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No.4「奇術師の魔法(4)」

 少年は暗い路地裏に舞い降りる。彼が真っ先に向かったのは、その腕を焼かれて苦しむ男でもなく、唖然として傍観する親子でもなく、ただ血を流して空を見上げる少女のもとだ。


「・・・随分と、無茶したな。」


「まぁね、ちょっとだけ。」


「・・・そうか。」


「・・・うん。」


「・・・・・・ふっ。」


「ふふっ。」


 お互いの顔を見つめた少年と少女は照れくさそうに笑う。彼には分かっていたのだ、少女が諦めずに立ち向かうことを。彼女には分かっていたのだ、少年が必ず助けに来ることを。


 ジェードとテルル、彼らは決して離れなれない忌まわしき関係。だからこそ、その間にある信頼だけは揺らぐことはない。たとえそれが2人には不要な気遣いだとしても、それでもお互いを想う気持ちに偽りはない。






「っ、よく来てくれた!」


 その時、袋小路の唯一の退路からは黒服の男たちがぞろぞろとやって来た。その手に銃や刃物を持ち合わせて。それは白スーツの援軍のギャングたちだった。


「───おいおい、なんか増えたな。」


「あ、ほんとだ。」


 一気に増加した黒服たちは2人を取り囲むが、その様子を彼らは緊張感なく呆然と眺めていた。


「はっ、お前たちはもう終わりだっ! まとめて蜂の巣にしてやる!」


「・・・だってよ、テルル。」


「ふふ、これは大変だね、ジェード。」


 それでも2人の平常心、その落ち着き具合は崩れない。テルルも少年が訪れてからは完全に緩み切っていた。


「ふっ、実戦は久々だが、やれるか? テルル。」


「当たり前でしょ。このぐらい私たちなら楽勝だよね? ジェード。」


 そして少年と少女は背中を合わせた。お互いに目の前の敵を見定めながら、楽しそうに笑いながら。


 ジェードは手に炎を、テルルは手に宝石を構えて佇む。彼らは2人で1人、そのマジックは人々を欺き騙して笑顔に変えるマジシャンだ。





「───殺せ!!!!」


 そして白スーツの男は負傷した腕を庇いながらも、一際大きな声で叫んだ。その号令と共に男たちは少年少女に襲いかかる。その手に鈍器と刃物、銃器を持って、2人からすれば生温い殺意と共に。



「───いくよジェード!」


「───あぁ!」


 歴戦のマジシャン2人、そこには会話も合図も不要だが、それでも彼らは言葉でお互いの闘志を確認し合い、眼前まで迫って来た敵に応戦し始めた。


 そして路地裏に響き渡るのは男たちの悲鳴、敵の情けない断末魔。少年の炎は黒服の男たちの武器を燃やし尽くし、少女の宝石は瞬く間に拡散して空間を輝かせる。その間にも彼らは拳と蹴りを繰り出して、黒服の男たちを1人、また1人と作業のように倒していく。


「・・・きれい。」


 その光景を幼い少女は目を輝かせて見ていた。月が覗く夜空に浮かぶのは、少年が操る生き物のような炎と少女が空に投げつけて爆散させる宝石。


 2人の若きマジシャンたちの起こす、何よりも神秘的な奇跡、それはまるで魔法のようだった。


「くっ、うぉぉ!!」


 勇敢にも応援に駆けつけた仲間すらマジシャンの前に倒れる中、唯一生き残った白スーツの男はその場からの逃亡を選択した。


「───逃すか。」


「くっ!?」


 しかしマジシャンの少年はその行動を決して見逃さない。ジェードはその手から冷気を放ち、逃げ出した男の足を瞬く間に凍らせて歩みを止める。


「はいっ! お終い!」


「───グェっ!!」


 テルルは少年の動きを予期していたように、彼の放った凍結の射線から身体を逸らし、困惑して取り乱す白スーツの横から急接近して、その顎を正確に殴りつけて意識をもぎ取った。


「いえーい!」


「・・・ふっ。」


 少女は満面の笑みでピースサインを少年に向ける。その見慣れた相方の無垢な様子に、ジェードは呆れながらも静かに笑った。

 

 こうして2人の奇術師たちは、武装したギャングたち全員を難なく蹴散らしたのだ。








「───っし、とりあえず完了。」


「お疲れー、まったく面倒だったねー。」


 その後、ジェードとテルルは店の仲間を呼んで、地面に倒れる男たちを運び出し、その際にかろうじて意識を取り戻した苦労人たちにその身柄を預け、彼らをもとの居場所に追い出すのだった。


 そして被害に巻き込まれた親子を警察に引き合わせ、一仕事を終えた少年と少女は路地裏で息をつく。今夜の責任を取らせるためにも、警察に搬送される哀れな白スーツの男を眺めながら。その光景を見つめた後、ジェードとテルルはお互いの顔を確認しながら気軽に笑い合うのだった。


「───あの、本当にありがとうございました。」


「ありがとうお姉ちゃん、お兄ちゃん!」


 しばらく2人が立ち尽くしていると、警察の簡易的な事情聴取を終えた親子がお礼を言いにやって来た。


「ミリィちゃん! 怪我はなかった?」


「ないよ!」


「良かった!」


「あの、テルルさん。」


「?」


「お陰様で私たちは無事なのですが、その、貴女の方は、その胸のお怪我は大丈夫なのでしょうか?」


「あー。」


 徐に目を泳がせるテルルに対して、心配の目を少女に向けてくる幼子の母親。彼女が不安がるのも無理はない。現に先ほど、テルルは白スーツの男が放った銃弾に胸を貫かれ、その口から吐血するほどの深い傷を負った筈なのだ。


 それにも関わらず、少女は何食わぬ顔で、その足で真っ直ぐに立っている。その破けた白い服に乾いた血を付着させながら。


 やがて心配する母親に同調するように、ミリィも少女の袖を掴んで見つめてくる。そこで少し悩む素振りを見せたテルルは少年の方に視線を送ると、彼は黙って頷くだけだった。


 その仕草だけで少女には彼の想いが全て伝わる。それを訳すとすると、お前の好きにしろ、だ。その言葉を理解したテルルは少年の素直じゃない在り方に小さく微笑んだ後、母親と少女の方に振り返る。


「大丈夫───」


 そして少女は血のついた服を少し開いて、その豊かな胸を僅かに曝け出した。


「「え?」」


 それを見た親子は目を見開いて衝撃を受けた。なぜならば、その少女の胸には傷ひとつなかったのだ。銃弾に貫かれた筈の穴は塞がっている、否、それはまるで初めからそうであったように、怪我も出血も何事も

無かったように、ただ自然としていた。


「私たちは───」


 そして少女は不敵な笑みを浮かべながら、その言葉を堂々と声に出した。


「───魔法使いだから。」


 そこにだけは嘘も偽りも何もない。ゆえに少年と少女は微笑むのをやめた。そこにはタネも仕掛けもない。彼らは本物の魔法を使う、この世に未知の奇跡を起こす、呪われた奇術師たちだ。



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