No.7「その涙は宝石に」
明日の朝の出発に向けて物資を調達するのは私服の少年と少女。2人は最後のパリの街を満喫しつつ、これからの長旅に備えて様々な物品を買い漁っていた。
「あ、これも買っていこうかな。」
「絶対にいらん。無駄な荷物を増やすな。」
「なんでよ! 」
「・・・はぁ。」
ジェードは駄々をこねる少女を諌めながら、彼女の持っていた謎の珍品を商品棚に戻す。彼らの旅には余計な荷物を運ぶ余裕はなく、おまけに潤沢な資金もないのだ。
それでも2人は大きな紙袋を腕に抱えながら、買い物を終えて街を歩いていた。
「そういえばジェード、店の方には連絡したの?」
「あぁ。さっき店長に言ったら快く了承してくれたよ。」
「ふふ、それ本当?」
テルルは疑うように微笑んで、怪訝な視線を少年に向ける。彼らは臨時の従業員といえど、そのマジックの腕は手放すには惜しいほどの技量なのだ。
「まぁ多少は・・・いや必死に抵抗はされたがな。あの時マックスやセイコが交渉してくれなかったら、また荒行事になっていたさ。」
「やっぱり。この街には随分と長く居たもんね。さすがに私たちも馴染んじゃったかな。」
「そうだな。確かに今回は長すぎたな。」
「でもさ、たまには長く滞在するのも悪くなかったよね。」
「・・・まぁな。それでも忘れるなよテルル。俺たちは立ち止まることはできない。それは許されない。」
「もう、分かってるよ。」
少年が重く吐き捨てた言葉に、少女は心底嫌そうな顔をして歩幅を広げた。その後2人の間には些細な会話も生まれなかった。
そしてジェードとテルルは車に積荷を載せていた。それはマックスの愛車であり、旅の最中には足とも拠点ともなる、古びた73式大型トラックだ。
「───やっと、終わった!!」
「だから耳元で叫ぶな。」
テルルは腕を伸ばして声を張り上げ、その至近距離にいた少年に叱られる。挨拶回りをしていたマックスを除き、残った4人で夜通し作業を続けて、ようやく最後の積荷を載せ終えた頃には、もうパリの街の夜は明けようとしていた。
「ねぇセイコ、水は足りるの?」
「これだけあれば問題ないわ。あとは現地調達すれば十分。」
「なぁ、肉ねぇの? 肉。」
「・・・」
「なぁ、なぁ。」
「うっさい馬鹿。」
「あぁ!?」
車の前で睨み合う2人。たとえ出発の前ともいえど、それはセイコとヒルデガルトには関係ない。彼女たちは気にせず啀み合う。それを少年と少女は当たり前のように眺めながら、各々旅の準備に取り掛かっていた。
「どうだ、終わったかジェード。」
「───マックス。」
少年が荷物の整理をしていると、ようやくマックスが顔を見せてきた。その顔には若干の疲労が見え隠れしている。
「こっちの荷物の搬入は完了。あとは車を出すだけだ。」
「そうか。なら少し早いが出発するか。」
「国境付近までは私が運転するから、マックスは助手席でナビをお願い。」
「・・・はいよ。ありがとさん。」
セイコは流れるようにマックスから車の鍵を奪い取り、颯爽と運転席に向かう。そのあまりにも自然とした足運びに、2人の男は目を合わせて笑うのだった。
「もちろん私は奥だからな〜。」
「じゃあ私とジェードは手前に座ろうか。」
「あぁ。それなら・・・ん?」
ヒルデガルトが何の遠慮もなく荷台に乗り込み、それに少年と少女も続いていこうとしたが、ふと2人はその足を止めた。
まだ寝静まる街には朝日が昇る中、車の前で立ち止まる彼らを見つめ、無我夢中に迫ってくる存在がいたのだ。
「・・・ミリィちゃん。」
それは目に涙を浮かべた小さな幼子だった。その子どもの必死な姿を見て、ジェードはどこか感心し、テルルは少し申し訳なさそうに顔を顰めた。
「待ってよ、行かないでよ、お姉ちゃん! ミリィを置いてどこに行くの!?」
「えっとね、私たちは───」
「嫌だ!!」
「───っ!?」
そして泣き叫ぶ幼子はテルルの体にしがみつく。その存在を絶対に手放さないように、ただ強く、ただ純粋に。
その様子に少女は困り果ててジェードに救援の目を向けるが、先に彼は荷台に乗り込み、ただ何も言わずに目を閉じて頷くだけだった。それを見た少女は僅かに憤りを覚えたが、同時に全てを任されたことを理解する。
しばらくテルルは泣きつく幼子を見つめていると、彼女の母親が走ってくるのを視認する。そして少女は小さく微笑んで、微かに羨むのだった。
「ごめんねミリィちゃん、私たちはもう行かないと。」
「・・・嫌だ。ミリィ嫌だよ。お姉ちゃんがいないと寂しいよ。」
「貴女にはお母さんがいるじゃない。」
「・・・うぅ。」
その言葉を聞いたミリィは少女から少し離れるが、それでも泣き止むことはなかった。
「・・・ミリィちゃん。こっちを向いてくれる?」
「?」
テルルは腰を低くして、ミリィと視線を合わせ、いまだ泣き続ける幼子と正面から向き合う。
「これは私からの御呪い。貴女に贈る、私がいなくても寂しくない魔法。」
「───っ!?」
そして少女は幼子の瞳に優しく触れて、そこから零れ落ちる筈だった涙を、美しく輝く宝石に変えた。
それをテルルは地面に落とさないように手に取って、泣き止んで驚く幼子に丁寧に渡す。
「ほら、ミリィちゃんの涙はこの宝石に閉じ込めたから、もう泣かないよね?」
「・・・うん。」
理解が追いつかずに困惑する幼い少女は小さく頷き、それは自分でも不思議な感覚だったが、もう泣きたい気持ちは完全に消えていた。
「それじゃあ、バイバイ、元気でね。」
そしてテルルは車に乗り込み、最後に大きく微笑んで手を振った。その瞬間、緩い排気音を響かせて走り出す車。幼い少女のもとから離れていく最愛の存在。
「・・・」
しかしミリィはもう涙を流さずに、その去り行く背中を止めはせず、彼女の後を追いかけもしなかった。
「・・・ばいばい、お姉ちゃん。」
その小さな手に宝石を握りしめて、その姿を見えなくなるまで眺め続ける。テルルを乗せた車は朝日の中に消えてゆき、それを見た幼い少女は静かに笑った。そして今度こそ母親の手を取って、彼女は自分の家に帰るのだった。




