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No.13「月下厄災」

 そこは穏やかな気候に美しい青い海が広がる街。快晴の空、暖かな日差しの下には白い建物が並び、石畳の道を歩けば、黄色く鮮やかな檸檬の木を眺められる。小さな街だが活気はあり、道を行き交う人々は常に笑顔で溢れていた。


 

 それが少年と少女のかつての故郷。奇術師になる前の彼らが生まれ育った母なる大地だ。



 少年は珍しい灰色の髪と青い瞳を持つ、街では生意気で有名な子どもだった。

 少女は明るい茶色の髪と黄い瞳を持ち、街の領主の大切な一人娘だった。


 しかし幼い彼らが出逢うことはない。小さな街といえど、そこには一切の接点はなく、ただ同じ場所に生まれ育っただけの他人だった。そうしてお互いの人生に干渉せず、ただ平凡に幸福な生涯を終えるはずだったのだ。不幸にも星に呪われる、その日までは。










「ジェード! 早く支度なさい!」


「───っ、うっさいな。」


「こらっ、その態度は何!!」


「もう、今行くよ母さん!」


「早くしなさい!!」


「だから分かったって・・・・」


 少年は母親に急かされるまま、気怠そうにしながらも、ベットの上から颯爽と起き上がった。彼が白い家の中を見回すと、母親が忙しそうに二階のリビングと一階の仕事場を行き来している。


 その見慣れた光景を前に、少年は欠伸をしながら他人事のように眺めて、緩やかな勾配の階段を飛び降りた。

 

 そのまま薄暗い廊下を進み、突き当たりの扉を静かに開けると、そこには白い服を着込んだ父親がいた。


「ジェード、そこの棚の薬をとってくれ。」


「はい、父さん。」


「ありがとよ。」


 少年は手慣れた動きで薬を手渡し、父親は満面の笑みを浮かべて受け取る。そして白衣を着た彼は椅子に深く座り、来客者と対面する。

 

 「・・・」


 ジェードの目には真摯に患者に向き合う医者の姿が映る。彼の両親は町医者、その手で大勢の人々を救う存在。そんな両親をジェードは子どもながらに尊敬し、憧れていた。いつかは自分もそうなりたいと。


「おいジェード、俺と母さんは今並んでいる患者を診療してから行く。先に行って楽しんでこい。」


「───っ!分かった、分かったよ父さん!」


 少年は父親に頭を鷲掴みにして揺らされ、その手を煩わしそうに払いのけた。周囲の子どもに比べて早熟であった彼は、その遠慮のない親からの愛情が徐々に煙たく感じている年齢ではあるが、別に嫌いではなかった。








 そしてジェードは家を出てから走り続け、街の大きな広場までの坂道を下る。子どもらしく何も考えず、ただ無邪気に全力で。坂道に密集する白い建物の間を潜り抜けるように突っ走る。


「よぉジェード! 寄ってくかい?」

「おっと、気をつけろよ小僧!」

「おはようジェード、今日も元気ね。」

「あっ、ジェード! 今日も一緒に遊ぼーぜ!」


 少年が街を駆け抜ければ、いつも誰かが声をかけてくれて、人の繋がりと活気を感じられる。彼はこの街が、この平穏な日々が何よりも好きだった。まだ幼いながらも、全てが充実していた。ただ純粋に幸福だった。







「・・・すごい、人混みだ。」


 少年が街の広場にたどり着いた時、そこには出店がずらりと並び、住人や観光客、大道芸人や商人など様々な人々で埋め尽くされてきた。そのかつてない熱気と活気は幼い少年に高揚感を与える。


(・・・そんなに、珍しい事なのか。)


 その反面、少年は素直に驚いていた。今日の祭りは普段とは違う雰囲気を漂わせている。とにかく人々の往来が尋常ではなく、彼らが浮き足立つのは、とある珍しい光景を拝めるからであり、しかし少年もまたその中の1人である。


 彼らが心待ちにするモノはただ一つ、それはこの街に何世紀ぶりに訪れる貴重な天文現象、皆既日食だ。


(・・・父さんと母さん、早く来ないかな。)


 少年は生まれて初めての経験を前に、ただひたすらに待ち遠しく、1人で落ち着き気がなく広場を歩き回っていた。


「───あっ!?」


「───っ!?」


 そしてジェードが少し疲労を感じて立ち止まった時、同じく広場を走り回っていた小さな少女が衝突してきた。その咄嗟の衝撃によって、2人の子供は地面に転ぶ。


「痛たた!」


「なん、だよ・・・っ!」


 少年が困惑しながら顔を上げると、目の前には茶色の髪をした小さな少女が、黄い瞳で彼のことを見つめていた。その無垢そうな表情に、宝石の装飾が入った高価そうな服、見るからに育ちの良さそうなお嬢様だった。


「・・・」


「・・・」


 お互いに何か苦情を訴えようとしたが、偶然にも目が合ってしまい、静止する2人。少年と少女は幼さゆえに何も言えずに固まり続ける。すると次第に騒めき始めた周囲の群衆。


「───っ、ほら、立てよ!」


「───え、ちょっと!」


 そこで少年は大人たちに心配されていると思い、強引に少女の手を引っ張って立ち上がり、若干の恥ずかしさを感じながら周囲を見渡す。しかし大人たちは誰1人として彼らを見てはいなかった。


 その代わりに人々は嬉々として空を見上げていた。


「あ、始まる。」


「え?」


 茶髪の少女も空を見上げて、星の天井を真っ直ぐに指差す。その方向を少女に導かれるように少年も見つめると、空の上では月と太陽が徐々に混ざり始めていた。


 そして二つの星が完全に重なった時、世界は一瞬にして暗い闇で覆い隠され、明るく眩い昼は真っ暗な夜に。その刹那の神秘的な奇跡を目にし、待ち望んでいた人々は歓声と祝杯をあげる。

 

 それが数世紀ぶりの皆既日食の始まりの合図だった。


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