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No.25「ギャング再び」

 それからお互いの姿を見つめ合う男と少女。賑やかな夜の飲屋街の脇道に、不自然な静寂の時が流れる。


「お、俺を、覚えていない、だと!?」


「うん、本当にごめん。誰だっけ?」


「くっ、ほらっ、俺だよ俺! お前の胸に傷を負わせた! ヨーロッパで一番のギャング!」


「・・・」


「え、嘘でしょ、本当にワカラナイ?」


「ちょっと待って、今頑張ってるから。」


「あっ、はい。」


 それから思い詰めた表情で、朧げな記憶を辿る少女。その懸命な姿を前に、慌てふためいていた白スーツの男は大人しく姿勢を正す。そして少女はその頭の中で今回の旅の動向を遡る。


(うーん。こんな人いたっけな。ヨーロッパのギャングって。うーん、あの辺は滞在してること多いし。お客さんの顔なら忘れないんだけどなー。えーと、直近はアジア、その前は中東、その前はイタリア、その前は、、、。)


「───あっ! パリのっ、ロッザクラブの!」


「そう、それ!!」


 そう、それは数ヶ月前のこと。店があるフランスのパリ。そこで不当な金貸し集団から親子を救った時に対峙した白スーツの男だ。すっかり少女の記憶の中から忘れられていた彼は嬉しそうに一方的な再会を喜んだ。


「あー、いたね、こんな人。」


「くそっ、相変わらず無礼なガキだ!」


「ごめんごめん、印象薄くて、あはは。」


「なっ、こんな目立つ白スーツを忘れるか!? これだからマジシャンというものは。」


「あはは。」


 男は憤慨して真っ白なスーツを見せつけるが、対する少女は苦笑いをつくるだけ。もはや惨めさを通り越して可哀想である。


「それで、欧州の小悪党が、こんな東の果てまで何の用事? あと私、はやく財布泥棒を追いたいんだけど。」


「ふん、あれは俺が意図的に盗ませたのよ。」


「?」


「間抜けな奴らだな。俺はお前らがこの国に入国した時から既にマークしていたのさ! こんな地に左遷された俺たちとしても偶然の遭遇ではあったが、しかしこの機を逃すまいと、綿密な計画のもと、お前を誘き寄せたのだ!」


「ふーん、要は意趣返しか。たった一人で?」


「そうさ、こう見えて根に持つタイプでね。」


「うん、見たまんまだね。」


「・・・・・・まぁいい、俺の仲間は近場に待機させてある。あいつらの出番はお前を潰した後だ。」


「へぇ。」


「そうだ、自己紹介が遅れたな、俺の名は───」


「ふんっ!」


「危っ!」


 ようやく白スーツの男が名乗ろうとした時、テルルは男の顎をめがけて容赦なく拳を振るった。


「あ、外した。」


「何をする小娘!?」


 男は間一髪のところで少女の拳を回避し、その蛮行を前に再び憤慨する。しかし少女の表情は変わらずに、むしろ挑発的な不敵な笑みを浮かべる。


「わざわざ名乗らなくてもいいよ。どうせ忘れるし。」


「くっ、ならば今度こそ死んでゆけ!」


「ふふっ、それはどうかな!」


 声を荒げる男は胸元から黒い凶器を取り出して、その銃口をテルルに向ける。その動作を見る前から少女はその手に小さな宝石を持ち、自信たっぷりな笑顔をつくりながら、白スーツの男との再戦を開始した。






「くそっ、やはり当たらん!?」


「それ、この国じゃ銃刀法違反だよ!」


「うるさい! まったく何なんだお前は!?」


「だからマジシャンだって───っと!」


 そして唐突に始まった飲屋街の狭い脇道で戦いは、やはり少女が優勢であった。男の細かい予備動作から次の行動を読み切って、建物の屋根から屋根に飛び移り、正確に発砲された銃弾を避ける。それからテルルは小さな宝石に力を込めて、それを弾丸のように発射、次々と狙いを定めながら、照準を合わせて行く。


「───ちっ。」


 その精密になっていく射撃に白スーツの男は冷や汗をかき始める。自身の自慢のスーツが貫通されるのはまだ良いが、もう少ししたら己の胴体にも同じような穴が生まれそうで、気が気でなかった。


「───っ。」


 その時、一発の銃弾が少女の頬を僅かにかすめる。男もただ警察に捕まっていた訳ではないのだ。彼も彼なりに少女への捻じ曲がった想いを込めて、この場所での衝突を選んだのだから。ゆえに彼の心が簡単に揺らぐ事などない。


 そして、その綿密に用意された覚悟が功をなすのは、ある種の必然でもある。


「───あっ!」


 少女は咄嗟に声を漏らしてしまった。手持ちの宝石のストックを使い果たしてしまったのだ。他の予備の石は居酒屋に置いたまま。あの店を突発的に飛び出してきたのが運の尽きだった。


「ははっ!」


 それを男は予測して見抜いていた。少女の謎の力には、必ず宝石が必要であることを。その活発な性格上、ふいに襲い掛かれば、すぐに追いかけてくることを。


「残念だったなっ!」


 そこで男は勝利の笑みをこぼしながら、その胸元からもう一丁の銃を取り出し、両手に鉄砲を構えて、何の躊躇いもなく一斉に発砲した。彼は多少の傷では少女が止まらないことを熟知しているのである。


「───っ!」


「ほら、ほら、ほらっ!!」


 男は愉快そうに銃を乱射する。少女は素早く屋根の上を走り続けるも、その表情は固く苦しい。その身には容赦なく襲いくる銃弾、刻々と増えていく傷、流血し痛む身体。序盤の優勢から一転して苦戦を強いられるマジシャン。


「くっ!」


「───ヨシッ!」


 そしてついに少女の足は止まる。その隙を男は逃さずに追撃をかける。テルルの目の前には降り注ぐ銃弾の雨。その手に宝石なき今、彼女がそれを避けることも防ぐことも叶わない。しかしそれを生身で受ければ、確実に重症となって行動不能に陥るのは必須。まさに絶体絶命の刹那であり、男は勝利を確信しながら引き金を引き続けた。


 しかし少女の表情に焦りは一切なかった。その一瞬の間を冷静に見つめながら、少女はどこか諦めたように苦渋の決断を下す。


「───っ。」


「なっ!?」


 その瞬間、テルルは自身の後ろ髪を数センチほど切断し、それらを空中にばら撒く。その拡散された茶色の毛髪は、少女が力を込めたことで眩い光を帯び始め、その輝きが少女を守るように膜を作り出し、全ての銃弾を弾き飛ばした。


「責任、取ってもらうよ!」


「なん、だとっ!?」


 そしてテルルは残りの切断した髪を手に握りしめ、それを男までの直線上に解き放って、輝く光を閃光のように伝達させた。その光は空間を歪めながらも突き進み、その先にいた白スーツの男は抵抗虚しく、大通りの方まで空高く吹き飛ばされた。


「───ふぅ。」


 その様子を見下ろしながら、地上に降り立った少女は咄嗟に切断した後ろ髪に触れて、軽くため息を吐く。それは彼女としても、あまり取りたくない選択肢の一つだったのだ。


 白スーツの男は彼女の魔法は宝石だけを媒介としていると勘違いしていたが、実際のところは全く異なる。その本質としては、彼女の魔法の素質はジェードよりも強大なもので、媒介がないと必ず暴発させてしまうほどなのだ。テルルは宝石を触媒としても使用もするが、本来の目的は威力過多の魔法を安定させるため。それに最適な条件なのが、彼女の思い入れの強いものであり、それが宝石だろうが、自身の髪だろうが関係ないのだ。


 しかし彼女にとって、どちらの存在も失うには大きいもので、宝石は安物でも代用は効くが、髪の方は呪いの影響で成長が著しく阻害されている為、本人的にはあまり消費したくないのだ。


「・・・ぐっ、そ、。」


「───さて、どうしてやろうかな。」


 ゆえに少しだけ寂しさと怒りを感じる彼女が向かう先は、道の真ん中で吹き飛んだ男のもとだ。ソイツをどんな目に合わせてやるかと想像を膨らませて、テルルは思わず悪魔的な笑みを浮かべてしまう。


「───!?」


「ははっ、またまた良いタイミングだ!」


 しかし少女は警戒しながらその場に立ち止まった。その瞬間、男の仲間と思わしき集団が、黒塗りの車を走らせてきたのだ。


「これで終わりだっ、マジシャン!」


「───くっ!」


 そして唐突に乱入してきたスーツの男たちは銃を構え、たった一人の丸腰の少女に狙いを定めた。


「撃て!!」


「ちっ!」


 おぼつかない足取りで車に乗り込んだ白スーツの男の合図と共に、一斉に解き放たれる弾丸。その無数の小さな鉄の弾を前に、テルルは舌打ちして悔しそうにしながらも、迷いなく自身の茶髪に触れた。その時だった。


「───っ!」


「なんだ!? くそっ、おいっ、またかよ!」


 その瞬間、少女に放たれた弾丸は勢いよく燃焼して、その全てが真っ赤な炎に包まれて、一瞬のうちに焼失した。その嫌な既視感を覚えていた白スーツの男は悪態を吐くが、その炎の中から現れたのは、セイコの運転するBMW 4シリーズ カブリオレと、その後部座席に乗ったジェードだった。


「───乗れっ、テルル!」


「───うん!」


 やはり現れた少年は手を伸ばして、少女の名を叫ぶ。その車ごと持ってきた少年の派手な登場に、テルルは驚いて目を見開きながらも、その手を迷いなく掴み取るのだった。

 そしてお互いの車に乗り込んだ両者は大きな排気音を響かせながら、東京の夜を走り出す。こうして遠き東の地で、西洋のマジシャンとギャングのカーチェイスは幕を開ける。


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