第7話「新たな日常」
───蓮、私の代わりに戦ってくれない?
それが彼女の頼み、真の目的だった。
頭が混乱してどうしたらいいか分からない。
手に握る剣とカナンを交互に見続ける。
「白状するとね、あの夜の戦いの傷が結構深くて、それを治す為に相当なエネルギーを消費してしまったの。その剣を輝かせることができないほどに。」
「・・・その、怪我は、大丈夫なのか?」
「うん。けれども私は消費したエネルギーが回復するまでは戦えない。その間にも未来人たちは結晶を求めて争い合う。
蓮、、せめて私のエネルギーが戻るまでは手伝って欲しい。・・・私は、私は決して彼らに遅れを取る訳にはいかないの!!」
「・・・どうしてそこまで。」
正直彼女の必死さが理解できなかった。
それは平和な現代に生きる自分の感性からすれば、
戦争なんて良くない事だな、程度の認識であり、
こんな年齢で考えることでもないと思うくらいだ。
「私は私のいた未来を守りたい、ただそれだけ。
貴方は、蓮はこの時代をどうしたい?」
「俺は・・・。」
この現代を守る、だなんて大層な思いはない。
どうせ俺がやらなくても、大して変わらないとも思う。そうだ、仕方がないんだ。彼女には悪いが、普通の人間にとってこの剣は重すぎる。
──けど、それでも俺は。
「・・・ごめんなさい。
この話は聞かなかったことに───。」
「俺、やるよ。」
「───え?」
「この剣でカナンの代わりに戦うよ。
カナンには橋の上で命を救われたし、そもそもエネルギーを無駄に消費させてしまったのも俺が弱かったからだ。
だから引き受けるよ、この頼み。
少なくとも、あのら黒ローブの男を倒すまでは。」
あの日の夜、カナンが現れた時から、
あの眩しく輝く光を目に焼き付けた時から。
それはもう心に決めていた事だ。
「・・・ありがとう、蓮。良かったわ、あの夜貴方に剣を渡して。
────それじゃあ、改めてよろしくね、蓮!」
「あぁ、よろしくカナン。」
心底嬉しそうに笑顔で喜ぶカナン。
それはとても眩しい笑みだった。
そして俺たちはお互いの目を見て固い握手をした。
共に2人で協力し、お互いの命を預け合って
この戦いを最後まで生き抜くことを誓いながら。
「それにしても、どうして俺が黄金の剣?を使えるんだ?確かこれって、新人類?の専用の武器なんだろ?」
それは当たり前の疑問だった。共闘を誓う前につい聞き忘れたこと。
「私もよく分からないけど、黄金の剣の所有権は今、貴方が有しているの。
それでも本来は普通の人間である蓮が扱えるはずがないんだけど、あの夜の橋でも力を解放できていたし。
んー。まぁ、あくまで剣のエネルギーは私から流れているから、何かしらの繋がりが生まれたのかもね。」
「へぇー。確かに俺の身体から剣は生えてこないしな。」
「別に生やしている訳じゃないよ!
普段は私の身体の中に閉まっているだけで。
──とにかく。剣の調整も含めて、明日からは毎日特訓するからね!」
「りょ、了解です・・・。」
どうやら俺の表現が癇に障ったらしい。
少しムッとして怒っている。なんだか面白い。
「あ、それと私もここに住むから。」
「───は?」
「蓮ー、ご飯はまーだー?」
「・・・はぁ。」
重いため息を吐きながら肉と野菜を炒める。
料理なんて大して出来ないのに。
一体どうしてこうなったんだか。
一旦話を昨日の昼間に戻しましょう。
共に戦うことを誓い合った後、確かに剣の特訓をすることも了承した。だがどうしてか、カナンはこの屋敷に住み込むと宣言したのだ。
「─え?だって私、家ないし。」
それはそうだ。
未来から来て寝床はどうしているのか気になっていたが、ここ数日間は野宿していたらしい。
──意味がわからない。
金はある程度持っていたのだから
ホテルでも泊まればいいものを。
常に戦場で生きてきた彼女にすれば、
大した差はないとの事だった。
じゃあ野宿を続けろよ、
なんて非紳士的な行いはさすがに出来なかった。
強いとはいえ、彼女も年若い女性なのだから。
それで入居日の夜、
彼女との家事分担について話し合い、
夕飯を一緒に作ることにはなったのだ。
しかし残念ながら、カナンは全くと言っていいほど、
その料理の腕は壊滅的だった。
まず味覚がおかしいのだ。
戦場で生きてきた分、仕方ないのかもしれないが、
味音痴にも程があり、また他の作業においても雑だ。
なんか、料理というものの概念が全く違うのだよ。
「──それで、お味の方はどうかな?」
「うん、とっても美味しい!
100年前の方が料理の味は良いなんて、
何だか笑っちゃうね!」
「確かに。」
そう感心して自分でつくった炒め物を食べる。
──うん、失敗したな。あんまり美味しくない。
俺としても不慣れな料理をしたのだから、
この適当に作った肉と野菜の炒め物が
大して美味しい味だとは思わない。
それなのに笑顔で美味しそうに食べるカナン。
さっきの言葉も世辞だとは思えない。
美味しい飯が毎日安全に食べれるということが
どれだけ幸せなのかを考えさせられる。
こうして唐突に始まったカナンとの同居生活。
第三者から見れば羨ましそうに思えるかもしれないが、それは当事者からすれば大間違いだ。
まず朝と夜は黄金の剣の調整修行。
この段階から俺とカナンには溝が生まれる。
「ほら、もっと力の流れを掴んで!!」
「え?!」
「光の溜まりを意識して!!」
「えっっ?!!」
彼女の教えはどうも感覚的で要領を得ないのだ。
カナンは感じ取れるエネルギーの流れも
普通の人間である俺には僅かにしか分からない。
そのせいで剣の出力調整は一向に進まず、
昨夜なんて屋敷の倉を吹き飛ばしてしまった。
さらに普通の戦闘訓練では
割と本気でカナンと木刀を打ち合い、
負けるときは容赦なく叩き潰され、
稀に勝つと分かりやすいほど機嫌が悪くなる。
「やった!、最後にカナンから一本取れた!!」
「・・・もう一回。」
「え?、今日の稽古はもう終わりだって──」
「もう一回。」
────あ、これ、あれだ。
カナン、相当な負けず嫌いだ。
その後の結末は語るまでもない。
一切の加減なくボコボコにされて稽古は終わる。
そして日常生活においても当然すれ違いは起きる。
何かとカナンは自他共に厳しすぎるのだ。
食事は必要最低限、警戒心は常に高く、
睡眠時は剣を抱いて寝るほどだ。
水は貴重なのか使いすぎると怒られる。
シャワーは冷たい水で浴びていたし、
浴槽にお湯をためようものなら贅沢すぎると言って
口論になり、何とか説得して渋々納得させた。
それと最も困るのは彼女の存在そのものだ。
同年代の異性というだけで何かと気を使うし、
自身の優れた容姿や胸に自覚がないのか、
家の中での軽装には目のやり場に困ってしまう。
「・・・はぁぁ。」
その他にも様々なすれ違いは起き続け、
これからも同居生活が続くことを考えると
頭が痛く、気は重くなるばかりだ。




