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Chrono Canaan ─ クロノカナン ─  作者: 小熊猫はにわ
EP3 ─ Oasis, The Middle East
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No.23「理性的な精神」

 それから砂漠の夜は明けて、無事に眩しい朝を迎えた国境なき奇術団。昨夜の一件、人攫いのサーカス団を容易く壊滅させた彼らは、その全ての後処理を終えて、ようやく砂の大地から旅立とうとしていた。


「よし、空港までの車は手配したから問題なし。物資の調達も万全!」


「ふっ、何だか嬉しそうだなマックス。」


「そりゃ昨夜の騒ぎで街の人たちに散々感謝されたからな。こういう時は鼻が高くなるもんさ。そうだろ?」


「まぁ、それもそうか。」


 少年はマックスに同意しながら頷く。なぜなら件のサーカス団は、どうやらこの地域の住民にとっても大きな悩みの種だったらしく、それを部外者の戦闘集団が自力で破滅させてくれたのだから、彼らは感謝しても仕切れない活躍をした事になるのだ。


「それよりさジェード、ちょうどタイミング良かったよね!」


「?」


「だって次の目的地には飛行機使うんだから、車が残ってたら邪魔になってたじゃん!」


「あ。」


「おーいテルル、何言ってんだお前。なぁ、本当に反省してんのか? あの時の謝罪は嘘だったのか? 俺の愛車はいつになったら帰ってくるんだ?」


 その少女の思いがけない発言が聞き捨てならなかった大男は、己の多少の恨みも込めて、彼女に愛車の所在を問い詰める。しかしながら、そんな無駄なことをしたところで、彼の車は戻ってこない。それは無情にも砂の海に沈んだのだから。


「うん、ほんとごめん! もう二度としませんから〜。ほら、ジェードも謝ってよ!」


「───え?」


「ん? なんでジェードが謝るんだ?」


「え、だってそれは───」


「あ! テルル! この前なんか宝石欲しいって言ってたよな? しょうがない、次の場所に着いたら買ってやるよ。」


「え!? 本当!?」


「あぁ勿論だ!」


「 やったー!」


「いや、それよりジェード───」


 テルルの口が滑る前に、マックスの頭が理解する前に、その全ての道を慌てて遮るジェード。その時、これはまたタイミングが良いことに、車の業者と話していたヒルデガルトとセイコがやって来た。


「おーい!! もう出発するらしいぜー!!」

「───っ、うっさい。」

「あぁ!?」

「だから叫ぶなら離れなさい!」

「何だって!!? 」

「───ちっ。」


 やはり2人の仲は険悪な事には変わらないが、心なしかセイコの態度は普段よりも棘のないものであった。


「ふふ、セイコも元気そうで良かった。」


「そうだな。」


「あ、そうそう、結局思い出せなかったね。」


「何のことだ?」


「あのピエロの男たちの既視感の正体。」


「あぁ、それなら分かったぞ。」


「え?」


 その少年の当然のような態度に、少女が大きく驚いたのは、彼女は一晩中、あのサーカス団の正体が気になっていたのだ。むしろ少年はまだ気が付かないのか、とでも言いたげだった。


「確か四年ぐらい前か。ほら、俺たちウォーカーの爺さんに誘われてロンドンに行っただろう? その時通りすがりに人身売買の組織を一つ潰したはずだ。」


「そうだっけ?」


「・・・とにかく、昨日の奴らはその残党みたいなもんだったよ。マックスと事情聴取の時に聞いたから、たぶん確かな情報だ。」


「そっかー。でもダメだ、やっぱ全然覚えてない!」


「・・・はぁ。」


 ジェードは呆れたようにため息を吐く。たった数年前に潰した裏の組織のことなど、もう少女の記憶の中には存在せず、その片隅にも残っていなかったのだ。


「お前はもう少し、脳の容量の方を使うんだな。」


「あはは、頑張る〜。」


「───ぐっ!? だから、そういう行動を、論より拳を、控えて、だな。」


「ほら、もう出発するみたい。 早く行くよジェード!」


「・・・まったく。」


 少年は殴りつけられた腹を抱えながらも、少女の満足そうになった笑顔を見て痛みを鎮めた。


 そして奇術団はオアシスの街を出発する。そこで手配した車両の関係上、道中は二台の車で移動する事となり、一台目にマックス、ヒルデガルト、ジェード。そして二台目にはセイコ、テルルが搭乗していた。彼らは次の目的地を着々と目指していた。


「そういえばセイコ。昨日の夜更けは何してたの?」


「え?」


 車の運転は業者に任せて、後部座席に座る2人の奇術師。彼女たちは騒がしい連中を排除して、静かに楽しく談笑をしていた時、ふとテルルがセイコの顔を覗きながら疑問を投げかける。


「私がトイレに起きた時いなかったから。どこ行ってたのかなーって。」


「あぁ、そういう事。」


「? それで?」


「・・・ちょっと、過去を清算しに、いや、散歩に、かしらね。」


「?」


 その深夜の不可解な行動に首をかしげる少女。その純粋な仕草を見たセイコは苦笑しながら、視線を窓の外に向け、その時の夜更けのことを思い出していた。











「はぁ、はぁ、まだ、俺は、まだやれる!」


 その夜、2人の魔法使いに敗北し、煙幕を用いて何とか退散した瀕死のピエロは走り続けていた。その負傷した足で、ほんの少しずつでも、ただ無我夢中に全力で。男の仲間は見事に全員捕まったが、それでも彼だけは醜くも逃げ延びていた。


「───無様ね。」


「っ!?」


 だからこそ、そんな彼の前には断罪の使徒が姿を現す。その時、厚い雲の隙間から溢れた月光に照らされて、その顔を晒したのは、檻の中から飛び出して来た猛獣。その身体に張り裂けそうな殺気を漂わせ、明確な殺意を持つマジシャンだ。


「相変わらずしぶとい男。そんな状態で私から逃げ切れると思ったの? だとしたら本当に愚かね。」


「・・・はっ、お前も大概しつこい女だな、セイコ。そんなに俺のことが忘れられないのか?」


「・・・」


 そこでセイコが一瞬でも黙り込んだのを見て、ピエロの男は不気味な笑みを浮かべた。


「おい、なんだ、寂しかったのは俺だけじゃなかったのか。」


「・・・」


「なぁ、昔も言っただろう。お前のその孤独、俺には痛いほど分かる。他でもない俺だから共感できる。俺だけが理解できる。」


「・・・」


 男は情熱的にハリボテの言葉を紡ぐ一方で、その目はセイコの反応を伺いながら、その口で彼女の精神に違和感なく揺さぶりをかけ続け、ただ自然に誘導する。それはかつて男が彼女から求められた際に学び、盗み取った技法。全てはこの場から逃亡を図るために。その優しさという弱さに漬け込んで、そこに一途の望みをかけて。


「だから、今からでも俺と───」


 そこで男は気さくに笑いかけながら、かつてと同じくように、その手を優しく差し伸ばそうとするも、しかし彼に返ってきたのは予想外の言葉だった。


「そう、ずっと私は忘れられなかった。貴方を、彼らを。」


「!?」


 そしてマジシャンは沈黙を破った。それは誰にも話せなかった、自分自身にさえ偽っていた、本当の想いを打ち明けるように。それは怒りや殺意に任せた感情的な独白などではなく、己の後悔と懺悔を織り込んだ告白のように。


「どれだけ惑わされても、惨めに裏切られても、ただあてもなく世界を彷徨っても、結局私は変われなかった。」


「・・・は、なに、なに言ってんの?」


「だから、私は今ここで、その全て終わらせる。」


「おい、いいから俺の話を聞けって・・・っ、無駄だぜ! それは俺には効かな───」


「───黙りなさい。」


「・・・!?」


 その瞬間、セイコは流れるように黒い眼鏡をゆらゆらと外した。その動作の一点に相手の視線を集めながら、そこからの一挙手一投足に威圧感を混ぜ合わせ、最後に己の瞳に全ての意識を誘導させて。男が見せびらかした紛い物とは根本から違う、天性の技量による絶対的な命令を下す。


(この力は、な、なんで!?)


 ただ漠然と声を奪われた男は混乱していた。その技は彼なりに理解していた気でいた。たとえセイコがそれを使おうとも、まさか自分を従えられるとは思ってもいなかった。


「貴方は知らなかったでしょうけど、私も変わったのよ。彼らと共に旅をしたことでね。」


(くっ、そ。)


 セイコは小さく微笑みながら、過去の自分の鏡でもある男に、その成長した姿を鮮やかに魅せつける。それはまるで、華やかなマジックショーを行うように、かつて脳裏に焼き付けられた、彼らの美しい魔法のように。


「だからもう、私に貴方は必要ない。」


 今度こそ、その言葉を男にはっきりと告げる。


「───さようなら。」


 それこそが彼女にとって、最後の孤独との別れであった。













「───あ、それよりさ! 街の人たちから聞いた? あの話!」


「・・・え、何それ?」


 そしてセイコは視線を車内に戻した。その瞳には少女の幼い顔が大きく映る。それは初めて会った時から何も変わらない、いかにも純粋無垢そうな、あどけない表情。


「なんかさ、早朝の広場の方で、生きた裸の男が磔にされていたらしいよ。」


「・・・へぇ。」


「あはは、砂漠で露出狂なんて笑っちゃうよね。それにその人、何も覚えてないんだって。記憶喪失ってやつ?」


「・・・そう。」


「セイコ散歩してたんでしょ、大丈夫だった? その変態に会わなかった?」


 少女はただ本心から心配して、再びセイコの顔を覗き込む。すると今度は彼女も目を逸らさずに、真っ直ぐに向き合った。


「───えぇ、そんな人、私は知らないわ。」


 そしてマジシャンは少女の鮮やかな黄色の瞳を見つめ、小さく優しく微笑むのだった。

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