9 元聖騎士の行く先
◆ ◆ ◆
深夜、俺は大聖堂に連行されていた。
荘厳な側廊には鎧をまとった聖騎士たちが並んでいる。
無言の視線が皮膚を突き刺すように痛い。
正面の祭壇前には大司教がいる。
白と金糸のローブの神々しい輝きが、今の俺には処刑人の装束にしか見えなかった。
「聖騎士――ラウルド・ロンブル。神獣の御名のもとに答えよ」
大司教の声が天井の高みに反響する。
六十を超えてなお、その厳格な気迫に一切の衰えはない。
「先日、聖女ステラが馬車事故で亡くなった。彼女が身につけていた町娘風の衣装……マルゴー商会の記録によれば、あなたの元妻の財産で購入されたものと一致している。間違いないか?」
心臓が跳ね上がる。
(まさか、金の流れが追われていたのか……!? アルージュからクリスタルローズは取り戻したというのに……)
返答に詰まる俺を、大司教の鋭い視線が射抜く。
「事実であれば、聖女を守るべき聖騎士が、彼女の抜け出しを助長したことになる」
「げ、猊下、私は無実です! あれは当時の妻が! 悪喰が、俺を操り……!」
「悪喰にそのような力はない」
燭台の灯が一斉に揺らめき、奥の闇から黒衣の影が現れた。
「俺の調査で、それは証明済みだ」
闇よりも深い黒髪に、月のような黄金の瞳。
(ま、まさか! 帝国随一の魔術師、リュノール・ロブロフォン公爵!?)
殺気のような威圧感に、全身から冷や汗が噴き出す。
視線を合わせることすらできず、俺は膝をついた。
(だが……俺がステラの護衛を怠り、大聖堂を抜け出させたという確たる証拠は、まだ出ていない)
「さらに――」
大司教は冷たい声で書類をめくる。
「あなたの妻が売り払った邸の近くに住む産婆が証言している。紫髪の赤子の出産を手伝い、紫髪の男から口止め料を受け取った、と」
鋭い視線は俺の紫髪を見ていた。
俺は絶叫し、髪を両手で隠したい衝動に駆られる。
「また、マルゴー商会が買い取った家財の中から、聖女が誰かに宛てた恋文が複数見つかった」
息が詰まり、拳が震えた。
(……アルージュ! まさか、それを知っていて売ったのか!?)
「文中に名は記されていないが、相手は紫髪の男だと読める」
ざわめきが広がる。
聖騎士たちの視線が疑念から確信へ、そして蔑みへと変わっていく。
「ラウルド・ロンブル。あなたの護衛中に聖女ステラは大聖堂から抜け出した。さらに聖女の不調を偽り、療養の名目で密かに出産を助けた。そして聖女の不義の相手は――」
「兄だ!!」
死に物狂いで叫んだ。
「俺じゃない! マナの聖水を飲んで侯爵家に絶縁された兄、コルヴォンの子だ! 俺は聖女の逢瀬を手伝っただけで!」
その瞬間、空気が凍りついた。
我に返ったときは、口元を押さえていた。
その仕草が、致命的な自白になるというのに。
「聖女の逢瀬を、手伝っただと?」
大司教の低い声が、怒りを孕んで響く。
胸の奥が締め付けられた。
「己の重罪を認めるのか」
「ちっ、違う! 今のは……アルージュが俺を操って――」
バンッ!
祭壇を叩く音が大聖堂内に響き渡り、ステンドグラスが震える。
「恥を知れ! 妻を愚弄し己の保身に走るとは、貴様の剣は穢れておる!!」
「猊下! 俺は、俺は聖騎士として……!」
俺は叫びながら、夢中で大司教に駆け寄ろうとする。
しかし、かつての仲間に床へ押さえつけられた。
「聖なる盾を持つ誇りを捨てた、ラウルド・ロンブル! お前は聖女の護衛を怠った。よって聖騎士の身分を剥奪し、罰金を命じる。さらなる余罪を明らかするため、監獄にて取り調べを行う」
聖騎士たちによって、かつてアルージュを閉じ込めた俺は鎖に繋がれたまま、自由を奪われていく。
夜の帝都は、闇そのものだった。
鎖の音が鳴るたび、大聖堂の灯りが遠のく。
俺の歩む先に、光はもうなかった。




