No.21「真夜中のサーカス(2)」
その砂漠の夜は静かなれど、そのオアシスに響くのは叫び声。寂れたホテルの入り口の前、待機組である少年と少女は退屈そうに、その哀れな断末魔に耳を澄ませていた。
「あはは、楽しそーだなー。」
「・・・」
暇を持て余したテルルのわざとらしい棒読みに、少年は沈黙を貫く。なぜなら彼は面倒くさいことは大嫌い。安易に少女の好奇心に応じて、今からマックスとヒルデガルトの応援に向かうなどといった、余計な手間は増やしたくないのだ。
「ちぇっ、つまんないの。」
「まぁそう言うなよ。ほら、また1人落ちてきたぞ。」
「ふふ、本当だ!」
その時、ホテルの窓からは1人、また1人と人影が飛び降りて・・・否、彼らは侵入してきた悪魔により窓から放り投げられているのだ。それはまるで作業のように、一切の慈悲なく、容赦なく。
「うーん。結局こいつらは何だったの? マフィア? カルテル?」
「まだ分からん。」
「そっか。なんか見覚えあるんだけどな。」
テルルは窓から降ってきて気絶している人間を楽しそうに指で突きながら、その顔にどこか覚えのない懐かしさをを感じていた。それをジェードは気のせいだと呟くも、その内心では彼女の既視感に同意していた。
「───っ、テルル。」
「?」
まさにその時だった。新たな乱入者がホテルにやって来たのは。
「どうもーこんばんはー。」
「「・・・」」
その間の抜けた陽気な声と殺伐とした空気を纏い、警戒する2人のもとに近づいてくるのは、ピエロに扮した1人の男。その月明かりに照らされる人影は、一歩ずつ不気味な行進と共に歩み寄ってくる。
「───止まれ。何者だ?」
「・・・ふっ、あははは。」
少年の的外れな言葉をピエロの男は愉快そうに笑い、その仮面を自然と外して化粧のない素顔を晒す。
「おもしれーな。お前たちこそ誰だよ。人様の根城を荒らしやがって。手下どもを相手に随分とまぁ、派手に暴れているようじゃねぇか。」
「なるほどな、そういうことか。」
「どゆこと?」
「・・・」
「ん?」
「・・・はぁ、つまり、そいつが親玉ってことさ。」
「え。」
察しの悪い少女は唖然として驚きながらも、少年の顔とピエロの顔を交互に見つめて、ようやく理解した。いざ目の前の男を集中して見ると、その身体からは得体の知れない殺気が漏れ出しているのだ。
「ふっ、名目上だがな。しかしそれより、お前らみたいなガキが俺たちに何の用だ?うちは人身売買専門だぜ。表向きは売れないサーカス団だがよ。」
「俺たちは、奇術師だ。」
「・・・なるほど、な。」
ピエロの男は少年のその一言だけで全てを悟った。それを彼は決して顔には出さずとも、その頭の中では冷静に現状を見極めている。
「ふっ、セイコなら俺たちが預かってる。ちょっと訳ありだがな。」
「なっ!? どこに!?」
「───落ち着けテルル。お前が揺れると俺にも響く。」
「・・・っ。」
少年はテルルの突発的な怒りを共感するもの、その無鉄砲な動きにブレーキをかけた。彼は一瞬でピエロの男が生半可な相手ではないと見抜いたのだ。
「それで、一応聞いておくが、返す気はあるのか?」
「・・・はは、そっちの頭の足りてなさそうな女はともかく、お前の方なら分かるだろう?」
「・・・」
「俺は道化師だぜ。話はそれからだ。」
そしてピエロは不気味な笑みを浮かべながら、その背中から無数の刃物を取り出し、その両手の指の隙間に差し込んだ。
「やるぞ、テルル。」
「オッケー、ジェード!」
その凶器を見せつけるような動作が合図となり、奇術師の少年と少女も即座に戦闘態勢に入る。その明らかに場慣れした彼らの反応を見て、ピエロは少し驚きながらも笑みを絶やさずに、その口を静かに開いた。
「───さぁ。」
「ジェードは右からね。」
「あぁ。」
「ショータイムだ!!」
その言葉と共に戦いの火蓋は切られ、オアシスの夜が一層深まる中、マジシャンとピエロの殺し合い、観客なしの即興サーカスが幕を開ける。
「ほらどうした! 奇術師ども!」
「───テルル! もう少し速度を落とせ!」
「うるさい、そっちが合わせてよ!」
「───っ。」
そして突如として始まった戦闘は加速し続けるも、お互いに拮抗していた。ピエロの男が投擲する刃物をジェードが炎で焼き払い、テルルがその隙を狙う。彼らは戦闘を続けながらも言い争うが、その動きとタイミングは一切の乱れなく完璧なものであり、まさに阿吽の呼吸だった。
「はっ、余裕じゃねぇか。」
一方で相対するピエロの男は楽しそうに笑い続けているが、その外面とは裏腹に、彼の冷静な思考は早くも戦いの結末を導き出し始める。そして一向に崩れない2人の呼吸を前に、男は徐々に隠せない焦りを感じていた。
「───ならよ、これはどうかな!?」
「───っ!?」
ピエロは無数のワイヤーを張り巡らせて、その軌道に沿うように刃物を運ばせる。その全方位から襲いくる凶器の動きは複雑で予測するのは困難であり、少年は咄嗟に足を止める。
「───おいっ!? テルル!」
しかし少女は止まらない。その手に色とりどりの小さな宝石を握りしめながら、瞬きもせずに真っ直ぐに突き進む。その恐れを知らずの判断に、ピエロの男と少年は驚いて目を見開くも、テルルは何にも囚われずに、飛び交う刃物の中心を駆け抜ける。
「───っ!」
少女はその身に降りかかる無数の刃物を視界で捉えるが、そこには一切の視線は向けずに、それらを加速させた宝石で弾き、ただ目の前の男に向かって走り続けた。
(───まったく、宝石馬鹿が。)
少年は心の中で相棒の冷静な脳筋さに悪態をつくも、彼女の撃ち漏らした刃物を正確に燃やし尽くして、その脅威を全て取り除いた。
(───ふっ、ありがと。)
(はっ、勘弁しろよな。)
少年と少女は声に出さずとも、その心を通わせながら、お互いの判断を細かく把握する。ゆえにテルルは少年の援護に感謝しながらも、少しだけ小さく微笑む。少女がその感情を決して口に出すことはないが、彼女は少年の正確な律儀さを信頼しているからこそ、何も気にせずに突っ走るのだ。
「なんて馬鹿な女だっ、くそっ!」
しかし彼らの内情を知らないピエロの男の瞳からは、年若い女の身でありながら突っ込んでくる少女しか映らず、その恐ろしいほどの行動力に、純粋な異常さと不気味さを感じていた。そして目の前まで迫って来た少女に、男は激しく動揺しながらも、刃物を大きく振りかざす。
「───っ。」
その大振りの一撃はテルルの目と鼻の先、彼女の顔の僅か上を通り過ぎる。少女は僅かにも瞬きをせずに刃の動きを冷静に見極め、最小限の動きだけで躱わしたのだ。
「ふっ。」
「っ!?」
しかし男は少女が回避することを予測していたのか、狡猾にも罠を張っていた。そこに理屈など存在せずに、何となくだが、男には予感があったのだ。
「あっ!」
その瞬間、砂の上に隠されていた透明なワイヤーに足を取られるテルルはマジシャンとしては恥ずべき油断をしたことに気がつく。彼女は目に見える刃物とワイヤーにだけに意識を取られ、隠されていた仕掛けを失念していたのだ。
「死ねっ!」
「───っ!」
そして即座に無慈悲にも振り下ろされる刃。少女は防御しようと宝石を構えるも、咄嗟に体勢を崩されたせいで間に合わない。
「───!? なんだっ!? 風!? 」
それでもピエロの凶器が少女に届くことはない。彼が手に強く握りしめていた刃物は、少女との隙間に吹き込んできた強烈な風によって粉々に破壊され、その両手ごと細かく切り刻まれた。
「───ぐっ!」
男は不可解な目の前の状況困惑しながら、痛みと共に後退りし、不自然な風の吹きつけた方向を見つめると、そこには仏頂面で真っ直ぐに手を伸ばすジェードがいた。
「・・・」
彼はポーカーフェイスを保ちながら沈黙を続けるが、その顔には仄かな怒りが込められていた。
それがたとえ死なぬ身体とはいえ、その少女の肌が傷つくことを、その少年は絶対に許さない。
「───チェックメイトだな。」
「?」
そして少年が不敵に微笑んで静かに呟くと、ピエロの男は瞬きも忘れて青ざめて、目の前を振り返ると。
「───あ。」
その瞳には少女の加速した拳の残像が映っていた。




