第58話「死者反転」
カナンの光はグレイヴの体を吹き飛ばす。その男が身に纏う漆黒の鎧を大きく砕きながら。
「───ぐ、カナン!」
男は相当量の血を口から吐き出し、その半身を剥き出しにして少女に叫んだ。死んだ目の中に宿った憎悪と怒りの感情を込めて。
「蓮!」
「あぁ!」
俺とカナンは再会を喜ぶこともなく即座に走り出し、致命的に弱みを見せている男に剣を畳み掛ける。
グレイヴは深傷を負い、顔を歪ませながらも応戦するが、その刀の動きには繊細さが全くない。
「───ぐぐ、お前・・・なぜだ! あの強化個体を! あの数の死者を!」
「はっ、確かに時間はかかったが、生憎と俺の敵じゃなかったよ。きっとブライスならもっと速く片付けていただろうさ。」
「───っ、ただの、人間が!!」
「舐めんな!」
俺は防御を捨てて大きく剣を振るう。その動作から生まれる隙をカナンが的確に埋めてくれる。
「───蓮!!」
「───っ。」
カナンの掛け声と共に身体を横に逸らすと、グレイヴの死角となった場所から少女の剣が突き出される。
「───なっ! ぐぼっっ!!!!」
「───っ!」
男は残った鎧部分で剣を弾こうとするが、カナンの光る刃は止まらない。
「ぐっっっっっ、カナン!!!!」
「グレイヴ!!!!」
お互いの名を大声で叫ぶ両者。男は漆黒の刀で少女の腕を斬り落とそうとするが、逆にカナンが男の肩を黄金の剣で容赦なく抉り取った。
「うぉぉぉぉぉ!!」
「はぁぁぁぁぁ!!」
そのまま再び剣と刀で相対する二つの光。だが刀を握るグレイヴの腕は上がらない。そして歯を食いしばって憤怒し、後退しようとした男の胸に剣を叩きつけるカナン。
「あぁぁぁぁ!!」
そして全ての力を振り絞って無慈悲に剣を振り下ろした。
「・・・ぐぼがぁ!!」
さらに後方に吹き飛んだ男は再び赤い血を地面に吐き出し、ついに蒼き星の大地に膝をつくのだった。
「・・・貴方の負けだ、グレイヴ。」
男を見下ろすカナンは剣を控えて淡々と告げる。まだ俺も警戒は怠らないが、もう誰が見ても今宵の勝敗は決していた。
その様子をしばらく見つめた後、俺が傭兵の剣を構えるとカナンが一歩前に出た。
「───下がってて蓮。私がやるから。」
「カナン、でも。」
「いいの、これは私の定めだから。」
「いや、それなら尚更俺がやるから!」
「いいから、私がやるって!」
「くくっ。」
「「───?」」
「くくくっ。」
頑なに譲らないカナンと言い争っていると、再び男は不気味に笑い出した。絶体絶命の死の間際だというのに、関わらず、なぜか心の底から愉快そうに。
「なんだ、何笑ってんだ、こいつ。」
「蓮、本当に下がってて。何か様子が変。」
その青い瞳で男を警戒するカナンは剣を構えて歩き出す。今度は俺も大人しくカナンに従って後ろに控える。
そしてカナンが男の間合いにまで近づくと、グレイヴは笑いながらその場に立ち上がった。
「くくくっ、くくくっ。」
「・・・何がおかしいの? 」
カナンが怪訝な表情を浮かべながら男に問うた。それでも死んだ目をした男は笑い続ける。
「くくくっ、懐かしいな、カナン。」
「?」
「あれは、南部戦線だったか。あの時も俺はお前に斬られて追い詰められた。くくっ、これを使うのは久々だ。」
「───まさか本気で!?」
「くくくっ。」
「───っ!」
「なっ!?」
そしてカナンが即座に剣を構えて駆け出したが、それを止めることは叶わなかった。歪んだ笑みを浮かべるグレイヴは漆黒の刀を深々と突き刺した。その自分の胸に、己の心臓を貫くように。
「な、何を!?」
俺は状況を理解できずにいた。この場面で敗北を悟って自決したのだろうか? いや、そんな筈は。
「───っ、グレイヴ、それを使ったらもう!」
「あぁ、もう終わりだ。俺も、お前も。だからこそ、俺はこの時代を、ここでお前たちを、必ず殺す。」
もうグレイヴは一切笑っていなかった。その黒い刀からは真っ暗な闇が男の胸に流れ込んでいる。その闇は欠損していた肩を復元させる。カナンはその禍々しく恐ろしい様子を悔しそうに、軽蔑するように見つめていた。
「さぁ、終わらせようか。」
グレイヴは胸から刀を抜き取って横に払った。男は自ら刀を突き刺すことで己を死者化させたのだ。その計算された自傷行為は、男を動く屍へと変えたのだった。
「───っ!?」
「───ほう。」
その瞬間、グレイヴは瞬く間に姿を消した。否、その存在が完全に消えたわけではない。その移動速度が速すぎて俺の視覚の反応が追い付かなかったのだ。しかし黄金の剣を持つカナンだけは寸前のところで反応した。
「ふっ、その不完全な状態でも、さすがに感覚は鋭いな。」
「───くっ!」
「さて、どれほどついて来れるか。」
そして超高速で衝突する剣と刀。何もない空間に散る火花と衝撃。それを前にして俺は立ち尽くしていた。もう普通の人間が生半可に追いつける戦いではなかったのだ。
しかしこの目で捉えられずとも、かろうじて戦況は把握できる。永遠と加速し続ける光の衝突、その合間に発生する両者の鍔迫り合い。それを見ると明らかにカナンが押されていた。
彼女の反応速度は男と拮抗できていても、単純にカナンは力負けしている。それほど男の身体能力が一瞬にして格段に向上したのだ。
「───ふはっ!」
「───くっ!!」
次第にカナンの身体からは血が吹き出す。少女にどれほど卓越した剣技があろうとも、男とは残酷なまでに埋められぬ圧倒的な力の差があった。
「どうした! もっと撃ってこい!」
「───っ!!」
そしてグレイヴは刀でカナンの脇腹を引き裂いた。少女の細い身体から溢れ出る血、その鈍い痛みと衝撃にカナンは歪んだ顔で吐血し、一気に崩れるように地面に倒れる。
「・・・まぁ、当然の結果だな。」
「ぐあっ!」
退屈そうな顔をする男はカナンを見下ろしながら、その少女の顔を強く踏みつけた。その様子を俺に見せつけるように。
「───なっ、お前!!」
その侮辱的な行為は俺に怒りを覚えさせるには十分だった。そして俺は無駄だと分かっていても走り出していた。傭兵の鉄の剣を強く握りしめて。
「───だ、め。」
カナンは必死に呟くが、怒りに身を任せた少年には届かない。そしてグレイヴは勇敢にも立ち向かってくる蓮の姿を見つめ、カナンの顔から足を離して刀を振るった。
「はぁぁぁぁ!!」
「そこで見ていろカナン。お前の全てが終わる瞬間を。」
「───やめ、ろ。」
カナンは光を集めて無理矢理にでも傷を癒す。少年は雄叫びを上げながら剣を振るうが、死者化したグレイヴの脅威にはならない。
「やめ───」
そして地面に横たわるカナンはただ眺めていた。グレイヴの漆黒の刀に少年が斬られるその瞬間を。その青い瞳に映った少年の力なく倒れる姿を。
「───がっ、あっ、カナ、ン。」
男の刀に顔から斬られた少年は地面で苦しみ踠く。その深い傷口から流れ込む闇に侵されて。
「ふっ、やはり一振りで十分だったな。・・・ん?」
少年を斬り終えたグレイヴは颯爽と歩き始めると、唖然として口を開いた。いつの間にか地面に倒れていたカナンの姿が消えていたのだ。
「がぁ、あ、すま、ない、カナン。」
「・・・大丈夫だよ、蓮。」
「・・・」
グレイヴが静かに振り返ると、今し方斬り倒した少年の隣にはカナンがいた。どこか儚い目をして、ただ優しく微笑んで、地面に倒れて苦しむ少年の頬に触れている。




