第61話「照らす夜(前)」
グレイヴは顔を歪ませてカナンを睨みつける。もう男に残ったエネルギーの余力は多くない。そして切り札であった深淵を破られたことで精神的余裕もない。しかし一方で、それはカナンも同じことであった。少女も度重なる戦闘と剣の光の持続状態によって消耗しており、その顔は険しく、僅かに肩が上下し、呼吸も乱れている。
「───っ。」
「・・・っ。」
お互いの疲弊によって条件は並んだ。もうこれ以上は激しい剣戟は行えない。よって両者の思惑は一致していた。
「全てを覆い隠せ、漆黒の刀!!」
満身創痍の男が叫んだ瞬間、その黒い刀には禍々しい闇が溢れ出した。その奥底が視認できないほどの暗黒。そこには男の持つ全てのエネルギーが籠っている。
「・・・」
無意識のうちに黙り込んで固唾を飲んでしまった。その闇を前に萎縮したとも言える。まだこれほどの力を残していたとは。
「・・・カナン?」
それでも少女は一切動じずに、何も言わずに佇んでいた。ただ真っ直ぐに男の放つ闇を見つめている。
そして一瞬、こちらに静かに振り向くと、その少女の黄金の瞳と目が合った。それはきっと、ほんの僅かな時間だったが、俺とカナンはお互いの顔を見つめ合う。その時だけは、俺たち以外の世界の全てが静止しているようだった。
「・・・?」
「・・・っ。」
カナンは少年の姿を見て小さく優しく微笑んだ。その存在を脳裏に焼き付けて、愛おしそうに、名残惜しそうにしながら。世界を飲み込むほどの暗い闇が目の前を覆い尽くそうとしていても、決して少女は少年の前で笑みを絶やさなかった。
「全てを照らせ、黄金の剣!」
そして再び正面を向いたカナンは光り輝く剣を掲げて叫んだ。その瞬間、黄金の剣に集積する膨大な量のエネルギーと一際明るく眩い光。
そのあまりにも眩い輝きは、この場所の空間と大地を、この大きな蒼き星を震えさせていた。
「・・・」
「・・・」
お互いの剣と刀に全てのエネルギーを蓄積させながら、その眩い光と暗い闇を見つめ合うカナンとグレイヴ。
その2人の間には一時の静寂が流れ、両者はその時を待ち侘びて噛み締める。
それは彼らの運命が始まった時から、お互いに逃れることのできない、定められた対立。それを嫌悪した者、受け入れた者。その対極にある2人の長き戦いは、遂に今この瞬間に終末を迎える。
「「──────っ!!!!!!」」
そこにはもう合図も言葉はなかった。ただお互いの全力を解き放つのみ。グレイヴは闇で染まる刀を横に薙ぎ払い、その暗闇は空間を禍々しく侵食しながら駆け抜けていくが、カナンも光り輝く剣を振り下ろし、その剣身からは眩い光の束が溢れ出した。これが正真正銘の最後の一振り。
そして一瞬にして衝突する光と闇。それは大きく星を揺らすほどの膨大な熱量。その衝撃は大地を抉り、空間を引き裂いて、僅かに残った木々を吹き飛ばす。
「ガァぁァァァ!!!!!!」
「───っっっ!!?」
男は鬼気迫る唸り声を上げながら、最大開放した黄金の剣の光を刀の闇で覆い隠し、徐々に侵食する。
(───この威力!!)
その強大な威力と男の覚悟は剣を通して少女に伝わっていた。それは少女と方向性は違えど、彼なりの想いと絶望、そして怒りだった。その圧倒的な重みに押し潰されそうになり、気圧されて次第に後退りするカナンの心は揺れていた。
恐らく男は結晶の中に眠る膨大なエネルギーを躊躇なく使用しており、このままでは正面から押し切られて敗北すると理解できてしまうのだ。
「ははははっ!!!!」
「───くっ!!!!」
もし少女も結晶のエネルギーを使用してしまえば、彼女の帰るべき未来は何も変えられずに、何一つ救えない。それはあの森で独り絶望しながら、この時代に来た意味も、再び光を取り戻して覚悟を決めた意味もなくなってしまう。
それを選択すれば、これ以上エネルギーを消費すれば、今度こそ本当に彼との未来は消え去ってしまう。
「・・・っ。」
その揺れ動く想いを少女の剣は見逃さずに全て受け取ってしまう。故に己の死すら乗り越えた男の闇には押し負けているのだ。
「───カナン!」
「っ!?」
その時、カナンの後ろで膨大な熱量衝突の爆風に耐えながらも見守っていた少年が再びその名を呼んだ。その声にカナンは反応して静かに後ろを振り返ると、少年は真っ直ぐに少女の背中を見ていた。その目には何一つの不安も後悔も疑心もなく、彼の瞳には少女しか映っていないのだ。
そして再び少女は自然と静かに微笑み、その目前にまで迫り来る男の闇と向き合う時、その刹那の一瞬だけだったが、その黄金の瞳には少年の首元にある銀の月のペンダントが映り込んだ。
(───そうだ、私はここで。)
それが少女に残された最後の使命。最初からカナンに約束されていた唯一の未来。それを果たして叶えるために、少女は遥か先の未来からこの時代に訪れたのだから。
「──────っ!!!!」
そしてカナンは体内にある4つの結晶と自身に残された全てのエネルギーを重ねて剣に流し込んだ。それは瞬く間に眩い光となって、猛烈な勢いで闇を照らしていく。
「なっ!!?」
グレイヴは唐突に押し返してきた光に困惑し、ただ目を見開いて刀を握り続けた。しかし、それでも男にはその力の源を理解できなかった。確かに追い詰められればカナンが結晶と残った全てのエネルギーを使うことは想定していたが、急激に勢いを増したその光には、もっと別の何かが重なっている気がしたのだ。
「ぐっ、何故だ、何故なんだ!!」
目に見えて減り続ける闇を前に、顔を歪ませる男は憤慨し、少女に向かって叫び続ける。
「・・・」
しかしカナンは何も答えない。ただ輝く黄金の瞳で、目の前の暗闇を照らす光を真っ直ぐに見つめる。その表情には微笑みはなかったが、どこか純粋で澄み切っていた。そこから少女は更に力を込めて、その輝きを増進させて、破竹の勢いで男の闇を照らし続ける。
「───ばか、な。」
そして遂に黄金の剣の光は、漆黒の刀の闇を照らし尽くし、その影の本体へと到達した。
カナンの眩い光に包まれたグレイヴは死者となった身体が徐々に崩壊し始める。その輝きは男の身体に再び命を芽吹かせて、その上で無慈悲に余すことなく消滅させている。それでも男は最後まで諦めず、往生際も弁えずに抵抗するも、それすら少女の光の前には無意味であった。
「───なんだ、その、目、は。」
男にとっては憎たらしいほど暖かい光の中で、最後にその死んだ目はカナンの姿を映していた。それは白髪の少女が、世界の全てを霞ませるほどの光を目前にしても尚、その瞳が眩く輝いていた異常な光景だった。
「───っ。」
その瞬間、カナンの眩い光は男の黒き刀を粉々に砕いて、その存在ごと消滅させた。
そして黄金の剣の光は止まることなく進み続け、海崖の先、海から曇天の空にまで伸びる大きな闇の柱に衝突し、その全てを照らして消失させる。
そのまま空高く突き上げられた光は、暗く厚い雲を退け、小さな粒となって分散し、その無数の輝きは地上に降り注いで、この街を深く覆っていた紅き霧を晴らした。
「・・・っ。」
少年は最後まで、その光景を静かに眺めていた。たった1人の少女によって、世界の全てが余すことなく照らされ、その光は時間の流れと共に儚く散っていく様子を。それが彼女の最後にして最大の輝きであり、また新たな始まりへの景色でもある。
こうして永きに渡った未来人たちの代理戦争は終結したのだった。




