No.11「歪な2人(2)」
そして彼らの激しい言い争いは続く。お互いに譲らない意見を衝突させ、それは日頃の些細な鬱憤の発散にまで発展していた。
その争いは苛烈な勢いを増し続け、ついに少年と少女は宝石店を追い出されるのだった。しかし2人の無益な戦いは止まらない。その闘志に1度火がつけば、若者というのは燃え盛るのみである。
「───だから、もう2度は言わないぞ、いい加減諦めろ!」
「嫌だ嫌だ! 私はあの子を買うためにこの街に来たんだよ、うん、絶対にそうだ! はやくあの店に戻ろうジェード!」
「知るか、1人で買ってこい!」
「それも嫌だ! そもそも私にお金がないのはジェードが私から巻き上げたせいじゃん! つまりジェードのせいじゃん! 男なら責任とってよ!」
「───っ。」
ここは絶景の海を見渡せる崖の街。そんな美しい風情のある場所を歩いていても、ジェードとテルルは変わらない。ただ何も見えずに歪み合い、お互いを全力で罵り合う。そして睨み合う2人は気がつくと、いつの間にか彼らの宿の前にまで辿り着いていた。
「───あれは本当に希少な宝石なんだよ!? ここで逃したら2度と手に入らない!」
「はっ、いい機会じゃないか。これを機に少しは石離れするんだな! この宝石馬鹿が。」
「なんだと!!」
その言葉に少女は感情を爆発させて激昂する。それを澄ました顔で流しつつも、その内心では苛立ちが抑えられず、眉間に皺がよる少年。
そのまま彼らは醜い交戦状態を保ったまま、今宵の寝床である宿の中に入るのだった。
「───ぷっ、だはははっ!!!!またかお前ら!」
「ハハハ! 飽きない奴らだ!」
「ふふ。」
そこには既にマックス、ヒルデガルト、セイコの大人組が、各々自由に羽を伸ばしており、相変わらず喧嘩しながら帰ってきた2人の姿を見て大笑いしていた。
それは旅の中といえど、彼らにとって少年と少女の争いなどは日常茶飯事であり、国境なき奇術団名物の恒例行事、ごく自然で微笑ましい光景だ。当の本人たちは大人に茶化されているようで気に食わないが、お互いの譲らない戦いを前に、それどころではなかった。
「いいか、こればかりは何度だって言ってやるよ。テルル、お前は宝石馬鹿だ。大馬鹿脳筋野郎だ。」
「───っ、そっちだって、カッコつけのナルシストの性悪のくせに! ・・・もう、ジェードはいつもそう! そうやって私のことを小馬鹿にして!」
「何が悪い、本当の事だろうが。いつも一言目には宝石、二言目にも宝石。まったく、旅のたびに無駄に資金を散財しやがって。これが馬鹿じゃなけりゃ、お前は一体何なんだ!? 本当なら俺とお前は───」
「───っ!」
日頃から少年に蓄積されていた不満、それはこの瞬間にダイナマイトのように爆発し、彼の口から吐き出される辛辣な言葉は止まらない。その純粋な怒りは全てが少女の心に確実に刺さり続ける。その時、ようやく少女は涙をこぼして沈黙した。
「・・・!?」
それを前にした少年は困惑して無言で立ち尽くす。その少女の小さく泣く姿を見て、皮肉にも冷静さを取り戻したジェードは柄にもなくやり過ぎたと思い、咄嗟に後悔した。その経緯はどうであれ、また彼はこの世でたった1人の運命共同体である少女を泣かせてしまったのだ。
「おいおいジェード。」
その歯止めを知らない状況を見かねたマックスが苦言を呈そうと立ち上がる。いくら恒例の喧嘩といえど、これ以上は大人として止める必要があると判断したのだ。
「・・・テルル、その。」
その時ようやく鉄仮面のポーカーフェイスを崩し、年相応に動揺した表情を見せる少年は、小刻みに肩を震わせる少女に手を伸ばす。
「───っ!?」
しかし、その手は涙目の少女によって勢いよく弾かれた。静寂の部屋の中には強い衝撃音だけが鳴り響く。
「テル───」
「───っ!!!!」
その瞬間、目を見開くジェードが少女の名を呼ぶ声は遮られ、それと同時に彼の腹に炸裂したのは、テルルの一切の加減のない本気の拳だった。
「───ぐぇ!!」
少女はその重い一撃に続けて、閃光のような殴打をジェードに放ち、彼に反撃の隙を与えずに容赦なく殴り飛ばした。
「死ね!!」
そしてたった一言、床にうずくまる少年に吐き捨てて、テルルはまた泣き出しながら宿を飛び出した。
「・・・くっ・・・そ。」
少女の怒りの鉄槌によって骨を砕かれ、内臓を破裂させられたジェードは情けなく悪態を吐きながらも、その不名誉な負傷が治るまでは立ち上がれなかった。
「はぁ、ジェード、お前も学習しろよな。あんまりテルルを追い詰めるなよ。どうせ何度やっても痛い目見るのはお前だぞ?」
「・・・うる・・・せぇ。」
マックスはため息を吐きながら、床に寝そべって苦しむジェードに体重を乗せて座り込む。
「おいマックス、俺は・・・椅子じゃ・・・ないぞ。」
「いいや、お前は椅子だ、いや、無駄に仲間を泣かせる奴は椅子以下だ。違うか?」
「・・・」
その言葉を受けて黙り込むジェード。マックスは元軍人、その言葉には何よりも説得力がある。
「貴方も乙女心というものを、少しは理解しなさい。」
「・・・」
それに同調するように、離れた位置で静観していたセイコも口を開く。あの少女と同性の年長者の意見、少年には返す言葉もない。
「おいおい、それ楽しそうだな! 私も乗せろ!!」
「・・・いや、待て待て待て!」
そこでジェードが慌て始めた時にはもう遅い。ヒルデガルトは猫のように、その本能のままに少年目掛けて飛び跳ねて、その様子を見て危険を察知したマックスは瞬時に避けていた。
「───っしゃあ!!!!」
「───ぐぉ!!」
床に横たわる少年の体をヒルデガルトは容赦なく押し潰した。ジェードが再び情けない悲鳴を漏らすのは無理もない。彼女は成人女性であり、マックスに負けず劣らずの筋肉ゴリラ、故にその重みは計り知れないのだ。
「マジで、お前ら───」
「あ。」
「あ。」
「・・・はぁ。」
その時マックスとヒルデガルトは咄嗟に声を出し、セイコは頭を抱えてため息を吐いた。
先ほどテルルに受けた手加減なしの本気の拳、そして脳筋ヒルデガルトのトドメの一撃。その積み重なった怒涛の衝撃を前に、少年の意識は途絶えるのだった。
それからしばらく時間は経過して、傷を完治させた少年が目を覚ました時、既に窓の外は暗くなっていた。ジェードは静かに床から立ち上がり、部屋の中を見渡すと、ベットの上ではマックスが本を読んでいた。セイコは窓際で優雅に珈琲を飲んでいる。ヒルデガルトの姿は見当たらない、所在不明だ。
「・・・マックス、今何時だ。」
「おはよう寝坊助。今は23時過ぎだな。夕飯ならキッチンに置いてあるぞ。自分で温めて勝手に食え。」
「そうか。・・・テルルは?」
「まだ帰ってきてないな。」
「・・・そうか。」
「そろそろ探しに行こうと思ってたんだが、ちょうど良かった。今から俺とお前の2人で───」
「いや、俺だけでいい。」
「・・・この街はかなり複雑だ。崖の上ってのもあるが、それも含めて、1人で大丈夫か?」
「心配ない。これは俺とテルルの問題だ。」
「・・・ならば良し、さっさと行ってこい。」
「あぁ、行ってくる!」
そしてマックスは部屋を飛び出していった少年の背中を黙って見つめた。
「・・・」
「一緒に行かなくて良かったの?」
「?」
その時、窓際で沈黙を保っていたセイコが問いかける。それにはマックスの言っていた通り、この場所で少女を見つけるには困難であるという事と、この時間帯に子どもを1人で出歩かせるのはどうなのかという意図も含まれている。
「・・・まぁ、どうだろうな。」
それでもマックスは悩む素振りは見せつつも、その場から動こうとはしなかった。それを見たセイコもこれ以上は追及せずに、彼女もまた窓際から動かず、ただ静かに珈琲を飲む。
ジェードとテルル、彼らは若くして魔法という超常の力を扱う奇術師である。その少年と少女は国境なき奇術団を結成する前から、恐らく長い旅を続けて行動を共にしており、その関係は親族でも友人でも恋人でもない。そこには何か複雑な事情がある事を、マックスとセイコは何となく察してはいるが、深く踏み込もうとはしない。
なぜなら彼ら自身もそれぞれに目的があって、色々な過去を抱えて旅をしているのだ。だからこそお互いに余計な詮索はしない。彼らは少年と少女よりも長い年月を生きた大人なのだから。




