13 意外な客
「公爵夫人が考案したスイーツ、大評判のようですな。ぜひ一度お目にかかりたいと思っていたんですよ」
「アクトゥ様にそう言っていただけるなんて、光栄です」
公爵邸の応接間で私と向き合うのは、小太りの男性。
この人は公爵領で唯一のスイーツ店のオーナー、アクトゥ氏だ。
私の背後には執事長、扉の前には従者が控えている。
(お店にはずっと行ってみたいと思っていたけど、あちらから訪ねてくるなんて! どんなスイーツがあるんだろう?)
あんこと洋菓子のコラボとか美味しそう。
考えるだけでワクワクする。
「アクトゥ様のお店では、どんなスイーツが人気なんですか?」
「そんなの知りませんよ! ワシはオーナーですから、全部下々の者にやらせています! 菓子なんて、砂糖をぶち込めばいいんでしょう?」
「……」
(この人……オーナーなのよね? 自分の店の看板商品すらわからないみたいだし、従業員に丸投げってこと?)
公爵領の甘味文化が心配になってくる。
「……それで、本日のご訪問は?」
「我がスイーツ店の未来のために、公爵夫人に“レシピと原材料”の契約をしていただきたいのです」
それを聞いて、少しホッとする。
調味料のように、甘味もパティシエと共同開発できるなら良い話だ。
「こちらが契約書です」
差し出された書類に目を通す。
(うん。よくある内容みたい。あれ、でも……)
最後の行から妙な魔力を感じた。
指先に悪喰の力を集めて軽く触れると、ピリッと反応が走る。
「……『レシピと小豆をすべて、永続的に無償提供する』って、どういうことですか?」
静かに聞くと、オーナーの表情が引きつった。
「な、なんのことですかな?」
「この契約書、魔力で細工されていますね」
私が目には見えない文字を指し示すと、控えていた執事長が低い声で言う。
「まさか、魔力を注げば文字が浮かび上がる筆記魔術……!? 奥様が魔力を持たないと知って、詐欺まがいの細工を?」
「なっ……な、なんだと!? 使用人のくせに、客人を侮辱する気か!」
オーナーは顔を真っ赤にしてわめき散らす。
小物の悪党って、どうしてこうわかりやすいんだろう。
「アクトゥ様。この内容では契約はできません」
「ふざけるなっ!」
そう怒鳴られたけど、はいそうですかとサインするつもりはない。
「それに小豆は、私の息子エトワールの財産です。提携を望むなら、彼とも正式に契約を結んでください」
「ガキに財産? 笑わせるな!」
執事長がすっと扉へ手を向け、従者が扉を開いた。
「アクトゥ様。これ以上は公爵夫人に対する無礼です。どうぞお引き取りを」
「使用人ごときに客を追い出す権利などあるか! おい、バカ女! さっさとサインしろ!」
オーナーは逆上し、私の手首を乱暴に掴んだ。
「痛っ」
「いいから書け!」
「「「奥様っ!!」」」
執事長と従者が駆け寄り、さらにメイドまで飛び込んでくる。
応接間の空気が一気に張り詰める。
(なにか、なにかいい方法は……あっ、そうだ。あれを……!)
私が空いている片手をポケットに入れた、その瞬間。
「俺の妻に、なにをしている?」
開け放たれた扉の前に、無駄のない所作で現れた長身の影。
鋭い眼差しの公爵が立っていた。




