18 ラボラの謎
◇
ラボラの工房は、田園地帯をさらに奥へ奥へと進んだ先。
林に囲まれた、ひっそりと静かな場所にあった。
馬車の窓を開けて風を受けていると、つばの広い帽子が飛んで足元に落ちる。
拾ってかぶり直すと、畑にいた農民たちがこちらを見て立ちすくんでいた。
赤髪に驚いたようだ。
街から離れた地域ではまだ、「悪喰は魂を喰う災厄」と噂されているのかもしれない。
やがて林の奥に、重厚な門が見えてきた。
高い塀に囲まれたその工房は、まるで小さな砦のようだ。
婚約者のノウジョアンが、どれだけラボラを大切にしているのかが伝わってくる。
工房のそばに着き、私は公爵家の紋章が入っていない馬車を降りた。
侍女は連れてこなかった。護衛たちにも少し離れて待機してもらっている。
ラボラは人付き合いが苦手だというし、怖がらせたくなかった。
その時、工房の奥からドオォーンと爆発音が響き、空に黒煙がもくもくと立ち上る。
(……噂通りの歓迎ね)
私は深呼吸をして、門の呼び鈴を鳴らした。
すぐに門番が顔を出す。
「先日お手紙を送った“アル”です。『過労で体を壊した人たちの負担を軽減するために、魔道具を作りたい』と、ご相談した者です」
「お待ちしておりました」
ラボラは「すぐ会いたい」と返事をくれたのだから、人助けへの情熱は本物だ。
ただ、私の本名や公爵のことは伏せておいた。
ノウジョアンの話では、その名を出すとラボラは途端に黙り込んでしまうらしい。
彼女の婚約者であるノウジョアンが、公爵や私を褒めすぎるから、少しヤキモチ焼いているのかもしれない。
侍女たちの恋バナでもよく聞く話だ。
(私の正体を知れば、きっと話もできない。でも私の依頼する魔道具で過労の人が助かると知れば、ラボラは協力してくれるはず)
「アルさんをお待ちしていました、ラボラです」
門の奥から現れたのは、二十歳前後の女性だった。
茶色のボブに質素なワンピース、上から白衣を羽織っている。
無表情で、しかし無駄のない動きで私と向かい合い、きれいに一礼した。
「危険確認のため、持参品を拝見します。可燃・腐食・暴発、この三点だけは先に申告を」
(切り込み早っ)
職人気質って、こういうことなのだろうか。
でもおかげで、名前がバレる前に話を進められそうだ。
私は鞄からハンドミキサーを取り出した。
その瞬間、ラボラの瞳がきらりと輝く。
エトワールが野生のリスを見つけたときと同じ表情をしている。
「確認しました。では中へ――」
「待て、悪喰いっ!」
ドスの利いた声が飛んできた。
振り返ると、さっき赤髪を見て驚いていた農民たちが、物々しい顔つきでこちらに突進してくる。
(え、なに……小規模一揆?)
せめてデモ行進くらいの強度でお願いしたい。
少し離れたところに待機していた護衛がすぐ前に出て、剣を抜いた。
「近づくな! この方はリュノール・ロブロフォン公爵閣下の妻、アルージュ様だ!」
その言葉に、ラボラははっと私を見た。
――あ、バレた。彼女が名を聞いたら黙ってしまう、公爵の妻だって。
「悪喰は夫を滅ぼした!」
「幼子をさらって食べた!」
農民たちは祟りを払うように、胸の前で十字を切る。
大きな街では「悪喰は危険じゃない」と理解してもらえることも増えてきたけど、辺境ではまだ、尾ひれどころか背びれまでついた噂が生きているらしい。
護衛が立ちはだかっても、農具を構えた男たちは土埃を立てて突進してくる。
そのとき、鋭い声が響いた。
「アルージュ様に無礼な!!」
驚いて振り返ると、重厚な門ががらりと開く。
奥から現れたのはラボラだった。
(なにか腕に引きずっている……長い蛇? じゃない!)
それはまるで、象ほどの大きさもある掃除機のようだった。
――ブオオオオオッ!!
「「「ヒイイイッ!!」」」
轟音とともに、男たちの情けない悲鳴が飛び交う。
砂埃もろとも吸い込まれていく光景は、まるで収穫期の麦束のようだった。
ラボラはリモコンをポケットにしまい、平然と告げた。
「暴れても無駄です。吸引率百パーセントなので」
(……吸引率って。いや、確かにすごいけど!)
男たちが詰まった掃除機は、ラボラの警備兵によってずるずると引きずられ、騎士団へと連行されていった。
「今のも、魔道具ですか?」
「人まで吸ってしまう、失敗作です」
「でも、今回は助かりました」
そう言うと、ラボラは息を呑み、わずかに頬を赤らめた。
「い、いえ。アルージュ様には到底及びません。『こたつ』という魔道具をご考案されて、ご夫婦で使われているそうですね」
「ええ。こたつはエト……息子のものです。私と旦那様はお呼ばれしています」
「っ……!」
ラボラは目を見開いて、白衣の裾をギュッと握った。
(え、なに? 名前を聞いたら無言で拒否されると思ったのに。想像と反応が違いすぎるわ)
こたつのことを知ってるのは、魔道具が好きだからだろうか。
「ラボラ様、助けてくださってありがとうございました」
そう微笑みかける。
ラボラはなにか言いかけるように、何度も口を開いては閉じた。
そして目を逸らしながら、そっけなく言う。
「……どうぞ」
歩き出すラボラの背中を追いながら、私は工房へと足を踏み入れた。
ノウジョアンからは、「公爵夫妻の話題を避けている」と聞いていたから、ちょっと嫉妬しているのかと思っていたけれど……
彼女は私について、やけに詳しい。
こんな辺鄙な場所に住んでいるのに、悪喰を誤解していないし、それどころかすごく怒ってくれた。
(もしかして本当は、私のこと嫌ってない?)




