第55話「闇の柱」
そして俺たちは其処に辿り着いた。木々が生い茂り、この街の海を見下ろせる海崖。普段ならば絶景を見渡せる場所ではあるが、今は不穏な赤い霧に覆われ、その向こうの海には大きな闇の柱が空にまで伸びている。
そしてカナンの予想通り、そこには黒い刀を握り、漆黒の鎧を見に纏ったグレイヴが待ち構えていた。
「───遅かったな。」
それが男の開口一番。その赤黒く染まった目は変わらずに死んでおり、街に狂気を振り撒いておいて尚、どこか覇気のない雰囲気だ。
「どうだ、いい空気だろう?」
「貴方、どういうつもりなの?」
「ん?」
カナンは燃え上がる自身の感情を抑えながら、焦らず冷静に男に問うた。その振る舞いのおかげで、俺も余計な感情を落ち着かせる事ができる。
「これほど過去に被害を出して干渉するなんて、いくら私たちの時間軸は固定していても、この先には別の世界が生まれるだけなのに。」
「はは、何を今更。むしろそれが目的でもある。」
「?」
「お前も感じたことはないか? あの時代の歪さを。永遠に終わらない戦争を続ける愚かしさを。」
「まさかとは思うけど、それを正したいと? 貴方が?」
「はは! 確かに俺のような人間からすれば、あの混沌を極めた未来は良き時代ではあったがな、どうにも俺には腑に落ちないのだよ。あれはまるで誰かの思惑通りに、あの戦争を終わらせるための前座にされているような気がして虫唾が走る。」
「何を言っているのか全く意味がわからない。頭おかしいんじゃないの?」
「他人から理解を得ようとは思わんさ。これは俺だけにしか分からない、俺だけの役目、使命なのだから。」
「それが他人を傷つけて良い理由にはならない。グレイヴ、貴方は特別な存在なんかじゃない。ただの異常者だよ。私と同じ、ただの殺戮者だ。」
「ふは、本当にお前はつまらないな。相変わらず貼り付けたような善性。しかし理想を追い求めるその根本は、俺と同じ冷酷な現実主義者。だからこそ、俺たちに言葉は不要だろう?」
グレイヴは大袈裟に刀を見せびらかす。それが男の挑発なのか、意味のない揺さぶりなのか。
「そうね。どちらにせよ、貴方という存在はここで消し去る。未来には帰さない。」
カナンは黄金の剣を前に構えた。そこに一切の油断も揺らぎも慢心もない。その横顔は美しく凛としている。
「・・・また少し、変わったか。」
グレイヴは少女の僅かな覚悟の変化を感じ取った。それは数刻前の少女には持ち合わせていなかった、深い執着と執念のような精神だ。
「・・・まさかその男か。」
「───?」
そう呟いたグレイヴは俺の方を見つめて不敵に笑った。相変わらず寒気のする気持ちが悪い笑みだ。
「そうかそうか。ふは、自分の使命よりも、その男との未来を選んだのか。まったくお前は罪な女だな、カナン。」
「・・・」
「まぁいいか。その足手纏いと組んだところで、お前が剣の力を使わないなら俺には絶対に勝てない。今度こそ、その光、奪わせてもらうぞ!」
そして刀を振り回し、無数の黒い光の斬撃を飛ばすグレイヴ。それをカナンは軽々しく一振りで全てを斬り落とした。
「私は勝つよ。貴方は私と蓮で倒すもの。そうでしょう、蓮?」
「あぁ。おいグレイヴ! 俺のことを足手纏い扱いしたこと、後悔させてやるよ!」
俺は剣を大きく振り回して肩に担いだ。そして盛大に声を荒げて大きく笑った。
「ふはは、ブライスごときを倒したからといって調子に乗るなよ。江古田蓮!」
そのままグレイヴは一直線に俺を目指して迫ってきた。同時に俺とカナンもグレイヴに向かって走り出す。そして次の瞬間には衝突する2本の剣と一振りの刀。その衝撃から空気中に飛び散る火花と閃光、夜の海岸に響く激しい金属音。
「どうした! そんなものか!?」
「蓮、上げて!」
「おう!」
俺は傭兵の剣を力一杯に振り上げてグレイヴの刀を弾く。その隙間に潜り込むように、カナンは身をかがめながら男の間合いに侵入して剣を振るう。
「ふっ。」
それでも即座に刀を戻したグレイヴは、容易くカナンの剣を受け止める。
「───っ!」
そしてほぼ同時に追撃した俺の剣も、その漆黒の鎧を前に弾かれる。それを見て不気味に微笑んだグレイヴは勢いよくカナンの剣を弾いて、その速度を保ったまま俺ごと斬ろうとするが、間髪入れずに横から蹴りを入れたカナンに防がれる。
そこで再びグレイヴとは距離が生まれた。
「ないすカナン!」
「えぇ。───っ蓮!」
「───くっ!?」
その瞬間、閃光のような速さで間合いを詰めてきたグレイヴの刀と鍔迫り合いになる。本当に一息つく暇もないが、その動きは目で追えなくとも、研ぎ澄まされた感覚によって反射的に剣で防げた。カナンとブライスの稽古と度重なる実戦の賜物だろう。
「ふ、存外、悪くないな。お前を死者にするには骨が折れそうだ。」
「あ?」
「蓮!!」
カナンの掛け声と共に腰を落とす。その空いた場所に少女が剣を運ばせる。それをグレイヴは寸前のところで回避しながら、さらに動きを加速して、それに連動するように剣速を上げた。
そして俺とカナン、グレイヴとの高速での斬り合いが幕を開ける。一切の油断も隙も許さない怒涛の剣戟。もし瞬きでもして集中を途切れさせれば一瞬で終わるだろう。その時は胴体が真っ二つになっている未来が見える。
「───っ。」
まだ余裕のありそうなグレイヴとカナンはともかく、俺は呼吸も忘れて必死で食らいついた。ここで2人の速度に一歩でも遅れて振り落とされるわけにはいかない。グレイヴの動きに集中するカナンの邪魔にだけはならない為にも、足手纏いになるわけにはいかないのだ。
───大丈夫だ、まだ俺は戦えている!
カナンと肩を並べて戦えることにも高揚はしているが、この高密度な戦いに追いつけていることに我ながら感動していた。
───それにしても。
認めたくはないが、グレイヴの剣技は凄まじく洗練されており、その卓越した技術には一欠片も無駄がなく極まっている。そして俺たち2人を相手にしても余裕そうだ。
───こいつには全く隙がない。どうすれば。
「ふは、鈍いぞ江古田蓮!」
「───!?」
その僅かな焦燥と不安の狭間だった。それを正確に見抜いたグレイヴは高らかに笑いながら、その刀でカナンの剣を弾いた直後、俺の胴体に拳を繰り出した。
「───ぐぼぉっっっ!!」
その強烈な一撃は俺の骨を砕き、鈍い痛みと共に血反吐を吐いて、周囲の木々に衝突しながら吹き飛ばされた。
「───っ!」
「───なっ!」
少年が容赦なく吹き飛ばされたと同時に、カナンはグレイヴに向けて一直線に剣を振り下ろしていた。男は刀で受け止めたが、僅かに対処が遅れたことで姿勢が屈む。そのまま両者の刃が震えながら、またしばらく鍔迫り合いが続いた。
「・・・ふっ、一切躊躇わずに向かってくるとは。あの男はいいのか?」
「えぇ。」
「ふは、薄情な女め。ならばあいつの未来はもう終わったぞ?」
「どういうこと?」
「あの方向には少々特別な死者を配置してある。お前たちが無駄に苦戦していた強化種をさらに強化したものだ。まぁ、あの弱き男だけでは無様に死ぬだけだろう、な!」
「───っ。」
そしてグレイヴは刀に力を込めて、再びカナンの剣を勢いよく弾いた。その顔には下衆な笑みを貼り付けている。
「・・・」
一方でカナンは何も変わらぬ様子だった。その表情には不安や怒りはなく、虚勢を貼った笑みもない。ただ戦闘前と同じように、美しい金の髪を靡かせて、澄まし顔のままだ。
その反応のなさにグレイヴは違和感を覚える。予想外に成長した少女の精神力、それを前に男の期待は外れたが、どのみち少年が死ぬことには変わらないので、変わらずに死んだ目をして笑みを浮かべ続けた。
「その目、本当に見殺しにするのか。ふは、あいつは
所詮その程度の男だったという訳だ。」
「───何か誤解しているようだけど。」
「?」
そこで少女は剣を大きく横に払った。そして一瞬だけ目を閉じて静かに微笑む。それは何も理解していない男を嘲笑うように。
「強いよ、彼は。」
少女は美しく笑いながら、少年のことを思い浮かべて自慢げに答えるのだった。
カナンは蓮のことを信用しているし、信頼している。
それは少年の存在を、その強さを、その心を。その想いが揺らぐことだけは決してない。だから少女は恐れないのだ。それほどカナンにとって、江古田蓮という人間は大切であり、何よりも眩しい存在なのだから。




