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第63話「現代人たち」

それは眩しい朝だった。静寂な寝室で独り、目を覚まし、居間で颯爽と朝食を済ませる。そして流れるように制服を着込み、銀の月のペンダントを首からかけて、学生鞄を肩に背負った。


「行ってきます。」


あの日から物音一つない玄関。もちろん返事がないのは分かっているが、もはや習慣となってしまった。それを今更辞めるのも馬鹿らしいので毎朝続けている。




「───っ。」


桜が咲き始めた通学路を独りで歩く。あれから1年あまり、また街には春が訪れていた。肌を掠める柔い風が暖かい。


もう賑やかな同居人はおらず、毎朝隣で騒がしかった少女もいないが、住み慣れたあの屋敷も、歩き慣れたこの道も、今は不思議と退屈はしなかった。






「───おはよう。」


扉の前で立ち止まり、短くも寝癖のついた黒髪をかき上げて、いつも通り遅刻寸前で教室に入ると、それでも今日だけは生徒たちが誰一人着席せずに騒がしかった。


「あ、おはよう江古田くん!」


「おっはー、蓮!」


自分の席に向かうと鈴木さんと次郎が挨拶をしてくる。この2人も他の生徒と同様に、普段よりも落ち着きがない様子だ。


「おっはよう蓮!」


「・・・あぁ、おはよう美佳。」


その時、背後から音を消して近づいてきた美佳に背中を叩かれる。もちろん気配は察知していたが、その手刀に殺気もないのに避けるまでもない。


そう、そういえば彼女も今年度は同じクラスになったんだった。あれから頻繁に図書室には通っていたが、ここまで来るともう腐れ縁だろうな。


「なんだよ、相変わらず素っ気ないな!まったく、こんな日でも平常運転なんだな、蓮は!」


「確かに、江古田くんは今日も落ち着いているね。」


「はは、そんなことないよ。さすがに今日は少し緊張してるだけ。」


「ふっ、嘘つけ!!」


愉快そうに笑う次郎に肩を組まれる。そこに何の遠慮も配慮もない。相変わらず雑な奴だ。


「てか、そろそろ時間じゃね。」


「あ、そうだね。もう移動しないとね。」


「なんだもうか、あ、先生きた。」


俺の机に座り込む美佳が見つめる先には、教室の扉を開ける担任の教師がいた。その格好は普段よりも気を遣っていて、この日に相応しい正装だ。


「じゃあ行こうか、江古田くん。」


学生服の胸元に花をつける少女は手を差し伸べる。その頬をほのかに赤く染めて、自然と優しく微笑んで。


その後ろにはこちらを見つめて笑う次郎と美佳。やはり彼らに笑みを向けられると心地良い。これが俺の新しい日常、いや元に戻ったというべきか。


しかし、それでもこの平穏な日々ですら、今日をもって終わりを迎えるのだ。


「あぁ、行こう。」


だからこそ俺は少女の手を取った。そして彼らに倣って、自然と静かに小さく笑って。新たな日々を過ごしてきた彼らと共に、自らの足で終わらせるために、俺たちは教室を後にした。






「───ふぅ。」


そして堅苦しい時間を体育館で過ごし終え、ようやく高校生活最後の式典を終えた。もうあの教室に、あの校舎に戻ることはない。そう思うと退屈な場所ではあったが、少しは感慨深いものがある。


「・・・」


卒業式を終えた生徒たちで賑わう体育館を抜け出し、俺は校門前にある桜の木を眺めていた。


そこに吹きつける風によって儚く散っていく桜を見つめ続ける。


「───らしく、ないかな。」


こうしてゆっくりと感傷に浸るのは随分と久しぶりの事だ。あの日、海崖の上で、あの少女と別れてから、俺はあの光に、あの日々に縋らずに、囚われず、縛られないように過ごしてきた。


それが未来に向かって今日を生きる者の、眩しい明日を迎える者の使命であり、責任だと思っていたから。


まぁ実際には、そんなものは詭弁であり、この脆い心を誤魔化す言い訳でしかない。そんな虚勢を保たなければならない程に、あの戦いの日々は、あの少女の存在は恋しいのだ。


「・・・っ。」


己の戦う意味を探し続けた傭兵。対等の存在を追い求めた少女。そして・・・


もし許されるのならば、もう一度だけ彼らに会いたい。あの同盟を組んだ仲間たちと共に、あの濃密で笑いの絶えなかった日々を。


「・・・はっ。」


そんな平凡な願望を俺は鼻で笑った。それが叶わないからこそ、俺は追いかけるように生きるのだ。この退屈な日々を、これからも永遠と続く、江古田蓮(えこだれん)としての普通の人生を。


それが彼らが命をかけて戦い守って、最後に少女が残してくれた未来なのだから。






「江古田くーん!」


そこで俺を呼ぶ少女の声が聞こえた。彼女は微笑みながら健気に手を振っている。そこには次郎や美佳も一緒だ。3人とも楽しそうに笑いながら俺を待っている。


「───?」


俺は駆け足で彼らのもとに向かおうとしたが、ふと一瞬だけ立ち止まった。そして何気なく後ろを振り返る。そこには誰もいない。ただ桜吹雪が通り過ぎるだけだ。


しかし空からは眩く暖かな光が差し込んでいた。その何もない場所を照らすように。


「・・・っ。」


その光景を見つめて俺は微笑む。ただ静かに、ただ自然に。その光を懐かしんで、あの情景をそこに重ねて。そして今度は立ち止まらずに、もう2度と振り返らずに前に向かって走った。いつまでも俺を待つ彼らのもとへ。


それがどれだけ退屈であろうとも構わない。俺はこれから訪れる日々を享受して、彼らと共に今を生きる。そして黄金の少女の言葉に照らされながら、一歩ずつ定められた未来へと向かうのだ。



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