第52話「因果律確定」
徐々に深くなり始めた夜、曇天の寒空の下。爆風に吹き飛ばされた俺とカナンは川に流されながらも、2人で手を取り合って河岸に這い上がった。
「───はぁ、はぁ。」
必死に川から抜け出したせいで呼吸が乱れる。水の中を着衣状態で動くのが、こんなにも大変だとは知らなかった。普通の人間よりも強い力を持つカナンがいたから助かったが、俺1人だったら確実に溺れていたはずだ。
「はぁ、はぁ、カナン、大丈夫か?」
真冬の川に体温を奪われて身体が震え、息を切らしながらも少女の名を呼び、その姿を見つめた。その身体と短くなった髪は水浸しになっており、擦り切れた服からは白い素肌が透けている。
「はは、お互い、何とか、無事───っ!?」
震える身体を押さえつけて笑いかけると、ゆっくりと歩み寄ってきた少女に強く抱きしめられた。
「カ、カナン?」
少女の突然の行動と、押し当てられた胸の感触に動揺するが、その身体から伝わってくる体温は、何よりも暖かく感じた。
「───ずっと、ここにいたのね。」
「・・・?」
カナンは目を閉じて小さく呟く。その手は俺のことを掴んで離さなかった。
「・・・あ、えっと、本当に無事でよかった、蓮。」
「あ、あぁ。」
こちらも抱きしめ返そうとしたところで少女が胸から離れた。お互いに若干気まずい空気になりながらも、気を取り直して見つめ合う。
「カナン、これからどうする? あの男は?」
「グレイヴはしばらく動けないだろうけど、今夜中には絶対に何か仕掛けてくる。だから私たちも屋敷に戻って装備を整えよう。・・・その、この状態で戦うのは、ね。」
「それも、そうだな。」
俺たちは2人揃って消耗しており、おまけに水浸しだ。耐性の強いカナンはともかく、どのみち普通の人間である俺は風邪を引く。
あの男が何か企んでいるのならば、それを未然に防ぎたい気持ちもあるが、とりあえず今は風呂に入るべきだろうな。
そして俺とカナンは2人揃って屋敷に帰るのだった。
帰宅早々、半ば強引にカナンに譲られて先に風呂を済ませた俺は、戦いを前に仮眠を取るため寝室にいた。
「・・・」
薄暗い部屋で1人、畳の上で静座する。布団は敷いたが眠れそうにはなかった。
恐らく次が最後の戦いになる。あの男と剣を交えたからこそ理解できてしまうが、きっとそれは今までで最も過酷な戦いだ。もしかしたら本当に死ぬかもしれない。
「・・・はは。」
それでも俺は恐怖は感じなかった。俺にはカナンがいれば、彼女さえ隣にいてくれれば何にも怖くはない。そして今の俺には、これまで必死に戦ってきた経験と覚悟が、出会ってきた者たちに託されてきた想いがある。
だからこそ、最後まで俺は戦うだけだ。それは彼女と共に、彼女のために。
それが江古田蓮の全てなのだから。
そして俺は心を落ち着かせるために目を閉じた。瞑想なんて柄じゃないが、戦いを前に気持ちを抑えることは大切だ。
しかし、しばらくすると部屋の襖が開かれ、風呂上がりの少女が静かに入り込んできた。
「どうした、カナン?」
俺は振り返らずに目を閉じ続け、部屋にやって来た少女に問いかける。彼女も入浴後は仮眠すると言っていたので、何か大切な要件があるのかもしれない。
「───っ?」
そして俺は思わず息を飲み込み、咄嗟に目を開いた。なぜならカナンが黙って俺の隣に座り込んだのだ。その肩を寄せて、俺の体に寄り添うように。
「・・・ねぇ蓮。」
こちらが未だに困惑している中、少女は静かに口を開いた。
「なに?」
「少しだけ、大切な話があるの。聞いてくれる?」
「・・・あぁ。」
その内容にはある程度の察しがついてしまう。ゆえに本人の口からは聞きたくはないが、どのみち避けられる話でもないことは分かっている。
「グレイヴは、あの男は他の未来人と比べても異様に強い。それは私、黄金の剣と対抗できるよう生み出された存在だから。・・・きっと、私も全力で戦わないと、あの男には勝てない。」
「・・・」
「だから、もしかしたら・・・」
そして少女の言葉は止まった。その顔を横目で見ると、カナンはとても辛そうで、苦しそうだった。
「それがカナンが選んだ結果なら、俺は何も言わない。大丈夫、覚悟はできてる。」
だから俺は自然と笑って答えた。たとえどんな結末になろうとも、何よりも大切なのは少女自身の意思と選択だ。そこで俺が情けなく縋るような真似はしない。
「・・・ありがとう。」
俺の言葉を聞いたカナンは微笑み、ただ感謝の言葉を口にする。以前までの彼女ならば、こういう時は申し訳なさそうに謝っていた気がする。きっと本人も言っていたように、カナンも少しずつだが変わっていっているのだろうな。
それが俺には嬉しくもあり、どこか寂しくも感じるのだった。
「そういえば、蓮に聞きたかったのだけど。」
「?」
「このペンダント、どうしたの?」
カナンはどこか不可解そうにして、俺が首からかけている銀の月のペンダントに触れた。そう言えば彼女には話していなかった気がする。
「これは、ブライスに貰ったんだ。」
「ブライスに?」
「あぁ、あいつが最後に───」
そして俺はカナンに全てを話した。ブライスの裏切りと目的、彼の探していたもの、その剣士としての葛藤と誇り。今まで彼女に言い出せなかった傭兵の真実と、その男の最後を。
これほど変わって強くなった少女には、もう今さら隠す必要もないと思ったのだ。そして俺自身も恐れずに少女と向き合えるほど成長した。ただそれだけの事だ。




