No.12「歪な2人(3)」
それから崖の街の夜は深まり、彼らの世界には暗闇が覆う。この場所は有名な観光地といえど、夜というものは人々が自然と寝静まるものだ。
「・・・」
しかし、それでも少年は、ジェードは暗く細い路地を歩いていた。その歴史的にも複雑に積み重なり、迷路のように入り組んだ街並み。少年の真横には崖、海、吹き付ける夜風。
それらを静かに通り過ぎて彼が真っ直ぐに向かう先は、あの少女のもとへ。どんなに目の前が暗くとも、その歩く道が複雑であろうと、ジェードは一切迷いなく進み続ける。それは彼に課せられた煩わしく忌々しい呪いでもあり、恩恵でもある副次的な力。
「・・・テルル。」
「・・・・・・っ。」
そして少年はその地に辿り着いていた。そこは建物が密集した観光地の居住区から少し離れた、暗く静かな海を見渡せる崖の上。その街の人間ですら安易に寄りつかない場所に、少女はいた。
いつからそこに居たのかは定かではないが、少年に伝ってくる少女の低下した体温からは、彼が思うよりも相当な時間が経過している事は伺える。
「───テルル。」
「・・・」
しかしテルルは少年の呼びかけに反応せず、ただ寂しげな瞳で海を眺め、その足を抱えて座り込んでいる。その相変わらずの様子に、ジェードは呆れながらも少し悩んだ後、ゆっくりと近付いて、少女の隣に座るのだった。
「・・・あのさ、さっきは、その、俺も言いすぎた。悪かったな。何なら───」
「───どうして、ここが分かったの?」
「?」
テルルは少年の方を振り向かずに問いかける。その声は普段の彼女からは想像もできないほど冷たく、小さく、不気味なほど大人びている。それは少年の素朴な優しさに咎めるように。ただお互いの力と感情に嫌悪感を抱いて。
「当たり前だろう、俺たちは・・・」
それでも少年は物怖じせずに堂々と答えた。たとえその続きの言葉を口に出さずとも、少女には全て理解できてしまう。だからこそテルルは不満そうにしながらも、徐に少年の方を振り返った。
「もう、最悪。」
「何だよ、悪かったな。」
「別にいーよ。私も我儘だったから。」
しかし少女は不貞腐れたように、子供のように視線を逸らす。彼の誠実さを前に、か弱く泣くような真似はせずとも、やはり、いや、かなり納得はしていないから。それは彼女なりのささやかな抵抗、大人にならない自分への反省と、その代わりに大人びている少年への怒り。それがテルルの乙女心というものなのだ。
それは少女の思考、感情を共有するジェードでも、いまだに理解できないものでもある。
「ふっ、本当にそうだぜ。少しは慎ましく生きろよ、この宝石馬鹿。」
「───なっ、このナルシスト! 普通さ、この雰囲気で言うかな!?」
「ほら、すぐに調子が出てきた。ほんと単純なやつだな、テルル。」
「ふんっ、つまり私が馬鹿ってことでしょ!? もう分かったよ、分かりましたよ。十分に反省してますから!」
「そうじゃない。」
「ん?」
「お互いまだまだ未熟者ってことだよ。」
「・・・っ。」
「・・・」
「・・・ふふ。」
「───はは。」
そして少年と少女は向き合い、静かに笑い合った。それは決して楽しそうでも、愉快そうでもなく。ただひたすらに、懐かしそうに。それは長い時を連れ添いあった古い友人のように。
彼らは今日も些細な事で本気で争い、憎み、衝突し、最後には許し合って談笑する。この場所、この時間だけは2人きり。何も気にせずに、何にも囚われずに。共に歩んできた過酷な過去を、その凄惨な道のりを辿るように丁寧に語らう。
「───ねぇジェード、この景色、少し思い出さない?」
「ふっ、それこそ最悪だろう。」
「そうかな。私は常に忘れてないよ。」
「・・・それは後悔か? 懺悔か?」
「どっちも違うかな。これは私なりの、私たちだけの覚悟だよ。」
「・・・ふっ、それもそうだな。」
その言葉を聞いたジェードは静かに微笑み、少女の顔を横目で見つめた。
「ねぇ。私たち、次はどこに向かうのかな。」
「さぁな。まぁ、どうせ変わらないさ。俺とお前は離れられない。」
「・・・そうだよね。」
そしてジェードとテルルは2人並んで静かに波打つ海を見つめた。そこにかつての故郷の情景を、そこに残してきた錆びついた想いを重ねて。
彼らは魔法を手にし、その人生を捻じ曲げられた愚かな奇術師。あの日から少年は月に、少女は太陽に、お互いに依存して共存し、寄生する。彼らは合わせて一つの存在。
それは決して離れられない呪縛、捻じ曲げられた運命による重い枷。
少年と少女、2人を繋ぐのは絆でも、友情でも、愛情でもない。ただの呪いだ。




