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第53話「終わる夜」

カナンは黙ってブライスの最後を真剣に聞いていた。初めから彼にその身と剣が狙われていた事を伝えても、少女は驚くほど動揺せずに、何か納得した様子だった。


「───それで最後に、俺にこれを渡して死んだんだ。お前が誰かに託すまでは生きろってね。」


「それは本当に彼らしいね。」


「あぁ、ほんと最後まで凄い男だったよ、ブライスは。」


「・・・ねぇ蓮。」


「ん?」


「いや、やっぱり何でもない。」


「あ、そう。」


「・・・」


「・・・」


さて、ここから俺はどうしたら良いのだろう。話すことは全て話したし、少女も部屋に来た目的は終えたはずだ。それでもカナンは自分の部屋には戻らずに、俺の隣から動こうとはしなかった。


そしてお互いに沈黙が続いていた頃、俺の肩にもたれかかってきた少女の髪が顔に触れた。


「───髪、短くても似合ってるね。」


先ほどの戦闘で少女の長かった後ろ髪は失われている。もう髪を結ぶことは叶わないだろうが、その美しい金の髪は未だ健在だ。そのショートヘアは逆に新鮮さがあって、俺的には目のやり場に困る。


「本当? その、違和感とか、ないかな?」


「いや、別に。なんて言うか、うまく言えないけど、とにかく変わらず綺麗だよ。」


「ふふ、良かった。こんなに短くしたの初めてだったから、少しだけ不安だったの。」


「・・・その、大丈夫?」


「うん。お風呂で鏡を見た時は、その、多少はショックを受けたけど、これからは髪を結ばなくて済むし、何よりスッキリしたから。」


「───そっか。」


カナンは短くなった髪を軽く振って靡かせる。その顔はどこか嬉しそうであり、そこまで気にしていなさそうで安心した。


「ねぇ、やっぱりもう一つだけ、聞いてもいい?」


「いいよ、なに?」


「ブライスのこと、どうして今まで話してくれなかったの?」


不思議そうにする少女に顔を覗き込まれる。それはカナンとしても当然の疑問だろう。俺はあの戦いの後、彼女に何度かブライスについて聞かれたが、その度に曖昧なことを言っていたから。


「・・・まぁ、色々と理由はあったけど。」


それを今思うと、全ては些細なことだった。ただそれでも最初に考えたのは、たった一つの理由だけ。


「単純に俺は、カナンには知ってほしくはなかったんだ。」


「え?」


「君がブライスに裏切られていたことを。未来でもカナンが、疎まれてしまったことを。」


そんな暗い真実を少女に伝える勇気はなかったのだ。それに何よりも、その事実を知ってしまったら、少女が変わってしまうのではという不安の方が大きく、そして俺自身が恐れていたのだ。


「・・・そんなこと、別に蓮が気にする必要もないのに。」


少女はまたも不可解そうに視線を揺らした。密着していた距離が少しだけ離れる。


「そうはいかないさ。カナンは俺の戦う理由だったのだから。余計な苦労はさせたくなかった。無駄な重みも背負わせたくなかった。・・・カナンを、悲しませたくはなかった。」


「・・・」


「これが最大の理由だよ。俺はカナンが苦しんだり、悲しんだりする姿を見たくない。君の笑顔が好きだから。君には笑っていて欲しいから。」


きっと第三者からすれば、冷ややかな目を向けられそうなほど、気恥ずかしい告白ではあるが、これが嘘偽りのない本心であったことも、また事実なのだ。


「・・・ずるい。」


「───え?」


そしてカナンは恥ずかしそうに顔を隠した。


「そんなに優しくされると、やっぱり、あぁ、本当にもう、ダメなんだから。」


少女は目元を手で覆うが、その隙間からは涙が溢れていた。これはまた失敗してしまったか。一体俺は何度彼女を泣かせれば気が済むのだろうか。


「カナン。」


「私ってば、本当に、馬鹿みたい。こんな、ことで。もし貴方と離れたらと、考えただけで、こんなにも胸が苦しくて、辛いことだなんて。」


悲痛な表情を見せるカナンは胸を抑えた。その感情のままに泣く姿は、戦場にいた頃とは程遠いい、年相応の普通の少女だ。


「やっぱり私、貴方と絶対に離れたくない、ずっと一緒にいたいよ。」


畢竟ずるに、それが覚悟を問うた少女の本音だった。彼女自身が少年のいない未来を耐えきれないのだ。


「カナン!」


そして俺は泣き続ける少女の名前を呼んで抱きしめた。誰にも渡さないように、決して離さないように。涙を流す少女も拒まずに手を回し、今度こそはお互いに抱きしめ合った。


「───蓮、貴方のことが好き。」


「俺もカナンのことが好きだ。」


「絶対に、離さないでね。」


「あぁ、離さない。」


俺たちは強く抱きしめ合う。お互いの覚悟を確かめ合うように。お互いの熱を伝え合うように。


もう俺の目にはカナンしか見えない。少女の瞳にも俺しか映っていなかった。この加速した気持ちは決して止まらない。


そして今だけは、この先に待ち受ける戦いのことも、重い未来への不安も全て忘れて、あの日出逢った時と同じように、共に2人で最後の夜を過ごすのだった。



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