No.22「真夜中のサーカス(3)」
そしてピエロの男は砂漠の夜空に吹き飛んだ。その顔面にテルルの本気の鉄拳制裁を受けて。その瞬間だけは星の重力に逆らって、遥か上空へ。だがしかし、そんな自由は一瞬にしか過ぎず、男はすぐに地上に向かって落下した。
「───ぐっ、っ。」
ピエロは潰れた顔面を押さえながら、砂の上で悶え苦しむ。彼の取り柄の顔は複雑骨折、両手は血塗れ、両足の骨は落下の衝撃で粉砕。もはや戦闘継続能力は皆無だ。
テルルはその無様な様子を見つめた後、静かに近づいて来た少年の方に振り返って、満面の笑みを浮かべる。
「ふぅ、大勝利なのだ!」
「大勝利、じゃねえよ。マジシャンともあろう者が、あんな初歩的なトラップに引っかかりやがって。」
「あはは、あれはミスったミスった。でもジェードが助けてくれたじゃん。」
「それは・・・まぁ。」
「それより珍しいね、ジェードが風を使うなんて。」
「あれ疲れるから使わせるなよ、まったく。」
「あはは、ごめんね〜」
「・・・はぁ。」
少女は照れくさそうに笑いながら謝る。その軽薄な形ばかりの反省に、少年はため息を吐いて項垂れる。最後に苦労するのは常に少年の方なのだ。
「───さて、道化師さん。まだ命が惜しいのなら教えてよ。セイコの居場所。」
それからテルルは瀕死の男に問いかけながら無警戒に歩み寄る。もう彼女の中では戦闘は終わったのだ。
「───っ!」
しかし男の目は死んでいない。その瞳の奥にはいまだに燃えたぎるような戦意と闘志がある。そして男は歯の折れた口で不敵に微笑む。少女の無謀さを嘲笑うように。
「テルル!」
「?」
その笑みから僅かに漏れ出した男の心理を見抜いたジェードは、咄嗟にテルルの名を叫んだ。そして少女が数歩踏み出したところで立ち止まると、男は顔を歪ませながらも、その懐から小さな筒を取り出して放り投げた。それは既に発火しており、その筒は濁った煙を上げながら宙を舞う。瀕死のピエロが取り出したのは小さな爆弾だった。
「はっ、くたばれ!」
それはサーカスの仕掛け用の小規模な爆薬を、特注で改造して火薬を倍増させたもの。それを少年と少女が認識した時にはもう遅く、今にも爆発寸前だった。
「───やば!」
「伏せろ!!」
道化師の自爆覚悟の最後の悪足掻きに対して、少年は即座に地面に手を突き刺し、少女は慌てて砂の上に倒れる。そしてその時、ピエロは初めて本心から笑ったが、その勝利の愉悦は一瞬にして絶望に塗り替えられる。それは他でもない奇術師の魔法によって。
(───させない。)
ジェードは緊迫した状況を冷静に見定め、その爆弾の導火線が燃え尽きるのを止めようとする。しかし同時に、それは既に不可能であることも理解しており、少年は即座に対応を切り替える。
────!!!!!────
そしてピエロの投下した爆弾はついに爆発した。その瞬間に砂の上に広がるのは猛烈な勢いの爆炎と衝撃。それは大規模な近代兵器には劣ろうとも、たった3人の人間がいる範囲ならば、確実に吹き飛ばせるほどの威力。
「───っ。」
しかし少年は目を逸らさない。その膨れ上がる爆発を前に意識を集中させ、迅速に砂の下に魔法を伝わせる。
そして次の瞬間には、砂漠の大地の上に巨大な氷柱を出現させた。その中に全ての爆風や衝撃を閉じ込めて。
「・・・さすが、ジェード。」
テルルは砂の上に伏せて頭を押さえていたが、少年が生み出した空高く伸びる氷を見上げ、改めてその魔法に感嘆した。
「───ふぅ。」
ジェードは額に冷や汗をかきながらも、間一髪のところで被害を抑えることに成功して安堵する。それから一気に緊張が解けて、肺に溜まっていた空気を吐き出した。
「なっ・・・なんだ、これは!?」
しかし彼らとは対照的に、ピエロの男は驚愕して腰を抜かしていた。そのあり得ない現実を目の当たりにして。
確かに宙を舞う炎程度であれば、サーカスのショーなどでも頻繁に用いられる。ゆえに先ほどまでの少年の技には驚きはないが、男の目の前に広がる光景は完全に常識を覆していた。この場所はオアシスといえど、砂漠という枯れ果てた砂の大地には変わりない。それなのに、夜空の大きな月に向かって聳え立つのは、巨大な一本の氷の柱。
人間が氷など出せるはずもない。それは人が起こせる奇跡を、その奇術を、その人類の技術を明らかに超えている。だからこそ、それはまさに魔法だ。
「・・・こんな、ことが、お前は、お前たちは、一体何なんだ!?」
そして混乱を極める男を見下ろす少年と少女はお互いに目配せをしてから、静かに笑い合った。
「俺たちは───」
ジェードは少しだけ言い淀みながらも、その言葉を迷いなく口にする。
「───魔法使いさ。」
「・・・っ。」
それは普通の人間ならば、ただの冗談にしか思えない言葉。それは普遍的な現実を生きる大人ならば、決して信じずに、認めることのない存在。
しかし男はサーカスの道化師、奇しくも同業者である。ゆえにピエロは理解してしまったのだ。その言葉に嘘はないと。彼らが本物の奇跡を起こす、魔法使いであると。だからこそ、そのピエロは愉快そうに笑うのだった。
それから少しだけ時間が経過して、ジェードとテルルは寂れたホテルの裏にあるサーカス団のテントまで来ていた。それは大変ご親切なことに、ピエロの男が目眩しの煙幕を使って逃亡する前に、セイコの居場所を2人に教えたのだ。
「ほらジェード、早くして!」
「待て、焦るな!」
テルルは男から話を聞いた途端に走り出したので、ジェードは逃亡したピエロを捕える事もできず、マックスやヒルデガルトを呼び戻す事もできずに、ただ少女について行くだけで精一杯だった。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、あれ・・・」
少年が息を切らしながらも、その顔を上げて目を細めると、サーカスのテントの前にはホテルに置いて来たはずの2人がいた。
「くくっ、おいっ、ジェード、テルル、はやくこっち来い! 面白いもんが見れるぞ!」
「だはははは!!!!」
そして彼らはテントの中を何度も覗きながら、その中にある光景にマックスとヒルデガルトは爆笑していた。
「「?」」
その2人の明らかにおかしな様子に、少年と少女は目を合わせて首をかしげるも、彼らは純粋な好奇心から、そのテントの中に吸い込まれるように入っていった。
「───ぷ、あははは!」
「ふっ、はは。」
「だはははは!!!!」
「くくっ、ははは!」
それから彼らは腹を抱えながら楽しそうに笑う。なぜなら4人が爆笑しながら見つめるテントの奥には、サーカス用の猛獣の入った檻が並んでおり、その隅の檻の中には、彼らが見知っている眼鏡をかけた獣が混じっていたのだから。
「・・・っ。」
そんな楽しそうな仲間のことを、セイコは激しい殺意の籠った視線で睨みつけるも、彼らが怯えて立ち去ることなどはない。
そして砂漠の夜には高らかな笑い声が響き続ける。彼らは直前までの緊迫した戦闘のことなどは一切忘れ、ただ普通に、さらに親しい家族のように愉快そうに笑い合った。
その中で唯一笑わずに、一際険しい顔を保ち続ける眼鏡の奇術師。
(殺す殺す殺す殺す、必ず殺す、絶対に殺す、何があっても殺す───)
今回ばかりは盛大に恥をかいてしまった彼女は、その醜態の原因となった男を絶対に確殺することを決意するのだった。




