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第8話「放課後の教室で」

日が昇り続け、騒めき始める街の喧騒。

朝の稽古を終えて登校する、少し肌寒い日の朝。


「──はぁ。」


学ランを適当に着崩し、ため息を吐きながら独りで道を歩く。今朝もカナンとは軽い言い争いをして家を出た。そろそろため息魔人に進化しそうだ。


彼女の代わりに結晶を集めるにしても、まだ現れていない結晶もあり、空間の亀裂の反応があるまでは特に動きもない。

その為しばらくは黒ローブや他の勢力に対する警戒と剣の修行の日々だ。


カナンと共に戦うことは誓ったが、

学校にまで彼女を連れて歩くわけにもいかない。


日中に襲われる危険性や黄金の剣(ステラルクス)の使用時の都合上、カナンは頑なに付き添いを訴えてきたが、全力で拒否して説得することに成功した。


なぜなら屋敷は2人の拠点になるわけで、

これを留守中に潰されるわけにはいかない、

だからカナンには拠点防衛をしてもらうという形で留守を任せた。


「・・・うーん。何か納得いかないけど、蓮がそう言うなら。もし外で危険を感じたり、何か異常事態に出会したら私の名前を強く呼んでね。」


「名前?」


黄金の剣(ステラルクス)による繋がりがあるから常に貴方の状態は把握してるけど、万が一の時は貴方が私の名前を呼んだ座標を起点に駆けつけるから。」


「へー。そんな事もできるんだ。」


「ちょっとそこ! まるで危機感がない!

蓮は今、戦いの中にいるんだよ!!」


「──っ。大丈夫、分かってるよ。」


まぁ家の守護は建前で、本当は俺が学校にカナンを連れて行きたくなかっただけなのだ。はっきり言って彼女の姿はかなり目立つし、学校の人間、特に同じ教室の生徒に見られたら質問攻めは免れないだろう。


男達の冷やかしの日々、女性陣の噂の広がる速度。それは容易に想像がつく光景。そんな面倒くさい状況は絶対に避けたい。




「・・・おはよー。」


遅刻寸前で教室に入り、窓際に溜まっていた集団と軽く雑談を終えて自分の席に着く。


「あれ? 何だか・・・」


授業を前に静まり始める教室を見渡すと違和感を感じた。


「どうしたの、江古田くん?」


「おはよう鈴木さん、えっと、今日休み多くない?」


「私も思った。何でだろうね。」


「──あれ、お前ら知らねぇの?」


「「?」」


「朝のニュースぐらい見ろよな〜。

ていうか普通に噂になってるし。」


鈴木さんが長髪の黒髪に触れて首を傾げる。

次郎は短い刈り上げを押さえながらニヤニヤ笑う。


「次郎、勿体ぶらないで教えてくれよ。」


「しゃーねぇ。ニュースだと急な失踪だか行方不明だか何だかが、この街で増えてるんだってよ。


噂じゃ集団誘拐だとか言ってるけど、なんでもよ、深夜の廃墟に出るらしいぜ!」


「出るって、何が?」


「おう鈴木、それはアレしかないだろ。」


「───?」


「幽霊だよ、幽霊。失踪した人間とそっくりの幽霊が襲ってくるんだとさ。ま、どうせ嘘だろうけどな。」


「何だー、脅かさないでよ次郎くん。」


「じゃあ休んでるやつらは・・・。」


「いーや、普通にサボりのやつが大半。田中たちのグループ、昨日からU◯Jに行ってるからよ。」


「あいつら・・・。」


「まぁ土産は頼んどいたから安心しとけ、

───っと、そろそろ授業始まるな、ほなまた。」


このように次郎という男子生徒相変わらずは騒がしい奴だ。それにしても平日にU◯Jに行くなんて、本当に進学校かここは。


「・・・ねぇ江古田くん。」


「なに?」


「次郎くんの言ってた噂、江古田くんはどう思う?」


「噂は噂でしょ。鈴木さんはそういうの信じるの?」


「私もそうでもなかったんだけど、昨日、見ちゃったんだよね。」


「───え?」


「・・・放課後の部活終わり、忘れ物を取りに行こうと教室に行ったら見た事ない女子生徒がいて、暗い教室で窓の外を黙って眺めていたの。


その子の目・・・赤く光っていて。


私、驚いて一瞬目を閉じたら、次の瞬間にはその子は消えていて。」


「・・・それ、本当なの? 見間違いじゃない?」


「そうなのかな。絶対に見た気がしたんだけど──」



────起立っ!!────


「あ、教科書出さないと!」


慌てて机の上に教科書とノートを出す鈴木さん。

もう少し話を聞きたかったが授業は始まる。


軽薄な男である次郎の噂は信憑性がないにしても、

鈴木さんが見たという幽霊・・・女子生徒は本当にいたんだろうか。別に怖くもないが、気になるな。





強烈な眠気に襲われるほど、いや実際に眠ってしまうほど退屈な午前の授業を終えた昼休み。普段なら次郎と一緒に昼食を食べるが、今日の午後は用事があってサボる・・・彼は早退するらしい。


自身も午後休は経験済みだが、常習犯である男に呆れつつ、校舎の屋上で独りサンドイッチを頬張っていた。


「──はぁ。」


カナン、大丈夫かな、大人しく留守番できてるかな。

一応朝に作り置きしたご飯はあるが、

果たして本当に食べているのか心配だ。


それにまだ屋敷に来て日が浅い。現代の文化や生活には色々と戸惑うことも多いだろう。


一通り家の設備や家電については教えたけど、

うっかりキッチンを爆破しちゃった!!

・・・なんて事にならない事を祈るばかり。


「──すみません。」


「?」


昼食を食べ終えたあたり、優雅に屋上から校庭を眺めながら珈琲を飲んでると、見知らぬ女子生徒に背後から声をかけられる。


「すみません、少しお時間いいですか。」


「あ、うん。なに?」


「私、セキっていいます。貴方のお名前は?」


「蓮、だけど。」


関、セキ、せき。

そんな名前の生徒、この学校にいたっけ。


小柄な体格に真っ直ぐな前髪と短い黒髪。

小さな顔についた黒い瞳が見つめてくる。


誠に気持ち悪い男子生徒の次郎くんが

学校の女子名簿と顔写真を度々見せてきたのだが、

そんな苗字、名前の生徒には覚えがない。

学校の中でも目立ちそうな綺麗な容姿も初めて見た。 

──まぁ、全校生徒の数の多さから考えたら

見たことも聞いたこともない生徒ぐらい、1人や2人いて当然か。


「蓮さん、その、折り合って相談したいことがありまして・・・。」


「相談?」


「えっと、今ここで言うのは、ちょっと恥ずかしいので、その、今日の放課後、空いてませんか?」


セキと名乗る女子生徒は頬を紅潮させて

恥ずかしそうに視線を動かしている。


───おや、もしかしてこれは。


「・・・空いて・・・ます。」


「わっ! 良かったです。

じゃあ今日の放課後、3階の3-1教室に来てください。

できればその、お1人でお願いします。」


「はいっ。」


手を振って去っていく制服姿の黒髪の少女。

その背中を呆然として見つめる。


これはアレだ、告白だ。

過去に一回だけ告白を受けた俺だから分かる。

遊び呆けてる次郎とは違う俺にも理解できる。

これは愛の告白だ。絶対にそうだ。


理由はどうであれ、人からの好意とは嬉しいものだ。

もしかしたら普通の相談事だったとしても、家で待つカナンには悪いが、今日の帰りは遅くなるかもしれない。


そして退屈な午後の授業を寝ずに終わり、

あっという間に放課後になった。


今日からは中間試験の勉強週間なので、

生徒たちは部活もせずに帰宅して勉強する。


それに今日は校舎の点検作業のため、学校に居残る生徒もいないだろう。まさに奇跡的なタイミングだ。



3階の教室に赴き、独り静かに待つ。

まだ少女は来ていないようだった。


それから1時間後、少女はまだ来ない。

時々廊下の様子を伺って待ち続ける。


そして更に1時間後、少女は来なかった。

日は落ち続け、夕焼けに照らされる校舎、段々と暗くなっていく教室。


ふと窓の外を眺めると職員室の明かりは付いていない。教室の壁の時計を見つめ、この時間にしては早い帰りだなと思った。


「・・・俺も、帰るか。」


これはアレだ。

忘れられたか、弄ばれたやつだ。

確か誰かが言ってた気がする。趣味の悪い人間は人を待ちぼうけさせて遊ぶのだと。


経過したのは2時間弱、気付くのが遅いぐらいである。

カナンは・・・帰りが遅くて怒ってるだろうな。


まぁ無駄な時間は過ごしたが、無闇に人を信じない方が良いという学びを得たから良しとするか。


「はぁ。」

 

「あれ、もう帰ってしまうのですか、蓮さん。」


「──え?」


教室から出ようと扉に手をかけていた時、

声が聞こえた窓際の方を振り返ると

そこには顔に笑みを浮かべた女子生徒が立っていた。


緊張で声が出ない。全身に鳥肌が立つ。


少女が教室に入ってきた足音は聞こえなかった。

その姿もここで待っていた間は見ていない。

どこかに、ロッカーにでも隠れていたのか?

いや違う、僅かな物音すらしなかった。


「──ふふふ。」


制服を着た少女は愉快そうに微笑む。

窓から差し込む夕陽に照らされ、

自身の黒髪に手を伸ばして遊ばせながら。


そしてその瞳を赤く染め上げながら。


静寂に包まれる教室の暗闇は深まり続け、

月と星だけが空を彩り始めた頃、

狂気の夜は人知れず始まるのだった。


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