No.5「Night Wanderer」
それは少年と少女がとある親子を助けた数日後のこと。その日も変わらずに沈む太陽、のぼる月。高くそびえ立つエッフェル塔の上には微かな星空が。それでもパリの街は寝静まらない。
そして彼らの店にも平等に夜は訪れ、今日も今日とて開店を知らせるように、ひっそりと暖かな明かりを灯す。そこはマジックバー、Night Wanderer。古今東西から奇術師と客が集う場だ。
「いらっしゃいませ! 」
そこで少年と少女は多種多様の酒が並んだカウンターに立つ。今夜は彼らも黒い制服を着こなして接客を行う、ただの従業員だ。
「お姉ちゃん!」
「あ、ミリィちゃん!」
テルルは勢いよく来店して来た客を前に、それは嬉しそうに手を振って微笑んだ。それを隣で横目で見る少年は呆れながらグラスを拭いていく。
「ごめんなさい、あれから何度も来てしまって。ミリィがどうしても行きたいと駄々を捏ねて仕方がなくて。」
「いえいえ、このお店は誰であろうと大歓迎です!」
何も考えずに興奮するミリィを宥めながらカウンター席に座り、申し訳なさそうにする母親に、テルルは問題ないと言って微笑む。
「私は何か甘めのカクテルを。この子にはオレンジジュースをお願いします。」
「かしこまりました。」
「あ、ジェード、私はレモネードね。」
「・・・はぁ。」
少年は不満そうな視線をテルルに向けるが、その想いは何故か少女には伝わらずに無視される。その清々しいまでの職務怠慢に、ジェードはため息を吐きながらも、ただ何も言わずに黙ってシェイカーを振り始めた。
その少女には中途半端な抵抗などは無駄なのだ。たとえそれを選択しても、その後には容赦ない拳が返ってくるだけ。普段ならばともかく、仕事中に負傷するのは御免だ。そう情けなく考える少年は、故に職務に徹するのだ。
「ねぇねぇ、ミリィあれが見たい! 」
「うん、わかったよ!」
少女は幼い子どもに催促されて、それはもう慣れた手つきでカウンターの上に色鮮やかな宝石を素早く並べた。
「おい、また同じのをやるのか?」
「別にいいでしょ! こんなにも可愛いお客さんのご指名なんだから。」
「・・・はぁ。」
その一方で少年はマジックの三原則に反する行為に苦言を呈すも、小さな客の好意に答えようとする健気な少女を見つめて、もう本日何度目かも忘れた、弱々しいため息を吐くしかなかった。
「───はい、ここに3つの宝石がありますね。左から赤、緑、青。まずはこの赤い宝石と緑の宝石を一つにまとめて、こうして強く握りしめると〜」
「───っ!?」
「はい、イエローの宝石に変わりました!」
「すごーい!!」
テルルの早技のマジックを前に、幼子は目を輝かせて興奮し、その場で飛び跳ねる。それに続いてテルルは色を変えた宝石を元の状態に戻し、赤と青の宝石を混ぜてマゼンダを、青と緑の宝石を混ぜてシアンの宝石を生み出してみせた。
その次々と目まぐるしく変わる宝石にミリィは激しく興奮して喜んだ。その様子を隣で見つめる母親も物珍しそうに、また嬉しそうに感心して少女の手品を眺め、微妙な顔をしていたジェードも微笑ましそうに傍観していた。
「そして最後に、この3つの宝石を、こうして混ぜると〜」
そこでテルルは宝石を握りしめながら、やや大胆に手を振って、目の前の観客の視線を腕に集中させる。そして彼女たちの期待と興奮が限界値に達した所で、その手の中にある宝石を堂々と見せびらかした。
「はい、真っ白に輝くダイヤモンドになりました!」
「すっごーい!!」
「本当に、何度見ても、驚きですね。」
「あはは、ありがとうございます。」
テルルの鮮やかなマジックを前に、ただ目を丸くして驚く親子は、その少女の技術を褒め称え、全力で拍手をして絶賛する。その純粋で真っ直ぐな評価を間近で受ける少女は、どこか照れくさそうに微笑んで、それでも嬉しそうに鼻の下を伸ばすのだった。
「はっ、その程度で浮かれやがって。」
「なに? だったらジェードもやりなよ。」
「え?」
テルルの上達したマジックの腕に素直に感心したジェードだったが、その本心を包み隠すように、ポーカーフェイスを保ったまま余計な言葉を吐き捨てた。
しかし勿論のことだが、それを気の強い少女が見逃すことはない。
「いや、俺は───」
「ミリィ、お兄ちゃんの魔法も見たい!!」
「え?」
「はやく早く!!」
「えーと。」
「ほら、やりなよジェード。そっちのマジックがどの程度なのか、私も見ててあげるから。」
少女が不敵に目を細めて微笑む。その怪しい笑顔には確かな怒りと煽りが込められていた。その悪意のある笑みを見て少年は少し後悔したが、それでも3人の女性の圧に押されて、潔く腹を括るのだった。
「・・・まったく、わかったよ。」
少年はカウンターの下からトランプを取り出し、テーブルの上に綺麗に並べる。観客の親子が期待の眼差しを向け、同業者の少女がそれはもう熱い視線でじっくりと見守る中、それでもジェードは持ち前の冷静さを保ち、後天性の奇跡に頼らない生粋のマジックを披露するのだった。
そしてパリの街の夜は深まり、次第に人々が寝静まる中、その流れに逆らうように、さらに活気と熱気が増す店内。それに呑まれるように、乗じるように観客にお互いの奇術を魅せる少年と少女。そうして今宵も若きマジシャンたちは、その腕と誇りを賭けて、競い合うのだった。




