子になる。


(私が目指しているのはコスパ最強の絶品スイーツなのよ!)


「これだと製造費が高くなりすぎて、商品の値段を上げるしかなくなるわ。どうにかして、ワンコインくらいで気軽に買えるようにしたいの」


「ワンコインとは、金貨一枚のことですか?」


(それ、百万円……)


 異世界はスイーツだけじゃなく、魔道具も高い。


「価格を下げることはできないの?」


「奥の手ですが……九十九パーセント、下げる方法があります」


「それよ、それ!」


「こちらがその方法です」


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