No.18「盲目的な精神」
それからオアシスには静かな夜が訪れ、少年と少女は先に宿を取っていたマックスとヒルデガルトと合流した。
「「え?」」
しかし、観光帰りで浮かれていた2人は衝撃の事実を知ることになる。それは普段よりも表情が強張ったマックスの口から淡々と告げられるのだった。
「セイコが行方不明になった。」
常に理知的であり、その性格に多少の問題はあれど、頭脳明晰であった人物の突然の失踪。それは信じ難いが、確かな現実。その範囲は決して大きくはない、このオアシスの街で、彼女は一体どこに消えたのだろうか。
───それは少年と少女が山の麓の遺跡に出発した時にまで遡る。
それぞれ自由に散らばった大人組、マックスとヒルデガルトは共に昼間から酒を煽って、セイコは独り、初めて訪れた街を散策していた。
「・・・」
あまり有象無象と群れる行動は好まないが、あの奇術団だけは違う。その居場所は彼女にとっての大切なもの。どれだけ五月蝿い女がいようと、乱暴でガサツな男がいようと、あの少年と少女がいようとも。そこは居心地が良い場所であった。
しかし同時に、やはり彼女は静かな孤独も愛する。ゆえに今回もセイコは独りで街を歩き、その時間を大いに満喫していた。
「おっ、どうだい、そこの姉さん! 少し見ていかないかい?」
「・・・」
それはセイコが大通りから少し逸れた脇道に入った時、通りすがりにピエロが声をかけてきた。普段なら完全に素通りして無視するところだが、彼女は徐に立ち止まる。なぜならそのピエロは彼女に対してマジックを見せようとしてきたのだ。それを奇術師である彼女は見過ごせない。
その反応を見たピエロは不敵な笑みを浮かべ、手元からコインを取り出した。
「ほら、こうやって、こうして───」
それからたった1人の客の前でピエロの奇術が始まる。右手、左手と瞬時に位置が入れ替わるコイン。現れては消えて、また何度も繰り返す。そして客の目が少し慣れてきた所で、瞬きも許さないほどの速さでコインを消した。
「あれ、コインは!?」
「・・・」
ピエロは律儀に観客の反応を伺うが、残念ながら彼女の死んだような目と表情は変わらない。それがセイコさんの通常運転であり、ポーカーフェイス以前の問題なのだ。
「あっ、ここでした!」
それでもピエロは微笑みを絶やさずに、根気強く一定の間を置いて、最後には口からコインを吐き出した。
「どうです、凄いでしょ!」
ピエロは自信満々に感想を求める。しかし、こればかりは相手が悪かったとしか言いようがない。
「・・・はぁ、本当に普通のコインマジックだったわ。」
「あれれ?」
なぜなら彼女は生粋の凄腕マジシャン、セイコ・ムラマツ。その本質は、マジックにおいて一切の妥協を許さない主義の者だ。
「特に面白味もないワンコインルーティン。最初から基本的な技の連続。途中のクラッシックパームからの繋がりは見事だったけど、細かい部分の魅せ方がイマイチね。それを隠すような派手な動きの方が癪に触る。あと最後、普通に汚い。」
やはり彼女が下したのは情け容赦のない絶対評価。その技術を僅かに褒めつつも、総じて酷評の嵐。こういう時の彼女の口は達者で止まることはない。
「うーん、うーん、あ、もしかして、いや、もしかしなくても、ご同業かな?」
しかしピエロが気負いする事はなかった。むしろ彼は、その観客の正確な観察眼を称え、同じ業界の仲間なのではと問う。
「・・・まぁ、一応。」
「うおー!」
「!?」
「何たる奇跡、何たる奇跡か、いや奇術か。これほど幸運な巡り合わせ、神に感謝だな。」
「・・・」
「待て待て、無言で立ち去るでない、ご同業のお方よ。」
「・・・何か?」
「君に頼みたいことがある。」
「?」
そしてピエロは不敵な笑みを浮かべ、わざとらしく一呼吸置いた後、その言葉を静かに口にする。
「私と共に来てくれ。」
「・・・」
そこで男は少し深刻そうに、それは自然ながら同情を誘うように、己の訳あり事情を話し始め、それを聞いたセイコは僅かな優しさと、その純粋な好奇心から彼の後をついて行くのだった。
それからオアシスの街では数時間が経過した。砂漠の気温は徐々に低下し始めて、それと同時に傾き始める日差し。そんな最中、セイコはとあるサーカス団の大きなテントの中にいた。
「いや〜セイコさん、お陰様で本日は大盛況だったよ。やっぱり凄腕だね。」
「・・・大した事ないわ。」
「そんなそんな、謙遜なさらないでよ〜。あっ、これ、今回の報酬ね。本当に助かった助かった。」
「どうも。」
セイコは紙筒に入った金銭を手渡しで受け取る。そしてピエロの男の前でその中身を遠慮なく確認して、やや満足そうに口元を緩める。
なぜなら彼女はたった1時間の公演で大金を稼いだのだ。その卓越した奇術の腕前を存分に発揮して。
それが数刻前のピエロの切実な頼みだった。彼曰く、今日は偶然にもサーカスの人員が足りずに、それを埋めるための余興としての代役を探していたのだという。それで彼は街の隅で突っ立っていた所、これまた偶然にも凄腕マジシャンであるセイコが通りがかり、彼女に白羽の矢が立ったのだ。
それでも彼女がこの依頼を受けたのは、単に金銭を欲していたからではない。セイコは基本的に他人からの頼みを断ることはないのだ。奇術師としてのその在り方は、自他共に誰よりも厳しいが、その一方で他者からの善意には誠実に応える。
それがセイコの唯一の優しさであり、甘さであり、弱さなのだ。
「あの〜セイコさん? ワタクシ今日の貴女のマジックは本当に感動しましたよ。それでですね、よかったら、なんですが、これからも我々にお力添えとかは───」
「それは無理な相談ね。私には戻らなければならない場所があるから。」
その時セイコは無意識のうちに微笑んでいた。共に世界を旅する仲間たちの顔を思い浮かべて。その表情の変化をピエロの男は見逃さない。その鋭い眼光で、薄暗いテントの中、彼女の顔を静かに見つめた。
「・・・あ、そう。そうですか。なるほどなるほど。そっか、よかったですね。いいお仲間に巡り会えて。」
「?」
「いえ、これは失礼を。あ、そうだ、これから打ち上げがあるんですけど、そっちの方はご一緒にどうすっか、本日の立役者、我々のMVPということで、ぜひ。是非是非。」
「・・・ふふ、遠慮しとくわ。私はもう帰るわね。」
そしてセイコはピエロの男に背を向けて歩き出した。ただ彼らのもとに帰るために。
「───それはいけません。」
「───!?」
しかし彼女が二歩目を踏み込むことはなかった。もうその瞬間には意識を奪われていたのだから。セイコがその柔い首元に何かを刺されたことを認識した時、彼女はもう床に倒れていた。それと同時に身体の全てが瞬く間に痺れ始め、セイコは力なく途絶える意識の中、その霞む視界で最後に見えたのは、ただ不敵に笑って己を見下ろすピエロの不気味な顔だった。




