第59話「黄金の剣」
それは初めから分かっていた事だった。あの光の差し込む静かな森で始まり、そこで終わった時に。あの夜、橋の上で少年に剣を渡して、この戦いに彼を巻き込んだ以上、いつか訪れてしまう結末。それを覚悟していた筈なのに、それでも心変わりはしないと思っていたのに。
その時を生きる者たちの意思に反し、こうも未来とは簡単に引き裂かれる。まるでこの広い世界が小さな私たちを嘲笑うように、すでに定められていた運命が私たちを縛り付けるように。
それを今度こそは否定したくて、ただ自分の未来を彼と共に歩んでみたくて、最後まで必死に抗ってみたものの、結果として少年は苦しみ悶えている。その未来が死を迎えて潰えようとしている。
「もう手遅れだ、その男は。」
「えぇ、そうね。」
「これで俺とお前、あの時と同じ2人きり。今度こそはお前の光を奪わせてもらう。」
「・・・」
「ぐ、あ、、っ、カナ、ン?」
少女は剣を手に取り立ち上がった。その青い瞳で最後まで少年の姿を見つめ続けて微笑んで。そして剣と刀、カナンとグレイヴは反目し合う。その間には何もない。その光と闇は決して相容れないモノ。
「しかし存外、脆いものだな人間とは。お前はその男を強いと言ったが、結局は俺たちの足元にも及ばない。誰であろうと俺たちには追いつけない。」
「・・・そうだね。」
「そしてお前も俺には・・・」
そこでグレイヴは言葉を失った。少女の変色し始めた瞳を見つめて。その剣の周囲で震え始めた空気を肌で感じて。
「・・・はっ、やる気か、カナン。」
「えぇ。」
そして少女の剣には小さな光が浴び始めた。それは徐々に剣身から広がり始め、大きく眩く輝き始める。
「───しかし、そうか、本当に使うのか。今のお前が、一度はその光を見捨てたお前が。全てに絶望したお前が、その死にかけの男を救う為に?」
「───っ。」
本来ならば力を使う際は集中しなければならないが、その時だけは男の言葉に耳を傾けてしまう。
確かに少女はその光を閉ざした。暗い未来の世界を照らす為に奔走した自分の行いを、その使命の全てを最後に自ら否定してしまった。
その光で人々を照らし続け、ただ与え続けた先にあった未来、その結末。あの森で独り、彼女に残ったものは何もなかった。
ゆえに理解してしまった。だからこそ諦めてしまった。そんな心弱き人間に、果たして力を振るう資格はあるのだろうか。
(───それでも私は!!!!!!)
それは大勢の人々の為ではない、たった1人の少年を救う為だけの光。本来あるべき使命を捨てて、ただ己の願いを満たすためだけに。
その在り方を、もう少女は否定しない。その未来も過ちも、その全てを受け入れて照らしてみせる。たとえ彼と同じ道を歩めなくとも、彼の未来だけは何があっても守ってみせる。
(私は、彼の光なのだから!!)
そして少女は一言だけの祝詞を呟いた。それが少女の剣の、その閉ざされた光を呼び覚ます言葉。
「輝け、黄金の剣」
その瞬間、カナンの身体は眩く激しい光に包まれた。その光は全ての闇を照らして輝く、黄金の柱。確定されたはずの未来は少女を中心として再び動き出す。その周囲の空間は歪み、大地は軋んで、星は揺れる。
それは世界に祝福された大いなる力、万物を照らす輝ける光。
その幻想的な光景を少年は見ていた。少女から溢れ出した白く眩い光が、星を覆っていた紅い霧を消し飛ばし、薄暗い夜の闇を照らし出すのを。
「───っ。」
そして星を轟かせるほどの膨大なエネルギーが少女の身体から解き放たれた時、黄金の剣の担い手の本来の姿がこの時代、この場所に顕現する。
その瞬間、少女の金の髪は純白無垢で真っ白な色に変貌を遂げ、その青き瞳は黄金の輝きを映す。
それが未来の戦場を駆け抜けた少女の姿。眩い光を身に纏い、金色の瞳をした白髪の剣士。その剣は全てを照らし、全てを包み込む。誰をも寄せ付けない、それこそが人々が願った平和への証、彼らが求めた希望の光、その先にある未来の形。
「───っ!? これ、は!?」
少年は気がつくと身体の中を暴れ回るような熱と痛み、苦しみの全てが消えていた。それどころか剣から漏れ出る光に触れていると、どこか胸の内が暖かく、不思議と力が湧き出してくる。
これが黄金の剣、ステラルクスの真の力。グレイヴの漆黒の刀の人を殺して死を操る闇とは対をなす、人を生かして照らし出す光。
「───ようやく会えたな、カナン。」
グレイヴはどこか嬉しそうに劇的に変化した少女に笑いかける。その男は心の中で、やはり何度見ても少女の光は美しいと感じていた。だからこそ自分が塗りつぶす必要があると。そんな余計な使命感に駆られるのだ。
「これで終わり、私も、貴方も。」
眩く輝く白髪を靡かせて、ただ冷静に、冷酷に、光を帯びる剣を構えるカナン。
「ふっ、調子に乗るなよ。」
その一挙手一投足から目を離さずに、戦闘態勢を継続して警戒を最大限に向上させるグレイヴ。
一定の距離を保ったまま、お互いに威圧し合う。そして先手を繰り出したのは漆黒の刀を携えた男。その刀から放たれる黒い光の斬撃から溢れ出る大量の死者。
「──────っ。」
しかし少女は駆け出した。そして顔色一つ変えずに一呼吸おいて、肺に溜まった空気を吐き出しながら、黄金の剣の光で全てを薙ぎ払う。
その全てを照らし尽くす眩い光は、たった一振りで死者たちを吹き飛ばして滅ぼした。それはまさに圧巻の光景だった。
神妙な顔でカナンの前に広がるのは、薙ぎ倒された木々、大きく陥没した大地。一瞬で焼き尽くされた海崖の上は更地と化した。たった1人の少女の剣によって。
その焼け野原の中で、独り呆然と立ち尽くすのは、僅かに残っていた漆黒の鎧すら全て破壊されて剥がされた男のみ。その死者となったはずの身体も、例外なく焼け焦げて黒煙を上げていた。
「───ぐっ、カナン!!!!」
この惨状を前にグレイヴは荒々しく叫ぶが、全ての光を解放した少女の心には響かない。男は自身の身体を闇で覆い、問答無用で迫り来る少女を止めるために、最後の手持ちである7体の死者を放出する。
それらは蓮が奮闘の末に倒した個体と同じ強化種の死者だった。それを前にカナンは一瞬だけ目を細めたが、それでも一切躊躇せずに進み続けた。そして少女は障壁となった死者たちに対して剣を振りかざす。
そして鋼鉄であるはずの胴体を持つ死者を、全てまとめて一刀両断した。カナンはその加速した勢いを保ったまま、苛立ちを隠さずにいるグレイヴに迫る。
「───こいっ!!!!」
「──────っ。」
その瞬間、空間を引き裂くように衝突する黄金の剣と漆黒の刀。それと同時に海崖の上に衝撃波と共に響く轟音。曇天の夜空に伸びる闇の柱の前で、2人の未来人の最後の戦いは幕を開ける。そして刻一刻と少年と少女に定められた未来への終極は近づいているのだった。




