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No.24「極東の都市」

 2010年代、日本、東京。


 果てしない砂漠での旅を終え、中東から空路で移動した国境なき奇術団。そして彼らはアジア各地を転々としながらも、その行く先々でマジックショーを敢行して、現在は大陸を越えた最果ての島である日本の中心地、東京に来ていた。


「すっごーい! 大きいビルがいっぱいだー!」


「ギャハハ、人がゴミみてぇにいる!!!!」


「本当に多いな。人も、建物も。」


「ハハ、どうだセイコ、懐かしいか?」


「マックス、私は生まれも育ちも英国よ。それと貴方たち、少し静かになさい。」


 現時刻は正午過ぎ、現在地は駅前交差点の前の広場。そこは東京の中でも特に建物が密集して、人と車の往来が激しく、その都市全体が、まるで一つの動く生き物のようだ。その体内に紛れ込んだ異国の集団である五人のマジシャンたち。彼らは周囲の人々から明らかに浮いていた。そして誰よりも浮かれていた。しかし、いくら様々な人の視線を集めようが、それでも彼らは興奮を隠そうともしない。


「おいっ! はやく飯行こーぜ!! 腹減った!!!!」


「行こう行こう!」


「どうせなら寿司食いたいな。」


「ハハ、俺はキムチが食いたいぜ!」


「それは韓国でしょう。はぁ、疲れる。」


 それは仕事の余暇として観光に訪れた為か、久方ぶりの現代的な都市に訪れたからか、彼らの嬉々とした感情は渋滞するも、それぞれ雑多な東京の街の空気を満喫していた。


 それから変わらずに騒がしくも、近場の飲食店で昼食を済ませた五人の午後は、各々自由行動となった。マックス、セイコ、ヒルデガルトの大人組は引き続き酒を求めて街を彷徨い、ジェードとテルルは一般的な東京観光に勤しむ。







 少年と少女はお互いに他愛ない会話をしながらも、寺社仏閣巡りを悠々と楽しんでいた。そんな彼らが訪れているのは、都市の中心地にありながらも、目立った参拝客も見当たらない閑散とした神社である。


「へぇ、これが神社か。悪くないな。」


「そうだね。セイコたちも来れば良かったのに。」


「ふっ、それは無理な話だろう。あぁ見えてあいつらは敬虔な信徒だからな。」


「そういうもんか〜。」


「そういうものだ。」


 その周囲を大きなビルに囲われ、明るい時間帯でも不自然なほど薄暗い境内で、2人は物珍しそうにしながら建物を眺める。


「・・・って、おい。」


「ん?」


「なに普通に祈ってるんだよ。」


「え、ダメなの?」


 少年が鳥居のそばで立ち尽くしていると、少女は真っ直ぐに社殿に駆け寄って、何の躊躇もせずに手を合わせて目を閉じた。その純粋に迷いのない行為に、ジェードは怪訝な表情を浮かべ、テルルは少し間抜けな顔で首をかしげた。


「まったく、冗談はやめろよ。神なんて信じてないだろ。」


「まぁそうだけど、別にいーじゃん。ほら、何だっけ、ご利益? くれるかもよ。」


「・・・はぁ。そんな訳ないだろう、テルル。俺たちには神なんていやしない。」


「そう? 私はいると、いや、いたら良いと思うよ。」


「なにを根拠に?」


「ふふ、だってその方が、素敵だもの。」


 少女は満面の笑みを浮かべながら、その曇りなき瞳で少年を見つめる。そこには一欠片の悪意も存在しない。少年と共に世界の混沌を見てきたからこその答え。その小さな手で超常の奇跡に触れ続け、その存在を信じずとも、否定はしない。彼女なりの希望的な願望。


「・・・」


「どうしたの?」


「ふん、何でもない。」


「?」


 しかしながら、その迷いのない純粋な想いは、共に世界に絶望して、立ち直ったはずの少年には眩しいものだった。







 そして時は流れ、東京の街は夜を迎える。各々自由行動を満喫し、陽が落ちて再度集まった5人。彼らは酒瓶を片手に楽しく騒ぎながら、人々で盛り上がり始めた飲屋街を歩き回っていた。


「おっ、外人さん、いい飲みっぷりだね! 」

「ほれっ、もっともっと!」

「すっげー!」


 仕事帰りの社会人、飲み歩く学生、酒を嗜む者たちで賑わう店内。彼らの合いの手は止まらない。その大勢の期待に応えるように、マックスやヒルデガルトは豪快に酒を呑み交わす。これこそが異文化交流なのだろうか。


「ハハッ、安くて美味くて最高だっ!」

「ギャハハハ、酒だっ、ジェード、酒もってこい!!!!」

「ぐっ、このっ、酔っ払い!」

「いいぞー、そのままジェードを絞めちまぇ!」

「ふふふ。まったく品がないのだから。」


 その騒がしい場の雰囲気に気分を高揚させ、遠い東の地で楽しく夜を過ごす奇術団。


「おいテルル、助けっ!」


「あはははっ、ジェード頑張って!」


「何言って、ぐぉぉぉぉ!!」


 それから盛大に酔っ払って暴れ回る女傭兵、その理不尽な暴力に抵抗する少年、彼と共に立ち向かう目の焦点が合っていない大男、楽しそうに見守る少女と眼鏡のマジシャン。その周囲から自然と加速する歓声と声援。彼らの夜は、まだまだ続きそうだった。









「あれ、今、俺の財布・・・あっ! あいつ、俺の財布スリやがった!」


「?」


 それは観客たちの熱狂が激しさを増した時だった。酒を顔から浴びて、大笑いしていたマックスが声を張り上げたのは。その酔っ払いの訴えと共に、少年が即座に視線を外に移すと、そこには颯爽と店から走り去る人影がいた。


「待てこら、俺が捕まえて、あ?」


「あら。」


「ギャハハ、情けないな! 私が、あ?」


「あらあら。」


 まず初めに犯人を追いかけようとしたマックスが前のめりに床に倒れ、それに続くようにヒルデガルトも勢いよく後ろに倒れる。その情けない様子を比較的酔いの浅いセイコは面白そうに眺めていた。


「はぁ、まったく。テルル!」


「うん、私たちで行くよ! 待て泥棒ー!!」


 少年と少女は惨めな仲間に呆れながらも、2人同時に相槌を済ませ、迅速に店を飛び出して人影を追いかける。彼らは奇跡を起こし、人々を欺いて楽しませるマジシャン。ゆえに通りすがりの泥棒など、彼らが許すわけがない。


「───!? 意外とはやいな!」


「───でも、私たちなら!」


 マックスの財布を手に、通行人を押し除けながら逃げ続ける犯人。その後ろ姿を正確に追い続け、2人の奇術師は息を合わせながら、光り輝く東京の街を駆け抜ける。


「あれ、どっち行った?」


「右じゃなかったか?」


「いや左だったよ!」


「いや右だろう!」


 それは飲屋街の死角の多い脇道を曲がった時、咄嗟に犯人の姿を見失い、その先の細道は左右に別れていた。そこで2人の意見も見事に別れ、さらにお互いの主張を曲げようともしない。彼らは自分の目を疑わず、お互いに譲らずに、歪み合い、睨み合う。


「もうっ、じゃあ手分けして探そう! 私が左ね!」


「おい待てっ、テルル!」


 そして僅かに静寂の時が流れた後、煮えを切らしたテルルは少年の制止を振り切って、己の道を信じて走り出す。その先に何が待ち受けているかも知らないで。


「よしっ、やっぱり左だ。絶対に捕まえるぞー!」


 それから左の脇道に進んだテルルは、その優れた動体視力で人影を捉え、その疾走を更に加速させた。


「───っ!?」


 しかし逃げ続けていた人影は道の途中で急に立ち止まり、テルルは僅かに距離を取って静止した。


「なに、諦めたの?」


 少女は財布を握りしめた泥棒に問いただすも、そこから答えは返ってこない。


「え?」


 そして次の瞬間、その道の横の路地裏からは、その泥棒と入れ替わるように、別の人影が現れる。


「───よぉ、久しぶりだな?」


「?」


「この前はどうも世話になったな。マジシャンの女。」


「・・・」


 その暗闇から這い出てきた人影は、白いスーツを着込んだ西洋人の男だった。


「あん時は本当に散々だったぜ。お前らのおかげでサツに捕まるわ、金は失うわで。」


「・・・」


 男は苦々しそうに笑いながらも、どこか嬉しそうな様子だった。


「こんな場所で会えるとは思わなかったが、受けた借りはキッチリ返すぜ。」


「・・・」


 男は大層気分が良さそうにして、黙り込む少女に話しかけ続ける。


「あぁそうそう。此間は名乗ってなかったよな、俺は───」


「ごめん、誰だっけ?」


「・・・」


「・・・」


「・・・は?」


 しかしその男は知らなかった。その少女が興味関心のないものへの記憶力が壊滅的であることを。街のギャングや裏組織の一つや二つを潰すことなど、彼女にとっては造作もない出来事であることを。

 その虚しい事実を受け止めきれず、白スーツの男は言葉を失い、ただ呆然と道の真ん中で立ち尽くすのだった。


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