最終話「二人出逢えた運命(後)」
それから時は流れて8年後、かつて少年が戦っていた現代から99年後の未来。そこは少女が生きていた本来の時代。希望に満ちた眩い光と共に始まり、深い後悔と絶望を抱いて終わりを迎える筈だった場所。
「・・・」
静寂の森の中で独り、目を覚ました少女は古い大木に身を預けていた。その手には黄金の剣を力なく握っており、その空間だけには暖かな日の光が差し込んでいる。それは未来に帰ってきた少女を優しく迎えるように、眩く照らすように。
ここは激しい戦火の片隅、しかし同時に燃え盛る炎が僅かに届かない緩衝地帯、荒廃が加速する世界から隔離された中立域の森。
「・・・」
金色の長髪を下ろした少女は青い瞳を揺らす。どれだけ力を入れようとも、その身体は指先まで動かずに、もう立ち上がる事すら叶わない。
もう彼女は全てのエネルギーを使い切ってしまっていた。
「・・・っ。」
それでも少女は最後の力を振り絞り、自身の胸から結晶を取り出す。そしてその瞬間に発生した膨大なエネルギーの反応を感知したのか、少女は何者かが急接近してくるのを胸の内で感じ取っていた。それが味方であろうと、敵であろうと、もう少女には関係ない。その存在が誰であろうと、何であろうと。彼女はこの場所まで訪れた者を迎えるだけだ。
「───カナン!」
「・・・・・・ウェルトル」
しばらく少女が霞む視界で呆然としていると、そこにやって来たのは灰色のロングコートを着込んだ青年だった。その姿をカナンが朧げに見つめると、彼は息を切らして呼吸を乱しており、その毛先のたった黒い前髪は乱れている。
「その結晶・・・あの男に、勝利したのですね。」
「・・・・・・えぇ。」
「・・・っ。」
古い木に寄りかかる少女は少し長い沈黙のあと、今にも途切れそうな声で答えた。その力のない返事を聞いた青年は顔を俯かせて拳を強く握りしめた。
それは駆けつけるのが遅くなった事への自責の念や後悔でもなく、臣下でありながら少女を危篤の状態に追いやった負い目でもない。
その少女の様子から、もう彼女には僅かな時間も残されていないことを改めて理解してしまったのだ。
「・・・ウェル、トル。」
「───!? はい、何でしょうか!?」
しばらく青年が距離をとって立ち尽くしていると、その姿を見つめていた少女が静かに口を開いた。
あの時代で少年と出会い、別れ、たった独り未来に戻って来た少女が、その短い人生の終わりに最後の使命を、その約束を果たすために。
「この結晶を持ち帰り、今すぐセキに渡しなさい。」
「・・・あの、敵対勢力の黒箱使いにですか?」
「そう。」
それが全てを遂げたカナンの選択だった。少女は遠い過去の時代を少年と共に生きて、自分自身で否定して失っていた希望と光を取り戻したことで、最後にその運命を誰かに託すことにしたのだ。
「はい、承知しました。」
その命令を青年は一切疑うことなく了承する。その少女の判断に従うことだけが、彼の最後の忠誠の証なのだから。
そして少女のそばに青年が近づいても、その焦点が合うことはないが、その顔は幸福な光に満ちている。青年はその表情を見て、少女には微塵の未練もないことを把握し、それは臣下としては胸が苦しくなるほど辛くとも、ただ同時に1人の人間としては嬉しくも思った。
「・・・それと、これも、あの子に。」
「───?」
ウェルトルが結晶を手に取ったのを見て、カナンは黄金の剣を胸にしまうと、それと入れ替えるように銀の月のペンダントを取り出した。それを青年は戸惑いながらも丁寧に受け取った。
「───あとは、頼む。」
「・・・はい、また、必ず戻ってきますから、それまで、暫しお休みください。」
「──────あぁ。」
その最後の命令を青年は受け取り、もう既に爆発しそうな感情を必死に押さえつけながら、その場から振り返らずに走り出した。
少女は遠く離れていく青年の後ろ姿を黙って眺め続ける。ここまで忠誠を誓って、最後までついて来てくれた臣下に感謝を込めて。
「・・・」
そして静けさを取り戻した森の中でただ独り、少女は暖かな光に照らされながら、その瞳を閉じて俯く。
その姿は儚くも美しく、ただ何よりも眩しい光だ。その薄れゆく光を星は祝福して迎え入れる。
「・・・っ。」
その終わりをカナンも抵抗せずに受け入れて、最後まで少年の姿を思い浮かべ、ただ心地良さそうに微笑んで、古い大木のもとで静かに眠りにつくのだった。
その瞼が開かれる事はもう二度とない。しかし少女に後悔はなかった。なぜなら彼女が追い求めた存在にはもう一度逢えていたのだから。そして彼もまた少女に逢えたのだから。
それは永い時を越え、その時の流れと共に。未来を生きる少女が始まり、現代からやって来た少年が終わった場所で。
その生きた時代は違えど、その最後の時間は重ならずとも、彼らは2人、今度こそは同じ場所で。
それは偶然でも奇跡でもない。
少年と少女が出逢い、巡り会ったのは。
その全てが、2人出会う前から決まっていた運命。




