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転生したら悪役継母でした  作者: 入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆


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2/21

1 良い商談

   ◇


 コンビニで買った20%増量のスイーツを食べ損ねたまま転生した――ありふれたアラサー喪女だった前世を思い出してから三日後。


 私は馬車に揺られていた。

 車体には、帝国で最も勢いのある新興商会の紋章。乗り心地も申し分ない。


「マルゴー様、突然の申し出にすぐに応じてくださって、ありがとうございます」


「お礼を言うのは私の方よ。とても良い商談だったわ」


 隣に座る女性が上品に微笑む。

 彼女はマルゴー商会の会頭で、父の学院時代の友人だという。


「でも驚いたわ。クレマンに娘がいたなんて」


「養女なんです。父は聖騎士を辞めたあと、孤児だった私を引き取ってくれました」


「そうだったの……でも、やっぱり似ているわね。可憐なお嬢様かと思ったら、お供もつけずに商会に現れて、不動産や宝飾の売却査定をずらりと依頼する大胆さなんて、そっくり。でも、本当に全部手放すの?」


「ええ。あれは父が残してくれた遺産を、夫が勝手に購入したものですから」


「……酷い話ね」


 思わず苦笑する。


 この『スミレに誓う禁断の愛』の展開も酷いものだった。

 そもそも、タイトルからして地雷臭しかしない。


『純粋な田舎娘ステラが聖女となり、イケメンの魔術師と崩れる大聖堂から逃げて結ばれる』


 一見、ありがちなラブストーリー。

 だけど、ヒロインの行動には違和感しかなかった。


 聖女ステラは教会の規律を破って街に出て恋に溺れ、逢瀬を重ねた。

 大聖女の啓示で不貞の罪が露見しかけると、罰を恐れて脱走。


(……ツッコミどころ満載なんですけど)


 それにステラの護衛である聖騎士、ラウルド。

 彼は地位を失うのを恐れ、ステラの逢瀬を手助けしていた。


 結果、ステラは身ごもる。

 ラウルドは自分の不正を隠すために極秘出産まで計画し、妻に手伝わせた。


 ステラが死んだらお前のせいだ――そう脅すように命じられ、何も知らないアルージュは必死だった。


 その後、子の存在が教会に露見しかけると、ラウルドは「ステラの隠し子を匿え」とアルージュに命じた。

 すべては彼自身の保身のため。


(ほんと、良いのは見た目(パッケージ)だけで、中身がイマイチなやつだ。ま、あんな男は半額シールが貼ってあってもお断りだけど)


 おや? 庶民(ぜんせ)の倹約根性まで蘇ってきた。


 堅実な養父が遺してくれた財産を取り戻せば、当面は十分やっていけるだろう。


「邸を売ったあと、アルージュはどうするの?」


「ちょうど友人から連絡があったので、お世話になる予定です」


「良かった。あなたを思ってくれる人なのね。でも、私にも遠慮せず頼っていいのよ?」


「では、夫の購入した品に不審な点があったら――容赦なく調べてください」


 マルゴー様は声を上げて笑った。


「あなたって、本当に面白いわね。でも……『悪喰』って本当なの? 隣にいても何も感じないわ」


 私はつばの広い帽子を被り、赤髪を隠していた。

 学院時代に学んだ通り、そうする方が都合がいい。

 でも、彼女は恐れる素ぶりもない。


「悪喰が『人の魂ごと魔力を奪う』というのは誤解です。魔力を減らすことはできますけどね、こんな風に」


 マルゴー様の肩に指先で触れる。淀んだ魔力をわずかに吸うと、彼女は目を瞬かせた。


「えっ……」


「肩こり、楽になりましたか?」


「……アルージュ、あなたすごいわ! なにをしても治らなかったのに、この一瞬で良くなったわ!」


「よかったです。それに、普段は悪喰を抑える訓練をしています」


「それを肝心の夫が理解せず、人前に出るなと邸に閉じ込めるなんて……どうしようもないわね」


 私は静かに笑みを浮かべ、窓の外に目をやった。

 こうして邸も、宝飾も、報われない愛も――私は夫に搾取されていたもの、すべてを手放した。


 ◇


 三日後。


 売却した以前の自邸の窓から見下ろすと、荷馬車が次々と出ていく。

 帰らぬ夫を待ち続けた場所から家財が運び出されるたび、胸が軽くなるようだった。

 ほぼ空になった寝室の外――廊下から騒々しい足音が近づいてくる。



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