第57話「カナンの戦場」
そして少年が異形の死者と奮闘していた一方で、カナンとグレイヴの剣と刀の戦いも激しさを増していた。
「───っ!」
「鈍いぞ! カナン!」
曇天の空の下、赤き霧の中で衝突を続ける黄金の剣と漆黒の刀。両者の間には絶え間なく重い金属音が響き、閃光のような火花が散る。
「どうした、やはりあの男が気になるか!?」
「───違う!」
少女は即座に否定するも、グレイヴには全て見抜かれている。その不安と焦燥、動揺、不意に乱れる感情の揺れ。未来の戦場で幾度となく衝突を繰り返してきたからこそ、笑いながら刀を振るう男には確信があった。
「・・・」
そして苦い顔で剣を持ち続ける少女は戦いの最中にも関わらず、その内心では困惑していた。かつての未来の戦場では何も考えずに剣を振るえたのに、特に目の前の男との戦いでは、他に思考を割く余裕はないというのに。それでも少女は余計な感情を切り捨てることはできない。
徐々に刀に斬られて負傷が増え続けても、ただカナンは蓮のことが心配で、彼の状態を確かめ続けるのだった。
「お前は本当に腑抜けたな! かつて戦場の光とまで言われた存在が、今や見る影もない!」
「確かに、否定はできない。」
「───もうダメだな、やはり死ね!」
「───っ。」
そこでグレイヴはさらに加速した。たった一瞬で変化した刀の速度と斬撃の威力。その斬撃に練り込まれた黒い光がカナンの肌を紙切れのように斬り裂く。
それに順応するように、カナンも剣の光を解放しながらグレイヴを斬り裂く。しかし中途半端な威力の斬撃は、難なく男の漆黒の鎧に弾かれる。その様子を見て、カナンは即座に判断を下した。
「───ん? ようやくその気になったか!」
「───まぁね!」
カナンは少年に割いていた意識を途切らせることを選択し、本格的に目の前の敵に集中し始めた。それは少年が戻る前に自分が敗北してしまうのが、最も愚かな行いであると再認識したからだ。
「だが、やはりアレを使う気はないのだな。」
「・・・私はもう、あの光は使わない。」
「その在り方、また後悔するぞ!」
「───余計なお世話だ!」
少女は声を荒げて剣を振るう。己の迷いを、その弱さを包み隠すように。以前の少女ならば絶対に選択しない行動と未来。それを男は煩わしく思い、そして何より気に食わなかった。
正面から立ち向かってくる少女の姿はあまりにも泥臭く、ただ愚直で粘り強い勢いがあるのだ。それはかつての少女には似合わない、今のカナンだからできる姿。
「───っ。」
その在り方を男は決して認めない。かつての戦場の光としての姿を現さず、その理由が後悔や懺悔からくる感情ではなく、あろうことか、この平和な時代に残るため、あの平凡な少年の隣で生きたいなどという、到底理解し難い低俗な願い。
そしてこの少女に対する感情や行動すら、得体の知れない何者かに仕組まれたことならば、これほど惨めで腹立たしいことはない。
それが男の原動力であり、その根底にある闇である。少女の光が眩く輝かなければ、また男の闇も深く暗くならないのだ。その光を染め上げるのは自分だけ。他の何者にも許されない、この刀を持った自分だけの使命。
「───カナン!!!!」
「───っ!?」
男は刀を大きく薙ぎ払った。地面を擦りながら放たれた一振りは、瞬く間に大地に亀裂を走らせながら、暗く黒い闇の斬撃を生み出す。
「───ぐっっ!!」
カナンは自身の前方を弧を描くように眩い光で覆ったが、刀の闇に侵食されて光は奪われて、その隙間を通り抜けてきた鋭い斬撃が大小様々な傷を負わせてきた。
「───っ、ごぶっ!」
度重なる負傷による出血とエネルギーの浪費、それを癒すことで増え続ける疲弊、蓄積される負債。ついに少女の身体はその負荷に耐えきれずに、大量の血の塊を地面に吐き出した。
しかし、それでも少女は口元を拭いながら突進し、その歩みを止めることなく剣を振り続ける。
「───これでも使わないか!?」
「───はぁぁぁ!!」
男はカナンがかつての光を使うように、故意に死なない程度の苦痛と負傷を与え続けたが、それを少女は意地でも使わない。
なぜなら少女も、その男の下衆な思惑を理解していたからだ。男が初めから手を抜いていることなど、幾度となく剣を交えてきた少女には容易く見抜くことができるのだ。
カナンとグレイヴは良くも悪くも、お互いのことを理解している。それは2人の成り立ちからして定められていたこと。
「───ちっ! カナン! お前なら分かっているだろう! この刀の性能を!」
「えぇ、それが!?」
「っ、基本的な威力は俺の方が上だ!お前が黄金の剣の力を使わない限りはな!!」
「だから?」
「つまり、お前は絶対に俺には勝てない!!」
「そんな事、やってみないと分からない!」
「このっ、強情な女が!!」
「黙れ外道!!」
そして2人の未来人はお互いに罵り合いながらも、激しく衝突を繰り返す。その動きはより速く、綿密に。常人ならば何が起きているのかすら一切理解できない世界。抑止力として生み出され、個として戦争を左右した新人類同士の決戦。
少女はこの時代に残るために男を退ける。男は全力を出した少女を叩き潰してこの時代を侵食する。それは決して混ざり合うことのない光と闇。その対立が2人の戦いを止めどなく加速させる。
「───もういい、もう辞めだ。」
「───えっ?」
その時は突然に訪れる。ついに痺れを切らした男が折れたのだ。その死んだ目の奥底には、確かな失意と失望が映っていた。
「──────っ!!!!」
「───ぐっ、ごぶっ!!!!」
それはグレイヴの放った神速の一刀。その強烈な刃をカナンは認識することすらできずに、肩から鎖骨ごと胸にかけて斬られるのだった。
「ごぶっ! ぐぼっ!」
その深傷から勢いよく溢れ出る赤い液体、そして口からも大量の血を一度に吐き出したところで、ついに少女は地面に膝をついた。
「・・・ちっ!」
その圧倒的に有利な状況を掴んで尚、刀を握る男の内心は不快だった。それでも少女の目は死んではいなかったのだ。
そして少女を見下ろすグレイヴは次第に怒りを覚え、その感情に身を任せて戦いの終わりを告げる一刀を振り下ろした。
「・・・蓮。」
血を吐き終えた少女は小さく呟いた。彼女の愛した少年の名を。
「───!?」
それは彼には聞こえるはずもないのに、その声は確かに少年に届いていた。その想いに応えた蓮は光の速度で追いついた。その場所に、その刀が振り下ろされる前に。
「───ぐっ!」
「───お前は!?」
グレイヴの振り下ろした刀を傭兵の剣で受け止める蓮。一切の音もなく気配もなく、突然とその場に現れた少年に驚くグレイヴは目を見開いた。その時だった。たった一瞬、されど大きい僅かな空白。その瞬間だけ男の視界には蓮だけが映り、少女の存在は消えていた。それが決定的で必然的な光だった。
「なっ!」
「──────っ!!」
蓮の背後から抜け出したカナンは姿勢を低くして剣を構え、男の鎧を青い瞳で真っ直ぐに捉えてから、その隙だらけの胴体に向けて、渾身の光の斬撃を一気に解き放つのだった。




