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No.28「硝子のオルゴール(2)」

 テルルは雅屋と名乗った女性を前に、しばらくの間硬直したが、瞬時に冷静な思考を取り戻して、その手に持ってきたオルゴールをテーブルに置いた。


「・・・あっ、ごめんなさい、勝手に触っちゃって。」


「いえ、構いませんよ。ここにあるオルゴールは全て私が製作したものです。それに、貴女がそれに触れたという事は、そのオルゴールが貴女を選んだという事ですから。」


「?」


「当館のオルゴールは少し特殊でして、製作者の私以外の方が触れて、初めて作品が完成するんです。」


「えっと、えっと。」


 そこでテルルの頭は混乱し始め、その慌てふためく様子を見つめる女性は愉快そうに笑う。


「ふふ、少し難しい話でしたね。それよりも、そのオルゴール、如何でした?」


「・・・このオルゴール、とても綺麗で、美しくて、でも、どうしてだろう。私、この音を聞いていると、涙が、止まら、なくて。」


「やはり寂しいのですか?」


「えっ。」


 その時、テルルは心臓の音が不自然に跳ね上がるのを感じた。それは女性に自身の胸の内を言い当てられたことよりも、それを覗き込まれたような彼女の視線に、見透かされた気がしたから。


「当館には様々な事情を持ったお客様しか訪れないものですから。それは偶然にしても、必然にしても。これらのオルゴールもその想いに合わせて存在しています。」


「・・・っ。」


「貴女が手に取ったそのオルゴール、それは"夜の鐘"という作品でして、それに触れた者の内包する未来によって、奏でる音が変わるんです。」


 そして女性はそのオルゴールを愛おしそうに見つめながら、そっと優しく触れた。


「未来で、音が、変わる?」


「えぇ。その音色はその人が歩んできた人生を、歩むべき未来を投影します。そして貴女が奏でた音は、それはもう奇妙なほどに、とても辛くて、とても哀しいものでした。」


「・・・」


「透き通った音の中に混ざり合った愛と憎悪、そこに深く絡み合う本能的な欲求と人としての理性、ひどく壮絶な経験をされたのですね。」


 それから女性はオルゴールから少女に視線を移し、その沈黙する姿をどこか不憫そうに見つめた。


「・・・それなりに、かな。でも、今はもう、乗り越えていますから。」


 少女はその同情と哀れみを受け入れながらも、マジシャンとしての矜持すら疑われないように、ポーカーフェイスの笑みを取り繕った。


「そうですか。でしたら、お気をつけて下さい。」


「?」


 しかし女性は少し不安そうな表情を浮かべ、どこか慎重に言葉を選ぶようにしながら、少女の無垢な瞳を見つめ続けた。


「これはしがないオルゴール職人としての意見ですが、その歪な関係と不安定な在り方、それは遠くない未来、きっと貴女は大きな選択を迫られます。」


「・・・どうして、そんな事。」


「全ては貴女の奏でた音が教えてくれます。私はオルゴール職人ですから。可愛らしい西洋の奇術師さん。」


「───っ!」


 その瞬間、テルルは僅かに身構えながら後退りして、つい反射的に警戒心を高めたが、女性はその行動すらも見越したように小さく微笑むだけだった。


「・・・その時、私は、どうすれば?」


「さぁ、そこまでは。私は呪いには詳しくありません。」


「・・・っ。」


 少女はまたしても心臓が跳ね上がる。それだけは誰にも侵されていない、二人だけの繋がりだったから。


「ふふ、すみません。少し揶揄いました。・・・ですが、私から言える事はただ一つ。その選択の際に、貴女が心からの答えを導き出せた時こそが、きっと本当の自由を得られる瞬間だと思いますよ。」


「・・・心からの、答え?」


「はい。ですが、まぁ、お客様はまだお若くて可愛らしいのですから、あまり深く考えないで、軽い冗談として記憶の片隅にでも置いといて下さい。あ、これはお節介な大人としての意見です。」


「───ふふ、そうだね。そうします。」


 その時、ようやく少女は朗らかに微笑んだ。その女性の砕けた態度に気が緩んだせいもあるが、何よりも可愛いと褒められたことで、単純に舞い上がってしまったのだ。




「───それじゃあ、どうも。お邪魔しました。」


「いえいえ、ありがとうございました。貴女たちの未来が照らされることを、祈っております。」


 それからテルルが店を去る時、最後に女性は深々とお辞儀をした。その振る舞いは美しく洗練されており、まるで精密な機械のような動作だった。


 そして少女は独り浜辺を歩いていた。ただ何も考え時に、何も思わずに、波打つ音に、耳を澄ませながら。あの白い空間にいた女性の言葉を、あのオルゴールの音を思い出しながら。








 それから数時間が経過し、テルルは仲間たちと合流して空港にいた。


「───どうしたテルル、何かあったか?」


「ん? 別に。」


 それは少女自身も気付かぬうちに思い詰めた表情をしていたのだろうか、それとも彼女が珍しく黄昏ていたからなのか、少年は少しだけ心配そうに声をかける。


「・・・そうか。そういえば、今まで何処で何してたんだ?」


「え!?」


「・・・いや、まぁ何となくは分かるけどさ。何でそんな驚いた。」


 少女が明らかに動揺した反応を見せたせいで、少年の心配はさらに加速して不安へと昇華し、その顔をより一層厳しくさせた。


「あ、そうだよね。私ったら。あはは。」


 その一方で少女は壊れた玩具のように笑っている。ただ何事もなかったように、その胸に突き刺さった言葉を悟られるように、それを無感情で押し潰す。


「お前、本当に大丈夫か。」


「大丈夫、大丈夫。あ、ちょっと海に行っただけ〜。」


「海好きだな。」


「うん、大好き!」


「・・・はぁ。大丈夫かよ。」


 それは意図的なのか、無意識なのか、どちらにせよ、少女の頭と心は空っぽだった。ゆえに少年は彼女の思考と感情がうまく読めずに、その不気味さを本心から心配するのだった。







「───うぁ!?」

「───え。」


 そしてジェードとテルルが空港のターミナルを歩いていた時、その予期せぬ瞬間は唐突にやって来た。少女は横から向かってきた小さな物体と軽く衝突して姿勢を崩したのだ。


「おい、何してんだテルル。」


「痛たた、ちょっと、人とぶつかって。あ、ごめん、君、大丈夫?」


 それは日本人の小さな少年だった。年齢はおそらく七歳前後、その黒い髪には寝癖がついていて、幼くも凛々しい顔立ちは、剣士の卵のようだった。


「・・・っ。」


「あ、えっと、お父さんとか、お母さんは?」


「・・・」


 その少女の問いに、小さな少年は目を丸くして黙り込んだ。それこそまさに、何言ってんだこいつ、と言いたげな表情をして。


「あー分かんないかな。ごめんね。ほら、立てる?」


「───っ。」


 この状況を瞬時に把握した少女は、その子どもの手を優しく引いて、彼を静かに立ち上がらせる。


「うーん、迷子かな。どうしようジェード。」


「そうだな、とりあえず───」


 彼らはターミナルの中を見渡すが、この周囲に子を探す親らしい存在は見当たらない。ゆえに二人が困ったように立ち尽くしていると。


「あ、父さん!」


「え。」

「あ。」


 その小さな少年は急に叫びながら走り出し、その場で唖然とする奇術師たちを置き去りにした。しかし彼が父親と思わしき人影に辿り着いたことで、少年と少女はお互いの顔を見つめ合いながら、気の抜けた笑みをこぼすのだった。


「えっと、まぁ、一件落着かな。」


「まったく、気をつけろよ。」


「ふふ、ごめんごめん。あ、マックスたちが呼んでるよ。」


「そうだな、はやく行こうか。」


「うん。」


 そしてジェードとテルルも共に歩き出す。それは行き交う人の数が多い空港のターミナルの中でも、ガラス張りの天井から光の差し込み、その場所で騒ぎ立てて一際目立っている仲間のもとへ。













「───父さん!」


「───蓮。」


 それから幼き少年は親との再会を果たした。その小さな背中を外国人の少年と少女に見送られながら。その父親らしき存在に自分の名を呼ばれたことで、少年は彼が本物の肉親であることを認識して歩み寄る。


「勝手に離れるんじゃない。母さんたち、心配してたぞ。」


「ごめんなさい。」


「ほら、行くぞ。」


「うん。」


 そして幼き日の少年は父親の手を取りながら、ゆっくりと歩き始める。その大きな手の温もりを感じながら、必死に大人の歩幅に合わせて。

 

 その小さき存在、幼き日の江古田蓮(えこだれん)が、光る運命と共に、あの少女と出会うのは、もう少し先の未来のことだ。


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